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名前で呼ぶのは恥ずかしいの巻

親しい人の事を名前で呼ぶことができない。
何故か照れくさくなる。間柄が親しければ親しい程それは顕著に表れる。
「そういう〇〇は最近どうなの?」のような、
何気ない会話の中で人の名前を呼ぶ、ということがどうしても難しい。なんでかは知らない。なんとなく照れくさい。

では人の名前を呼ばなければいけない場面に出会した時どうしているのかというと、手っ取り早いところでは「お前」と呼ぶのが一番楽で良い。しかし、そう呼ぶのも何となく高圧的だし嫌がる人もいるので、優しくて気の利く俺はビートたけしのように「あんちゃん」と呼んだり、「お兄ちゃん」と呼んだりする。最近はそれにも飽きてきて「王子」と呼んだり、「寺原」などもう新しく名字を付けてみたり、それの派生で「うしろシティ」と呼んだりしている。
勿論そうして正式名称が有耶無耶になってくると、何気ない会話にもやや支障をきたすようになる。
「この間リーダーと遊んでさ〜」
「リーダーって誰??」
「渡辺正行だよ」
「ちげーよ誰だよ」
といった具合である。しかし会話になんぼほどか支障が加わろうと関係ない。俺は意地でも名前を言わない。相手がややイラついてきたとしても絶対に言わない。多少会話がややこしくなるくらいで俺の信条を曲げるわけにはいかないのだ。イラつかれた辺りで強めにもっかい聞かれたら、流石に言うが(怖いから)、けれどもそれも渋々なのだ。それもあんまりまじまじと聞かれたら恥ずかしいから、凄まじい瞬発力で「だれだれっ!」と言うし。普通に呼ぶのはやはり照れくさい。どうしてかは、分からない。
オレがあらゆる人にあだ名をつけてしまうのはこのようなリルトラブルを防ぐためだ。
自分が名前で呼ばれるのも照れくさい。
照れ臭いを通り越して嫌いまである。
オレはどんなに親しい相手でも基本的には本名を明かしたくない。

長らく俺のことをいおんちゃんと呼んできていた「私立のガキ」が急に俺のことを名字にくん付けで呼んできた時期があった。本当に嫌だった。自分の下の名前は好きでも嫌いでもないが名字は割と本当に嫌い。(熱血硬派くにおくんに出てくるキショイキャラと同じだし)
そいつがくん付けで呼んでくる感じもハイスタのメンバーみたいでヤダし、しかも名前をいちいち呼ばなくても良い状況でも多用してきたので完全にムカついた。そもそも俺のことは絶対にいおんちゃんかいおんくんと呼んでほしい、少なくとも名字呼びは絶対に嫌だし、下の名前で呼んでいいのは俺と付き合う女の子か、元俺の行きつけのラーメン屋店主だけである。(現在店は無くなり、店主はバーで働いている。)
本当に次そのような呼び方をしてきた時には、デカレンジャー方式で手っ取り早く死刑にしたい。知ってますか?あいつらは敵にトドメを刺す前にその場で宇宙裁判所とやらにアクセスして、オンラインで敵を裁判にかけて死刑判決を確定させてから敵を殺すんだけど、その裁判が終わってるくらいスピーディーでやばいんです。行列のできる法律相談所よろしく裁判員が死刑かそうでないかを○×で決めるだけ。

激ヤバ最強宇宙法律家達の見解は!
死刑、死刑、死刑じゃない、死刑
過半数で、死刑判決です!!!!!!!!

うおおおおおおおおおお!!
紫吹淳に激ヤバ光線発射!!!!!

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