知財業界での大ピンチ (マジ辞めようかと思ったyo)

1. 初めに
 小さなミスは、まあありますが、誤記が残った請求項がそのまま許可されてしまって訂正審判を請求したことがあります。この業界に入って一番しんどくて、辞めてさっさと転職しようと本気で考えた出来事がありました。敬愛してやまないドクガクさんのイベント「弁理士の日記念ブログ企画2022」に便乗して、個人的な大ピンチの事例をご紹介します。

2. 誤記と訂正審判
 数年前、顧客が用意した明細書と特許請求の範囲について、顧客の権利化方針に合わせた補正を提案し、日本出願で早期審査を請求し、晴れて一発特許査定となりました。
 この出願は、この顧客の中でも重要案件に位置付けられていました。その後、この日本出願に合わせて、対応米国出願で "PPH" 手続きをすることとなりました。PPH (Patent Prosecution Highway) とは、審査手続きを迅速化するためのプログラムです。この場合、このプログラムに参加している各国特許庁のクレームを、許可国のクレームに合わせるか、減縮した形でクレームを補正する必要があります。
 日本出願の許可クレームに合わせた英文クレームを自発補正クレームとして提案しよう、と思ったところ、日本出願の登録クレームに誤記を見つけてしまいました。思いっきり無効理由を孕んだ特許権の成立を代理してしまったわけです。これは代理人として大ピンチでした。事務所勤務の身としても。なお、この誤記には私も発明者も知財部門も審査官も気づきませんでした。
 文字通り、日本の登録クレームに合わせた英文クレームを作ると、誤記が残った瑕疵のある英文クレームになってしまう。当時 (というか入所以来)、上長とは関係が最悪でした。人間的に全く尊敬できないので、関わりを持つことを根っから拒絶していました。また、日本はともかく、外国では誤記の残ったクレームの許可は、周りでもときどきありました。周囲の方にも相談しましたが、「誤記をただすための訂正審判を請求するのは、権利行使が見えてからでもよいのでは」とのことで、上長には結局黙っていました。
 顧客には、誤記が残っていて、このままUS-PPHに進めるのは問題がありそうだ、とお伝えしました。すると、日本登録クレームに合わせたUS-PPHはなくなりましたが、重要案件に位置付けられていたという理由で、顧客の知財部門は、日本特許の訂正審判請求を発明部門に勧めることになりました。
 発明部門は、制度のことを当然詳しくご存じないので、「訂正審判よろしくお願いします、あと、その他の用語を訂正してください」と仰いました。なお、「その他の用語」は、誤記ではなく、発明部門の好みの問題でした。
 この訂正審判のご依頼について上長に相談したら、彼は、烈火のごとく激怒していました。大事故であり得ないと。普段話すことなんてほとんど無いのに (朝、出勤時に挨拶しても返事は絶対にないような人でした。彼は自分の上長には挨拶していましたが)、在宅勤務中の私に電話してきて「社会人としてあり得ない」等、ひとしきり罵られました。一般論として君に言われたくないとは思いつつ、本件については返す言葉がありませんでした。大ピンチ2です。この件で、この上長と一緒に働くことはもう無理だと思い、この件にきちんと対応して、状況が落ち着いたらこの場を離れて転職しようと思っていました。ただ、今思うと、事務所持ち出しになるから顧客の懐は痛まないとはいえ、このような権利化に至った経緯を説明し、権利行使に至ってから訂正することを提案してもよかったのではないかと思います。その後、上長には経過履歴と再発防止策を説明し、訂正審判請求となりました。
 訂正審判の審判請求書なんて書いたことないので、周りに聞いたところ、数年前に誤記訂正のための訂正審判請求がなされていました。上長殿の案件ではなかったものの、担当者を信用していなかったようで、審判請求書は上長が書いていました。彼の実務能力はあると思っていたし、自分の書いたものをベースに文句を言ってくることはないと思ったので、上長が書いた審判請求書を真似してドラフトしました。ドラフトした審判請求書を彼に見てもらったら、ああだこうだいちゃもんを付けてきました。さすがに頭にきて、「ご自身の書面に即して書いていますがどういうおつもりですか?」的に怒気を浮かべて言い返したところ、高圧的な態度は多少和らいで、その場は収まりました。普段から、特に私には嫌みばかりで、彼のいいおもちゃでしたが、この件以降、私に対する高圧的で酷い態度は影を潜めました。一言言い返すのも割と効果があるものですね。
 晴れて審判請求は認容され、権利としては瑕疵の無いものになりました。
 その後、この出願のファミリは、どういうわけか重要案件から外れました。だったら訂正審判なんてやらなくてもよかったのに、あの辛い数か月は何だったんだろうと空しい思いでいっぱいでした。

3. どう乗り越えたか
 乗り越えたのかどうかはわかりませんが審判請求は認容されました。事務方のベテラン、所内の特許庁OBにひたすら教えを請い、ご意見を伺いました。この方たちにはずーっと頭が上がりません。

4. 学び
(1) ツールを使う
 特許ストーリー等、誤記を防ぐツールはあるので、ノイズはあるとはいえきちんと、必ず使うようになりました。このとき、特許ストーリーを使ったことは確かでしたが、チェックが甘かったです。猛省しても足りません。
(2) 色付けする
 繰り返し登場する語句や大事な語句は、固有の色で塗るようになりました。また、「前記」、 “the” も色で塗り、係り受けの不備を目視でも確認できる確率を高めるようにしました。
(3) ある程度寝かせる
 書面を作ったら、最低数時間、出来れば一晩寝かせて、頭を多少なりともリセットしてからチェックするようにしました。出来れば、プリントアウトして、紙媒体で見直すのも効果があるように思います。
(4) 審判便覧
 審判便覧を読んだらすごくわかりやすく、受験生時代にもう少し読んでおけばよかったと思いました。なお、誤記撲滅とはあまり関係ありません。
(5) 報告
 何かマズそうなことがあったら (そのようなことを起こさないのが一番ですが)、傷の浅いうちに報告すべきですね。とはいうもののまだまだ未熟なので、全く尊敬できなくて口もききたくない上長にはあまり言う気にもなれませんでした。今思うとプロ失格ですね。尊敬できる上長の下で働ける環境は貴重です。選べるのであれば、そういう環境を嗅ぎ分ける能力があったらいいですね。

5. 終わりに
 人間ミスはつきものですが、ミスは確率的に下げられますし、そうすれば傷口も浅いもので済む可能性が上がると思います。やらかした後の報告を早めにすれば、傷口が広がることも防げると思います。ミスをしたら、謙虚に真摯に対応するのみですね。次は、どうか来ませんように。
(おしまい)

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