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言葉の奥にある「現場」との向き合い方 ~ 市町が行う相談支援の実践から見えたこと ~ ソーシャルワーカー 中島 円実 氏(October 2023 Vol.008)

インタビューコンセプト

今回は、市町が行う「子どもに関する相談支援」についてです。連絡・情報共有・アセスメン トといった基本的な要素が並びますが、中島さんの長年の経験から、とりわけ重要なポイントを伺いました。

インタビュイー紹介

中島 円実 ⽒
社会福祉士、精神保健福祉士。今年で還暦を迎える孫5人のおばあちゃん。2020年から施設等を退所した若者支援に携わり、かつて支援していた子どもたちと新たな関係性を築いている。

はじめに(用語解説)

・要保護児童対策地域協議会(以下「要対協」)とは
 虐待を受けた子どもを始めとする要保護児童に関する情報の交換や支援を関係者が一体となって行うための場。平成16年の児童福祉法改正で設置努力義務が法的に位置づけられた。
 
家庭児童相談室(以下「家児相」)とは
 市区町村に設置され、養育に関する悩みや心配、児童虐待に関すること等、子どもに関する様々な相談に応じている。

記事本文

ソーシャルワークの本質的機能は「調整」

遠藤: 今日は市町が行う相談支援の仕事について教えてください。まずは中島さんが家児相で働き始めた時のことから伺えますか。
 
中島: 私は平成16年から大津市の家児相で勤務を始めました。児童福祉法の改正があり、児童虐待案件を市町村も担うようになった年です。要対協も大津市では平成20年から始まりました。虐待対応を始める前の市は「お母さんに寄り添う」ことが支援の方針で、当時の上司にもそう対応するよう言われましたが、虐待の相談支援となると、お母さんに寄り添うだけでは難しい場面が出てきます。その都度悩んだり勉強したりしながら、いわゆる「ソーシャルワーク」とは何かを学んでいきました。
 
遠藤: 実際の仕事としては、主に何をされていたんですか。
 
中島: 日々の電話相談や面談、訪問支援のほか、特徴的なのは要対協のマネジメントです。これは滋賀県では家児相が担うことが多く、経験を積むなかで、直接支援だけでなく、ケースマネジメントやネットワークの構築といった「調整」的機能がソーシャルワークにとって重要だと考えるようになりました。
 
遠藤: 要対協は主にどういう方で構成されているのでしょうか。
 
中島: 例えば要対協で支援するご家庭のきょうだいが保育園、小学校、中学校と分かれていたらそれぞれの先生も入りますし、生活保護家庭だったら生活保護のワーカー、ご家族に障害のある方がおられたら障害福祉のワーカーにも入ってもらいます。他には民生委員児童委員さんなどですね。市が相談・通告を受けた際、虐待のリスクがあったり、特に支援が必要だと認められるものが、要対協で管理するケースになります。
 
遠藤: ケースに応じて広く関係者が集まるんですね。では具体的に、調整とは何をされるのでしょうか。

中島: 大きく2つあって、1つ目は「ケースの進行管理」です。どこの機関の誰がどういう支援をしているか、支援によりどういう効果・弊害が現れているか、いつ誰を集めてケース検討会議を開くか、そういったことの進捗を管理します。その時自分が関わっていなくても、支援のメンバー一人ひとりが全体像を把握して支援 できるようマネジメントしていきます。
 2つ目で、特に重要なのが「アセスメントの調整」です。相談・通告を受けた際、緊急性の判断も必要なため、 まずは家児相である程度リスクなどをアセスメントしますが、「ケースをどう見立てるか」は関係機関で必ず共有する必要があります。そのため、要対協のケース検討会議の場では、参加者でまずそれぞれの情報を共有し、全員でアセスメントを行います。さらにその後、同じく全員で今後の支援をプランニングし、役割分担を行います。この一連の流れを家児相でマネジメントします。「全員で支援に臨んでいる」というチームの一体感をつくるのも重要な仕事です。

「アセスメント命」 見立てるのはリスクだけではない

遠藤: 福祉ではアセスメントの重要性は特に言われますよね。中島さんはアセスメントにあたり、どういった点を重視されてきましたか。
 
中島: まずは「アセスメント命!」というくらい、アセスメントが大事なことである事実をみんなで共有します。アセスメントを間違ったらせっかくの支援がよくない作用をもたらすこともあります。そしてアセスメントするためには情報が必要です。子ども・親の心の健康、体の健康、発達の特徴、家庭環境、社会との関わりなど。こういった情報を、要対協に参画している多様な関係機関それぞれの立場から集めた後、アセスメントしていきます。これは相当に労力が必要で、疲れる仕事です(笑)。
 
遠藤: 実際大変そうです(笑)。見立てるのは、リスクを見立てるんでしょうか。
 
中島: 「強み」もですね。どうしてもできていないことばかりを会議で話してしまいがちですが、「でもこのお母さん、朝は子どもと一緒に起きて、学校に送り出してくれるよね」とか「なんだかんだ言って仕事はしているよね」、「学校からの電話はでてくれるよね」など。できているところをどんどんみんなで共有していきます。

遠藤: その情報はなぜ重要なのでしょうか。
 
中島: 人間年を重ねると、できないことをできるようにするためにはかなりの時間がかかります。そこに時間を使うより、できることを伸ばす関わりをするためです。料理が得意だったら子どもにお菓子を作ってあげるとか、ちょっとしたことで子育ての歯車は良い方向に回ることがありますから。保護者の方もできてないところばかり言われてもしんどいですし、支援をする者・される者お互いのモチベーションのためでもありますね。要対協で大切なのはチームワークなので、チームの中で支援する人に対してポジティブな見方を持つために、強みのアセスメントも重要です。

「違いの尊重」がチームワークを支える

遠藤: チームワークが大切ということですが、マネジメントをする立場としての難しさはどこにありますか。
 
中島: 「みんなで支援する」というモチベーションを参加者の間に保つ ことが難しいですね。そこには「言語」が違うという理由があります。ただ、それ自体が悪いわけではなく、例えば警察の方は組織として統制が取れている必要があり、上の命令にはきちっと対応する必要がありますよね。それに良いも悪いもなく、そういう価値観の組織だということを理解していなければいけません。そうしたことは学校にも医療機関にもそれぞれあります。つまり「言語」が違うというのは、組織の文化や役割から発生する考え方の違いがあるということですが、「みんなで支援する」ためには、その違いを尊重する必要があります。要対協の関係者全員がお互いを尊重し合うことが難しくても、せめて調整機関の私たち家児相職員は「言語」の違いを理解して尊重できるようにしなければと思いますね。
 関係機関の間において、要対協という仕組みはまだまだ浸透していません。市役所の中に「要対協」という部署があって、虐待対応はその部署が主導で動いてくれると思っている方もいます。そうではなくて、「あなた方一人ひとりが要対協のメンバーなんですよ」という認識はもっと広まってほしいですね。
 
遠藤: 違う視点・考え方を持つ人が集まる機関を調整するために、心がけていたことはありますか。
 
中島: こまめな連絡、情報共有ですね。言葉にするのは簡単ですが、これが本当に重要です。正直なところ、電話ひとつするにも相手の顔が浮かんでしまって連絡をためらってしまうこともあるじゃないですか。そうならないように、電話はいつもにこやかに受けて、どんな時でも明るく対応し合える関係性を普段から心がけます。小さなことの積み上げが関係性をつくってくれます。

現場の気づきを早期発見につなげるためのポイント

遠藤: 相談支援という仕事に関わらずですが、困難の早期発見は特に重要かと思います。特に重要なポイントはありますか。
 
中島: 困難が発見されるのは現場です。まずは現場が気づいたことを連絡してもらえるような関係性をつくることです。例えば若い保育士さんですと、「こんなことで電話するのは迷惑かな」と思われたりしてしまいますが、そのためらいを取り除いていくために、保育園の虐待担当窓口の先生と仲良くなるよう努めます。現場から連絡を受けた後はもう少し詳しく聞き取っていきます。どこに傷があるのか、傷の頻度はどうか、最新の絆創膏はいつ貼られていたかなど。連絡をくれた方も、慣れていないと何を伝えていいかわからないので、こちらから細かく聞き取りをします。
 
遠藤: どういった点に着目されているんですか。
 
中島: ひとつは今言ったような傷がどこにあるか、いつ頃ついたのかなどの客観的事実です。もうひとつは、保育士の先生 たちのプロとしての直感を信じることです。具体的な証拠が無くても、ベテランの先生の「なにかおかしい」という直感は概ね外れれてい ません。
 
遠藤: まず発見されること、目の付け所が大事ですね。
 
中島: 私たちは相談を受理する課内会議の場で、たくさん入ってくる情報を的確に確認していきます。会議では乳幼児健診受診の有無や、収入の状況など、確認すべき重要なポイントは先輩がチェックしてくれますから、経験が浅い方はそこで「見る目」を養えます。でも最初に発見するのは保育士や学校の先生なので、家児相職員が持つ着眼点を現場の方々にも持ってもらうことが重要ですね。保育園や学校に経験を積んだキーパーソンがいると、その方を起点に情報が入ってくるようになります。これが早期発見につながります。

「正解」はなくとも……仕事への向き合い方

遠藤: 最後に、これから調整や支援に携わる相談員さんにアドバイスをいただけますか。
 
中島: 保護者の方が虐待的な関わりではなく、できるだけ楽しく子育てができるよう、丁寧に関わっていくことが私たちの仕事です。私は、「愛には時間がかかる」と思っています。また「手間暇をかけたしつけこそ、愛がないとできない」と思います。心のコップに愛がまだ貯まっていない保護者の方の場合、手間暇を除外して、短絡的にしつけようと暴力を使ってしまい、結果として虐待と言われてしまうことになります。そうならないためにも、まずは本人をしっかり受け止めて、社会からの愛情を注ぐ必要がありますよね。
 丁寧にしつけをする保護者も、短絡的にしつけようとする保護者も、我が子にちゃんと育ってほしいという思いは同じ。でも、やり方が間違っているのです。適切な子育てのしかた、しつけのしかたを伝えていかなければいけません。これは仕事場でも同じだと思います。新しく相談員となった方には、先輩たちが愛をもって楽しく丁寧に仕事を伝える必要があると思います。
 相談員は保護者の方の生活をたてなおし、子育てに向き合えるようにするための支援をします。支援する保護者の方たちのポジティブな面を認め伸ばしていくことに目を向け、時には一緒にお料理をしたり掃除をしたりして関係性をつくることを目指します。
 なかなか「正解」が見つからない仕事ですが、自分らしく一生懸命向き合っていれば、相手には必ず伝わります。これは私自身もそうですが、自分に嘘つかないように、無理しないように、学びながら仕事に向き合っていきたいですね。

編集者あとがき

 今回のお話でポイントだったのは、情報共有、アセスメント、チームワークといった点です。中島さんの言う通り、「言葉にするのは簡単」ですが、これを毎日高いレベルで行っていくのは実際骨が折れることだろうなと感じます。ただ、未然防止となる取組みほど地味なのかもしれません。もしかしたら僕が原稿をつくるために、うんうん唸っている地味な時間も、未然防止に一役買っている……のかもしれません(どうでしょう笑)。
 内容的なこともあったのか、インタビューは終わりまで固めの雰囲気でした。いざ録音を終えてリラックスしたその時、中島さんから「手間暇かけることが愛」という話とそれに基づくストーリーが出てきて、「ああ!」となりました(笑)。これは次回以降、対話を進める際の反省としまして、今回もお読みくださり、ありがとうございました。

私信のようなもの

 最近、Saiを続けてきたことの効果的なものを感じることが増えました。この取組みがきっかけでご縁をいただいたり、喜んでもらえたり(そもそも取材自体が楽しいし学びが大きいのに。ありがたいですね)。
 同じく最近よく思うのは、いろんな人の話を聞くことを通して、「課題を見る目」を養うことの重要性です。これについては、今回新たに「読書案内」を作成し、Saiの目的をブラッシュアップして記載しています(これはnote上ではトップに張り付けてある記事のことです)。よければこちらも併せてご覧くださればうれしいです。

編集者紹介

編集者 遠藤 綜一
滋賀県職員。予算経理に6年間従事し、その後児童養護施設を担当。多い時は年200冊読む本の虫。好きな作家は中村文則。

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