ASKA『higher ground アンコール公演』レビュー後編

メンバー紹介で一息つくと、後編の開始は「はじまりはいつも雨」だ。
 ASKAの代名詞とも言える平成最長のヒット期間を持つミリオンセラー。2021年の発売30周年ではファンたちの多くがnoteで「はじまりはいつも雨」を語り、それを受けてASKA自身も「はじまりはいつも雨」を語るという幸福な連鎖が起きた。

ASKA公認ライターs.e.i.k.oがこの楽曲を<幸せ>と<不安>がきれいに行き来し、最後は<幸せ>に着地する、と分析したように、恋愛の本質を凝縮したからこそ、多くの人々に永らく愛されているのだろう。
 繊細なストリングスアレンジがよく似合う。

そして、その後は、このライブの最大の見どころが訪れる。
 手数王菅沼孝三と手数王女SATOKOの共演だ。

前回の『higher ground』公演でドラムを担当していたのは、菅沼孝三だった。そのアンコール公演だけに、本来であれば今回も菅沼孝三がドラムを叩く予定だったはずだ。

しかし、菅沼孝三は、宇宙へ旅立ってしまったから、今回のライブに参加できない。
 ただ、菅沼孝三は、宇宙へ旅立つ前、しっかり後継者に託してくれていた。
「もし自分の身に何かあったら、ASKAさんのことを頼む」と。

その後継者こそ、手数王女のSATOKOである。

ライブの中盤、盛り上がりが欲しいところで、SATOKOと菅沼孝三2人だけのドラムセッションが響き渡る。
 菅沼孝三は、チャゲアスバンド時代の映像での参加だ。

涼しい顔で楽しそうに激しいドラム演奏を繰り広げる菅沼孝三と、それに必死についていこうと髪を振り乱してドラムを叩くSATOKO。
 2人の激しく高揚感を煽る演奏は、観客を熱狂させていく。このときばかりは、マスク越しに声を上げてしまった者もいただろう。

まさに、SATOKOのASKAバンド加入襲名披露の舞台となった。私も、全身全霊で手数王が乗り移ったかのようにドラムを叩くSATOKOの姿にグッと来てしまった。

そして、こんな言葉が浮かんできた。
「財を遺すは下、事業を遺すは中、人を遺すは上なり」

これは、明治から大正にかけて活躍した政治家、後藤新平の言葉だ。プロ野球の名選手・名監督として偉大な功績を残した野村克也が好んで引用したため、現在でも広く知られている。

手数王は、地上にいる間、多くの後継者を残してくれた。その1人が手数王女のSATOKOである。
 私は、このライブでSATOKOのドラム演奏を聴きながら、手数王の魂と技術は、永遠に引き継がれていくことを確信した。

このSATOKOと菅沼孝三の共演は、13曲目と14曲目の間にあった。

実を言うと、このライブツアーの初日は、14曲目が「じゃんがじゃんがりん」になっていた。
 しかし、ASKAがブログで明かしたように、SATOKOと菅沼孝三のドラム演奏があまりにも強力であるため、ASKAがセットリスト変更を余儀なくされた。

つまり、2人のドラム演奏の後でも、違和感がないほど強力な楽曲を持ってこざるを得なかったのだ。
 この日のライブでは、初日は17曲目に披露した、おそらく今回のライブで最も強力なリズムとメロディーを刻む豪華な楽曲「なぜに君は帰らない」に変更していた。

かつて「SAY YES」がドラマ『101回目のプロポーズ』のシナリオを変えさせてしまったように、SATOKOと菅沼孝三は、ASKAのセットリストを変えさせてしまったのだ。

この場面がライブの流れを大きく変えるきっかけとなった。それまではどちらかと言えば『陰』の雰囲気が前面に出た楽曲が多かったのだが、一気に流れを変えて『陽』の雰囲気が前面に出てくる。
 CHAGE and ASKAの企画盤『Yin&Yang』を思い出さずにはいられなかった。

それからのASKAの歌唱、そしてSATOKOや是永巧一らのASKAバンドの演奏、そして、ストリングスの演奏の三位一体は、圧巻だった。

「じゃんがじゃんがりん」「百花繚乱」「higher gound」は、ロックなバンド演奏と柔らかいストリングスが絶妙に融合して、少しダークなメロディーと詞を中和してくれる。SHUUBIの歌声も、芯の強い妖艶さがあってロックな曲調向きだ。

この3曲の中では、「じゃんがじゃんがりん」のスキャット調のCメロに魅了された。パワーアップして大サビへの見事な橋渡しをしていたからだ。この曲も、ライブと共に成長していくのだろう。

加えて特筆すべきは、ASKAが最近取り入れていると言われる左右の声帯ハイブリッド歌唱だ。
 これまでにも増して、迫力があり、さらには艶が出てきて、かなり声が若返ったように感じられた。

ときに社会状況を歌い上げ、ときに自らの内面を歌い上げ、ときに音楽への愛情を歌い上げる。

後半は、ASKAがライブを全速力で駆け抜けているようで、時間が一気に過ぎていく感覚に陥った。

18曲目の人気曲「月が近づけば少しはましだろう」は、イントロからストリングスがメロディーを構成し、全編にわたってストリングス中心のアレンジになっていて、新鮮さを醸し出していた。

19曲目の「僕が来た道」は、私がライブツアーのセットリストに入ってくるのを待ち望んでいた曲だ。
 名盤『SCRAMBLE』のラストを飾った壮大なメロディーと迫力ある歌唱が「BIG TREE」を彷彿させてくれる。
 CHAGE and ASKAのことも含めて歌っていると言われており、聴いていると、まるでASKAの自伝を読んでいるような錯覚に陥るほど。
 楽曲の後に残る余韻が極めて心地良い。

そして、本編の最後を飾るのは、ASKAの音楽活動そのものを体現したかのような楽曲「We Love Music」。
 ライブの最も盛り上がるラストで歌われるために作られたのではないかと思えるほど、ライブに映える楽曲だ。
 圧巻の絶唱が会場内に響き渡る。

本編が終わると、アンコールで予想外の曲が……。
 ASKAの音楽人生のターニングポイントになったレコード大賞受賞曲「パラダイス銀河」である。
 1980年代後半、光GENJIに提供したこの楽曲でソングライターとして日本の音楽業界の頂点に立ったASKAは、その勢いをCHAGE and ASKAに持ち込み、1990年代にシンガーソングライターとして頂点に立った。
 そんな楽曲への思い入れの深さと共に、光GENJIへのエール、そして、野球の応援歌としても全国で演奏されるスタンダード曲となったことへの感謝もこもっているように感じられた。

アンコール2曲目は、「WALK」。この楽曲も、当時の売れ線と一線を画すメロディーとリズム、曲の長さながら、ASKA自らが歌いたい楽曲を出していくと決意を固めたターニングポイント曲だ。

さらに、アンコール3曲目は、「熱い想い」。
 このライブでは、ASKAがオープニングとラストのMCでファンへの感謝を口にしている。
 その想いがこの「熱い想い」に乗せられていたように思う。
 結婚式で歌うのが似合うようなラブソングだが、このライブではファンへの愛の歌にしか聴こえなかった。

長い間、まわり道をしながらたどり着いた愛は、確かにこのライブツアーに溢れていた。


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