曽水に生きて 成瀬正成 中

10 武者揃え

天正20年の年が明けてまもなく、太閤秀吉は朝鮮出兵の計画を立てた。それにも徳川軍は参戦することになり、家康公はまたも上洛することになった。今回はなんと小吉も同行することになった。そして小姓組の鍋助も一緒に同行が決まった。

初めての京の町は、とても華やかに感じられ、小吉には、毎日が新鮮に感じた。そのためか、小吉は仕事も忘れて、毎日京見物に明け暮れてしまった。その様子を見た家康公は、小吉をとがめることをしなかった。

古い古刹の寺院の静けさには、何かを訴えかけてくるようで、小吉は大変気に入り、多くを回った。
ある日、以前から興味のあった禅宗の妙心寺に立ち寄った。さすがに禅宗の総本山だけあっては敷地が広い!塔頭寺院もいくつもあった。
1つの塔頭寺院を覗くと、その中には、僧侶とは似つかわしくない、鋭い眼光をもった少年が、庭を履き清めていた。なぜか小吉は、その少年に心を惹かれて近寄り、名前を尋ねた。するとその少年はぶっきらぼうに「人に名前を尋ねる前に、まず自分が名乗るべきだ」とため息をつきながら、そっぽを向いた。その姿勢に更に感銘を受けた小吉は「すまん、すまん」と謝り「私は成瀬正成という」と答えると、その少年は素直に「私は柳生兵庫之助と言います」と答えた。これが後に、尾張柳生を築くことになる、小吉との柳生利厳との出会いであった。

小吉が話を始めると、彼は少年らしからぬ落ち着きをもっているが、まだ年齢は14歳だという。その彼の眼光の鋭さから、幼さを感じない小吉は、ますますこの少年に心惹かれていった。少年の兵庫之助も最初は、小吉に牽制した態度で接していたが、だんだんと小吉に心を開き始め、少年らしい笑顔を見せた。そして身の上を話始めた。
彼は兵法家として知られる柳生宗厳の孫だという。だからあの鋭い眼光をもつのだと、小吉は
納得した。そして今はその祖父に付いて、修行の最中だという。
2人の熱心な話ぶりを見た寺の住職は、そのような庭先で話すのも失礼にあたると言い、寺の中でゆっくり話をしたらどうかと、小吉達を促した。
小吉は寺の一室で、時を忘れて少年と話し込んだ。どうも成瀬家の祖が生まれた足助とも、彼の先祖と縁があるらしい。彼と小吉とは、10歳以上の年齢差があったが、そんなことを感じないぐらい気が合った。そして今度は、2人で剣の手合わせをしようと約束をし、別れた。

機嫌よく、京の屋敷に戻ってきた小吉を見た鍋助は「兄上、今日は何かありました?」と尋ねた。すると小吉は「ちょっとな」と嬉しげに笑い、意味深な返事をした。鍋助はその言葉を聞いて、つまらなそうな顔をした。

小吉は時間が出来ると妙心寺に出向き、兵庫之助と手合わせをしたり、剣術の話をしたりすることが楽しみになっていった。その事に家康公も気づいたようで、鍋助に「最近、小吉は何処に行っているのだ?やけに楽しそうだが」と言われた。鍋助は面白くなさげに「さあ?」と知らないような返事をした。家康公も、今まで隠し事など、したことがない小吉が報告もなく、楽しげにしている姿に「そうか」とだけ答えて、部屋を出ていった。

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