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テーマが浮世絵だった和樂の第3回オンラインスナックはあの編集室よりもためになると思う夜の話

そういえば和樂のオンラインスナックって無料なんですよ。ZOOMで参加なんですけどね、高木編集長が話している裏側で、チャットが盛り上がったりしてる訳で、その中でも博識な方がいろいろとコメントを投げるもんですから、もうそれはそれで盛り上がってる訳ですよ。

はい、第3回和樂オンラインスナックに参加しました。今回のテーマは「浮世絵」。浮世絵って知ってますか?写楽とか北斎とか言ってしまえばピンときますよね? え?違う?確かに浮世絵展とかって、現代美術館で開催してたりちょっと有名な美術館でしか見たことない人も多いでしょう。なんだか高尚そうな絵画だな~が印象ではないでしょうか?

今日のテーマをまとめる前に、ひとつ資料に目を通してください。そのほうが理解もできると思いますので。

相変わらず前置きが長くなりましたが、そこは触れないようにお願いします。まとめのまとめを書いていくと…(以下略)

浮世絵って実は何なのよ?編集長の解釈がわかりやすい!

冒頭、編集長は非常に酔っぱらってた。時間外(10分前)は中継ではなく静止画、恐れることなく言ってしまうなら雑誌のプロフィール用に撮られた一枚と推察される。開始から秒で酒に酔っていることをカミングアウトする49歳、ある意味無敵だと思う。という顛末は置いといて、冒頭15分ほどの「浮世絵とは?」という説明が非常に秀逸だった。私たちが触れる浮世絵とは、美術館で観覧したり、デパートの美術展などで触れることが多いと思う。すなわち認識としてのアート。絵画ともとっていい。写楽や北斎がそのレベルの評価を世界から受けているのだから当たり前だ。

しかし、解釈としての浮世絵はアートではない。ではなにか?浮世絵とは大衆の文化だったというのだ。確かに、前出の2名が評価されたのは海外だ。特にフランスでは巨匠といわれる画家に影響を与えたほどのインパクトだった。しかし視点を変えてみるとどうだろう?江戸時代の町民が普通に手に入れる娯楽としての浮世絵と位置付けると、浮世絵の見方が変わってくる。

すべてを書いてしまうと面白くないので、解釈等は先のnoteに載っている。つまり読んでくれ。日本文化を知ってくれ。とにかく始めてみるならそこから。大衆の娯楽としての浮世絵は江戸時代中期から始まり、その時の生活様式まで表現していたのだ。

技術の進歩と江戸時代

関ケ原の合戦から江戸幕府が立ち上がり、江戸時代に平穏が訪れると何が起こるのかを日本という国は経験している。太平洋戦争の敗戦から一度日本が焼け野原になり、50年ほどで立ち直ったときに車をはじめとした日本の工業品が世界を席巻した。いわゆるバブル期である。

浮世絵が江戸時代に勃興した背景は戦国時代の混乱期が落ち着いてから50年ほど経過してからだ。つまり、平穏な世の中になってから大衆文化が発展し始めたのだといえる。1670年~90年頃は将軍家よりも大衆に富が集まってきていたことはわかっている。浮世絵に歌舞伎、花街なんてのはその最たる文化。水戸光圀公が全国行脚したのも、一般人が東海道を使ってお伊勢さん詣が流行ったのもこの頃。

残念ながら1700年代になるとバブルが崩壊したのか質素倹約が常になり、歌舞伎をはじめとした不良文化に陰りが見えてしまうが、浮世絵だけは大衆受けして版画技術が向上し、広告宣伝のチラシとしての役割もになっていったのではなかろうか?との見解にはうなずける。
参考に貼った記事内には浮世絵の発展していく様を見ることができる。ガラケーがスマホに成り代わって当たり前になったとサロン内で説明していたが、その通りでモノクロで刷られていた版画に印刷の技術も向上して立体的に見せたり、何色も色を使ったりと技術的な進歩を見せていくと同時に作者の感情やその時々の風情を表現するようになっている。

呉服屋と組んで、着物の柄を浮世絵に描き、広告の役割を持たせたのもこの頃だとか。技術的な進歩は心理描写や画題の高度化を産んで、さらに発展したのだという。
この辺りはわかりやすくゲームの進化に例えていた。ゲームウォッチ→ファミコン→プレステ→switchになる過程を知ってる人なら想像してみてほしい。これって昭和文化の系譜にもよく似ているので一人ですごく納得してしまった。

風刺画の最たるは…春画⁉

浮世絵が大衆に溶け込んで、それが江戸時代の江戸の人たちに当たり前になると、だれが浮世絵を購入していったのか?と疑問に思う。浮世絵を主に買っていったのは江戸へ旅に来た地方の旅人。
参勤交代で平民も駆り出されていた時代なので、人の往来は激しかったのだと思う。また、浮世絵に多いのは本屋を題材にされていることも注目したい。
江戸時代の町民は字が読めたという明らかな証拠、これには文化的に日本は独自の発展を遂げていたのだ。おそらく当時の識字率は世界一ではなかろうか?との話。

さて、ここで一つ気になるのは、大衆の文化に情景を模して乗せた浮世絵ばかりだったのだろうか?これは編集長もおっしゃっていたが、これは否。最も売れていた浮世絵は春画ではなかろうかと。
昨年、春画展なる展覧会が全国で行われた。筆者も見に行ったのだが、結構エロティシズムに溢れていた。見なきゃ書けないだろ、これ!という春画もあり、今も昔もエロに対する探究心はあふれていたという証拠である(春画については違う機会を設けるらしい…)。

これだけの浮世絵が日本じゃなくて海外で見つかっているのも、当時の日本の豊かさを象徴していると何かで読んだ(アエラだったかな?)。陶器の輸出用の包装紙が浮世絵だったという話。幕末に交易のあったスペインとかポルトガルに日本の陶器を輸出していた事実も驚きだが、包装紙に浮世絵を使ってたとのことだ。
尾張藩は江戸に浮世絵ブームが来ている最中、質素倹約こそ正義という風潮だったはず。綱吉が将軍に就いたあたりに現れた尾張徳川藩の藩主、徳川宗春が江戸の文化を尾張名古屋に持ち込み、歌舞伎小屋や遊郭を次々に解禁、祭りも盛大に取り仕切り、大衆に娯楽を持ち込んでいる。犬山では宗春と年も近かった成瀬正幸がこれに同調し、ほかの付家老と対立したとの記録も残っている。
残念ながら名古屋バブルは8年ほどで終焉してしまうが、全国的に大衆文化を流行らせたのは徳川幕府ではなく宗春のようなちょっと時代の浮浪雲のような藩主たちだったのではなかろうか?

というわけで今回のスナック和樂は時間がたつほど編集長の酔いが冷めていき、鳩さんを襲っていた猫の鳴き声も大きくなってきたところで終焉を迎えた。

よかったー今回は最後まで楽しく観覧できた~(笑)
次回も浮世絵を題材に開催するとのこと。

ちょっと個人的なお知らせっ!

実は少しだけ個人的なお知らせがある。
こうしてスナック和樂のまとめ記事を書いているわけだが、6月2日より和樂Webのライターとして参加することになった。記事はこれからだけど、一応報告を…(企画書け!って話)。

そしてここまで自由度の高いWebメディアは恐らくほかにはないだろう。なにせ編集長や編集の人たちが運営するオンラインコミュニティーに参加できたり、直接中の人と交流できるメディアがあるかね?

本当ならお金を払って聞く話をたっぷり2時間もZoomで発信しているのだから、日本文化に触れてみたい!なんて方、ぜひ次回のオンラインスナックに参加してみませんか?

公式和樂Web(という名の編集長のアカウント)のツイッターアカウントをフォローするとおすすめの記事とかも読めちゃいますよ~。最近は麒麟押しでいろんな解釈を発信中です。

インスタ、note、Facebookからも発信しているのでチェックしてみてくださいね~。

noteは特におすすめ。ほぼ毎日更新しているのです。

最後のほうまとまりがなくてごめんなさい、次回は~6月9日ですか?告知来たら編集しときます!

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