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【コラム】これから歴史・時代小説を書いてみたい人におすすめする資料(江戸時代編)

 たまには人の役に立つコラムを。
 これから歴史・時代小説を、書いてみたいと思っている人は、持っておくと便利ですよという資料をご紹介します。

 では、はりきって行ってみましょう。

近世風俗志(守貞謾稿)1~5巻(岩波文庫)

 はい、早速出ましたよ。定番中の定番。
 江戸物の歴史・時代小説を書く人で、持ってない人いないんじゃないかというくらいのド定番。
 この『守貞謾稿(もりさだまんこう)』という本は、各社からいろいろなバージョンが出ていますが、ご紹介した岩波文庫版が、一番コンパクトで入手しやすく、値段もお手頃……だったんですが、どうやら版元品切れになってしまったみたいです。でもまあ、古書で探せば今のところ、定価より安く手に入ります。
 この本、江戸時代の庶民の生活、たとえば住宅事情、生業や商売、男女の服装、遊興、乗物などの諸事全般が、図解入りで百科事典のように微に入り細を穿ち解説されています。
 江戸庶民の生活を紹介するみたいな感じの軽い読み物や、二次三次資料の殆どの元ネタはここからです。
 私の場合だと、『機巧のイヴ』に出てくる湯屋(当時の銭湯)の描写などで、だいぶ参考にしました。他にもちょくちょく活用しています。
 ところで、岩波文庫版の『守貞謾稿』が、わざわざ表題を『近世風俗志(守貞謾稿)』にしているのは、やっぱり声に出して本のタイトルを言うのが、現代だとちょっと恥ずかしいからですかねえ……。
 ある先輩時代小説作家さんと飲み屋で話していた時、この本の話題になって、その人が大声で「もりさだまんこう」を連呼するもんだから、ちょっと周囲の目が気になっちゃったことありますもん。

現代訳 旅行用心集(八坂書房)

 歴史・時代小説を書いていると、主人公が東海道などを旅する描写を書かなければならないシチュエーションがありますよね。
 そんな時は、これですよ、これ!
 この『旅行用心集』は、文化7年(1810)年に書かれ、広く読まれた、今でいうところの旅行ガイドブック。
 旅に出る時の心得、関所や手形などの知識、必要な所持品や服装、宿での蚤対策などのトラブルシューティング、果ては各街道のおすすめ温泉まで網羅しています。各街道の関所で、荷物を運ぶ馬や人足を雇った時の駄賃付け(料金)なんかも一覧で載っています。
仇討検校』を書いた時に、仇討を狙う登場人物が、相手を探して東海道を行ったり来たりする描写がけっこうあり、かなり参考にしました。
『地球の歩き方』を読んで海外のいろいろな場所を旅する自分を想像するように、江戸時代の旅の風景を思い浮かべることができるので、読み物としても面白いですよ。

鳶魚江戸文庫 全36巻+別巻2巻

 これはちょっと初心者向けとは言えない気がするんだけど、プロの歴史・時代小説家で、これ全巻手元に揃えているっていう人は、けっこういるんじゃないですかね。
 個人的には、三田村鳶魚の書く文章って、性格の悪さが滲み出ている感じがして、あまり好きじゃないんですが、私も数冊、手元にあります。
 全36巻+別巻2巻の表題と目次を見て、自分が書こうとしている作品と関連しそうな項目があったら、読めば確実に役に立つと思います。
 でも、どうもこの三田村鳶魚さん、時代小説などの大衆小説を目の敵にしていた節があって、直木三十五とか吉川英治とか、錚々たる作家の代表作が、主に時代考証面から著書の中でボロカス貶されています。鳶魚に貶されて筆を折った作家なんかもいるらしくて、そういうところが、あまり好きになれないのかなあ……。
 鳶魚が現代に生きていたら、くノ一がステルス迷彩の怪獣と戦ったり、山中鹿之介がゾンビ足軽と戦ったりする私の作品なんて、確実に貶されますからね。いや、そもそも相手にされないか。

大江戸見聞録 (江戸文化歴史検定公式テキスト 初級編)

 はい、これ、今回の目玉。
 できれば人に教えたくないと思っていた資料です。
 昨今はミステリとか一般エンタメとかから歴史・時代小説に参入する人も増えていて、さらにそこからベストセラーが出たりしていますよね。
 それでも一応、歴史・時代小説は基本となる知識が必要なので、それが参入のハードルになっていたわけですが、そのハードルを大幅に下げちゃうかもしれないんだよな、この本。
 歴史・時代小説を書くにあたって、知っていて当然というか知らないとまずい知識っていうのがいろいろあるわけなんだけど、それをわかりやすく網羅した本って、案外、ないんですよ。
 たとえばですねえ、当時の暦とか不定時法についてご存じですか?
 現在は新暦が採用されているので、その感覚で資料を読んだり作中で季節を描写してしまうと、かなりおかしなことになったりします。
 時刻に関しても、現在は定時法(常に時刻が定まっている)が採用されていますが、当時は不定時法といって、日の出から日没を基準に等分して時刻を定めていました。よく時代劇とかで聞く「明け六つ」とか「昼八つ」とか、あとはまあ「子ノ刻」とか「丑ノ刻」とか、ああいうやつです。
 あと、当時(とはいっても江戸時代は長いので時期によって違うんだけど、大まかな基準として)の物価とか貨幣価値などについて。
 お蕎麦一杯の値段とか、風呂屋一回分の値段や、一般的な裏長屋の家賃がいくらくらいとか、金一両や銭一文の価値が、現在に換算すると大体いくらくらいなのか、など。
 こういうのって、いざ必要になった時に、「えーと、あれってどこに書いてあったんだっけ?」みたいに、先ほど紹介した『守貞謾稿』や他の資料をあちこち当たったりする嵌めになったりするんだけど、こういう基礎的な事柄の多くがこの本で参照できます。
 というのも、この本、かつて存在した『江戸文化歴史検定』という民間資格の公式テキストでして、しかも初級編なので、そういう「知っていて当然」の知識が網羅されているんですよ。この「知っていて当然」の知識は、歴史・時代小説を書くに当たっての、「知っていないとまずい」知識と、ほぼイコールになっています。
 さらに、同じ江戸検の中級編テキストがあります。

江戸諸国萬案内 (江戸文化歴史検定公式テキスト 中級編)

 初級編が、どちらかというと江戸の庶民生活に焦点を当てた内容だったのに対し、こちらは武家社会や大奥などについて詳しく取り上げられています。
 たとえば、具体的に将軍が日常の政務をどのように執り行っていたか、江戸城での一年を通しての行事や儀式、武家社会の階級制度、大奥の職制や階級、それぞれの給与や、江戸城本丸御殿と大奥の詳細な見取り図など、それだけでも定価分の価値は十分にあります。
 他にも江戸の食文化や、当時の旅の様子などについても、詳しく書かれています。

 あともう一冊、『江戸博覧強記』という上級向けテキストがあるんですが、ここまでいくと、かなり重箱の隅をつつくような知識になってくるので、とりあえず歴史・時代小説を書き始めたいと考えているなら、上記の二冊を読んで、あとは各々の題材に沿った資料を探せばいいと思います。

 ところで、この『江戸歴史文化検定』のテキスト、肝心の江戸検自体が、2020年の第15回をもって終了してしまったので、紙書籍版は在庫僅少。場合によっては古書で手に入れるしかありません。
 電子書籍版(Kindleなど)は入手できますが、できれば紙書籍版の方が調べたり読んだりしやすいのでおすすめですかね。
 ちなみに私は江戸検3級は持っていますが、2級に挑戦しようと準備しているうちに江戸検自体がなくなってしまいました。残念。趣味の民間資格にも拘わらず、1級はかなり難関だったみたいですね。

 今回は江戸時代を舞台にした歴史・時代小説、それも初心者向けの資料ばかり紹介しましたが、評判よければ戦国時代のおすすめ資料編も気が向いたらやろうかな。


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