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『戯曲 惑星のピクニック』試し読み

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 ご購読方法に関しては、このサンプルの最後に書いてあります(現在は予約受付中)。

 では、ここからがサンプルです。


惑星のピクニック

乾緑郎

○登場人物

店主……兄。
店員……弟。

男1……インタビューの男。
男2……食器コレクターの男。
男3……ペプシ・コーラの男。
男4……火星風邪の男。

女1……万引き女。

店主の妻

   ※

  この星への移民が始まったのは、五十年ほど前のことだ。
 政府と企業による鉱物資源の開発調査が主な目的であったが、五十年がかりで行われたこの惑星全体の試験採掘の結果、導き出された結論は「この星に有効な資源はない」というものだった。
 最盛期には十万人を超す人間がこの星で生活していたが、その九割近くが採掘場で働く労働者と、その家族だった。
 現在もこの星に生活する人間は残っているが、その数は一万人に満たない。殆どが第一次移民の子と孫の世代である。
 彼らの多くに共通するのは、地球というものの存在を書物やテレビでしか知らないということだ。母星とこの惑星の間には、たいへんな賃金格差がある。
 この星では現在、ジョウント・ステーションが一つだけ稼働しているが、貨物が週に一便のみである。彼らがこのステーションでジョウント・ゲートを利用しようと考えた場合、平均月収の数か月分の費用が必要になる。
 この星の移民たちにとっては、現在の生活を細々と維持するのも、この星を離れて違う土地に移り、新たな職を得ようとするのも、どちらも現実的には厳しい。
 が、近年、ステーションそのものが閉鎖されるという噂があり、その場合は政府か開発企業による何らかの救済措置や補償が得られる筈だという期待もある。

   ※

 店。
 全体的に古ぼけていてはいるものの、まめに掃除されているので、うらぶれた感じはしない。
 下手側に商品の並ぶレジ・カウンター。
 上手には破れた箇所をテープなどで修繕したソファとテーブル。その上に灰皿。
 中央にケトルの乗ったストーブ。火が入っていないのは、それほど寒くないのか、壊れているのかどちらかだろう。
 上手寄り奥に店の出入口。中央奥に窓。
 オープニングでは、店主と男1がソファに座っている。
 店主が客席の正面を向くような形になっていて、その傍らの別のソファに男1が座っている。
 テーブルの上には古めかしいカセットテープ式のテレコとマイクが置かれている。
 店員は床にポリッシャーをかけている。こちらは掃除に真剣で、忙しそうだ。
 この店員は、台詞がないときでも、注釈が無い限りは芝居のラストまで延々と掃除をやっていると思ってもらいたい。ポリッシャー以外にも、掃き掃除やら雑巾掛けやら埃の払い落としやら窓拭きやら、ワックス掛けやら、この世のありとあらゆる掃除を紹介するつもりでやってほしい。
 客入れの曲終わり、暗転。
 暗闇の中、ポリッシャーが床を磨く音が聞こえてくる。
 明転。同時に、店主が緊張した堅い感じで語り始める。

店主  ……この店を始めたのは、俺の祖父に当たる人だ。この近くの試験採掘場で、少量のボーキサイトに似た物質が出たことがあって、その現場の監督工事のナントカ主任だった人物だと聞いたことがあるが、何の主任だったかは忘れた。

 男1、テレコの録音スイッチを切って、店員に向かって言う。

 男1  それ、うるさいよ。ちょっとの間だけ止めてくれないか。

 店員、不満そうな顔をしながらもそれを聞き入れ、ポリッシャーを止める。

男1  悪いんだけど、もう一度、最初から……。

  店主、軽く頷く。
 男1、録音スイッチを押す。

店主  この店を始めたのは……俺の祖父に当たる人だ。この近くの試験採掘場で少量の……えーと、何かが出たことがあって、その現場の監督工事のナントカ主任だった人物だと聞いたことがあるが、何の主任だったかは忘れた。

 そこまで喋って一息つき、続ける店主。

店主  店の名前は『レイ(Ray)&バズ(Buzz)商店』という。この名前を付けたのもやっぱり祖父で、レイは祖父の名前だが、バズがどこの誰なのかは俺も知らない。たぶん、祖父の親しい友人か恩人かで、そのバズとかいう人と二人でこの店を始めたんだと思うが、祖父が死ぬ前に名前の由来を聞いておくのを忘れた。誰かに聞こうにも、今では知ってそうな人が周りにいないし、こうして話していても、そのバズとかいう人物について、是非とも知っておきたいという気分にもならない。だから聞くのも忘れたんだ。

 もう話すことがなくなったという感じで困ったような顔を男1に向ける店主。
 男1は続けることを催促するような素振り。

店主  えーと、あとは、そうだなあ……。この店はそもそも試験採掘場の作業車輌にガソリンを売る商売から始まったんだと聞いている。そのうち、煙草を皮切りに労働者向けの作業着や手袋、雑誌や新聞、コーヒーや食い物、求められるままに置いていくうちに何でも置くようになったんだ。今はもうやめたが、一時期は酒場みたいな商売もやっていたそうで、仕事のある連中が面倒臭がってここに泊まっていくのを放り込んでいるうちに、隣にあるモーテルに発展したんだと聞いた。ああ、そうそう、モーテルが出来たのは祖父ではなく俺の親父の代で、まあ、一口に言っちゃったけど、今語ってるところに至るまで、だいたい三十五年くらいの月日が……。

 入り口のドアが開閉され、男2が入ってくる。

男2  煙草くれ。

 録音スイッチを切って男2に向かって怒鳴る男1。

男1  ああもう! 今、録音中だったんだ!
男2  またインタビューか? 俺の声が入ったくらいでいちいち怒るな。

 店主、立ち上がってカウンターの方へ。
 店員、ポリッシャーを再開。
 男1、その店員の方を迷惑そうに見ながら、テープレコーダーを巻き戻し、スピーカーの部分に耳を当てて録音された内容を聞く。
 硬貨と引き替えに男2に煙草を渡す店主。
 男2、ソファの方へ行って腰掛け、買ったばかりの煙草の封を切る。

男1  ああ、やっぱり入ってる。
男2  俺の声?
男1  そうだ。「煙草くれ」。
男2  別にいいだろ?
男1  いや、納得いかない。

 女1が入ってくる。会話はそんなことは関係なしに続く。
 カウンターにいる店主の方を見て言う男1。

男1  悪いんだけど、もう一度、最初から……。
店主  勘弁してくれよ。
男1  じゃあ続きからでいい。まだこの店について語ることが……。
店主  ないよ、もう。お前が短すぎるっていうから、思いだし思いだし無理やり長引かせているくらいなんだから……。
男1  いや、語り残していることがある筈なんだ、絶対に。
店主  だから、ないって。
男2  お前、それ、俺の時にも言ったな。
男1  ああ、言ったとも。どいつもこいつも俺のインタビューは手短に済ませようとしやがる。
店主  そんなことないって。
男1  鬱陶しいと思ってるんだ。
店主  そんなことないよ。

 男1、当たるような感じで店員に、

男1  それ、うるさいからやめてくれないか。苛々する。毎日やる必要ないだろう。床がなくなっちまうぞ!

 店主、やれやれという感じで、やめろという素振りを店員の方に。
 店員、ポリッシャーがけをやめて片づけを始める。
 女1、出て行く。目的もないような感じで店の中をひと通りひやかしただけ。
 男2、女1の出ていった方を眺める。
 男2、店主に、

男2  いいのか?
店主  何が?
男1  どうした?
男2  ……万引きだ。

 と呟く。確かに、彼女は店主と男1の会話の間に、店のものを一つ盗んでいった。

店主  ああ。

 と、どちらでもよさそうに答える店主。

店主  いいんだ。

 男1と2、顔を見合わせるが、それ以上の興味は湧かない。
 男1、男2にテレコを向ける。

男1  お前もちょっと何か喋らないか?
店主  勘弁してやれよ。

  男2、煙草に火を付けながら、

 男2  構わないよ。
店主  え?
男2  俺はそんなに嫌いじゃない。
男1  助かる。
店主  奇特な。
男2  何を喋ったらいいんだ。
男1  何でも。
男2  そういうのが一番困るんだよ。お前のインタビューがなかなかうまくいかないのはそのせいだと思うぞ。
男1  ああ、そうか。言えてるな。
男2  何でもいいなんて言わずに、話の取っ掛かりくらいはそっちが振れよ。
男1  ああ。

 と、テレコの録音ボタンを押す男1。

男1  お前が地球にいたのは何歳の時までだったっけ?
男2  九歳までだ。俺が九歳の時に親父が失業して、こっちに職を求めて移民してきた。
男1  じゃ、この惑星の最初の印象など……。
男2  そうだなあ……。
男1  ……。
男2  ……静かなところだ。俺はこれでも都会育ちなんだ。俺の親父は、ちょうどここと同じくらいの大きさの店をブルックリンに持っていた。角地で駅への通り道だったから立地は最高だったんだが、うちの親父は三代目でね。小さい頃から店で遊んでいるうちに何となくカウンターに立つようになって跡を継いじまったようなクチだったから、働くってことがどういうことなのかよくわかってなかったんだな。それで店をダメにした。
店主  耳が痛いなあ。
男1  静かにしていてくれよ。
男2  趣味のために生きているような人でね。特にSP盤のコレクションに凝っていた。どこかのラジオ局が倉庫を整理する、どこかの古道具屋の店先にひと山いくらでSP盤が積まれていた。そんな話を耳に挟むといてもたってもいられないんだ。ウィークデーだろうが何だろうが、構わず店を放ったらかして出掛けてしまう。週末は必ず仲間内の交換会に顔を出していた。
男1  ……。
男2  ……あれは、俺が五歳か六歳くらいの頃かなあ。店の前で、友達と親父のレコードをフリスビーがわりにして遊んでいた。子供だから、そんなものに価値があるなんて思わなかったんだな。SP盤は、EPやLPと違って、材質がシェラックという樹脂で、すごく脆いんだ。だから、アスファルトの上に落としたりなんかすると簡単に割れてしまう。最初のうちは割れる度に店の奥から新しいやつを引っ張り出してきてフリスビーを続けた。そのうちにSP盤が割れることの方が面白くなってきて、次々にそれを引っ張りだしてきてはパチンコの的にしたり空手の真似事をしたりして色々な方法で割り始めた。遠くから誰かが俺の方に向かって走ってくる音が聞こえた。親父だった。

 男2、間をおかずに怒鳴る。

男2  「バカ野郎!」。

 急に男2が怒鳴ったので体をビクッと震わせる店主、男1ら。
 店員はノーリアクション。

男2  パチンコを握りしめていた俺の腕を、親父はこんな風に……。

 と、身ぶりを交えながら、

男2  ……無理矢理に掴んでねじり上げた。小枝の折れるようなポキッって音がした。俺は悲鳴を上げた。友達は慌てて俺を置いて逃げ出した。俺は腕の骨を折っていた。後になってから親父は「骨が折れたとは気づかなかったんだ」と弁解したが、それは嘘だ。何しろ俺の腕は肘から先に新しい関節ができたんじゃないかってくらいに曲がっていたから。
男1  ……。
男2  親父はまず粉々になったSP盤を我が子の骨でも拾うように大事に一つ一つ取り上げながら片づけた。次に店の奥の戸棚から何と何のレコードが消えているかを確認した。店の中からわけのわからない怒号と涙まじりの嗚咽が、交互に何度も聞こてきた。その間、俺はずっと店の外に横たわって折れた腕を押さえながら、声を殺して泣いていたんだ。怖かった。親父が店から出てくる時は、絶対に俺を病院に連れていくためでなくて殺すために出てくるものだと思ったから。俺の周りに人垣が出来初めた頃に、親父はやっと店から出てきた。俺を殺すためにではなく病院に連れていくためにだ。
男1  ……。
男2  それからというもの、親父はやけに俺に優しくなった。それまでは殆どなかったことだが、釣りに連れていってくれたりボクシングやプロレスの観戦に連れていってくれるようになった。俺は子供だったから、そうとなればはしゃぐんだが、もうどうしてもそんな親父を好きになることができなくなっていた。親父にとっては、俺はSP盤のレコード以下の値打ちしかないんだってことを思い知らされたから。
男1  ……。
男2  病院に行くのが遅かったせいで、俺は鉛筆を持ったりフォークを握る時の手の感じがずっと変なんだ。だから親父は俺と一緒に食事する時に、俺の手元を見ることができない。うまくポテトや肉を刺せなくてガチャガチャと皿にフォークを突き立てる度に親父は目尻をピクピクと動かす。毎日だ。
男1  一緒に住んでるんだっけ?
男2  そうだよ。今は俺が養っている。知ってるだろ?
男1  孝行息子だって、みんな……。
男2  ああ。親父のことは大事にしている。レア物のレコードを扱うようにね。

  と、男2、声を上げて笑う。
 が、店主と男1は笑えない。店員はノーリアクション。

男2  どうしたんだ? 笑うところだぞ。

 男1、テレコの録音ボタンを切る。

男1  笑えない。
店主  何か、嫌な気分になっちゃったな。
男2  何が? 最後の一言か? おいおい、本気で取るなよ。ジョークなんだから。

 と慌てる男2。

男2  嫌だなあ。今のジョーク、決まったと思ったんだけどなあ。親父のことは大事にしている。ああ。本当だとも。

 気まずい沈黙。店員はノーリアクションで黙々と掃除を続けている。


 サンプルはここまでです。

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