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コロボックルの行進曲

私はあの秋の日の夕方、確かに地下道でコロボックルに出会い、導かれて歩いたのだ。

その日注力していた仕事で理不尽に出し抜かれ、心底意気消沈した私は、三越前駅のコンコースでのろのろと歩を進めていた。
頭の中は、ヤバイヤバイヤバイ‥の繰り返し。まるで、ヤバイのワルツ(メロディなし、エンドレス)である。

とその時、「ねえ!ねえ!お姉さん」。大きな声が聞こえたので振り向くと、中年の小柄な、全体的に四角い感じの男性がニコニコと私を見ていた。
「あのなあ、上野まで行きてえんだがどの電車に乗ればいいかね」「あ…銀座線です」「銀座線?どれだい」ときょろきょろするおじさんを捨てても置けず、改札口まで一緒に歩くことにした。


「やあ、ありがとな」とさらに笑顔を満開にしたおじさんは、北関東の街から友人を見舞いに来たこと、東京には前よく仕事で来ていたが、10年くらいご無沙汰で、すっかり街並みや地下鉄が変わっていて驚いた、まだ家への土産がないので上野駅で甘いものを買わなければ、ということを早口で話した。
私はあからさまに気のない相槌を打ちつつ、仕事上での失態をどう挽回しようかを考えているうちに銀座線の改札口にたどり着いた。
「いやいや、助かったよ」おじさんは不意に真面目な顔をして頭を下げると、「お姉さん、元気出しなよ。よくわかんねえけどさ、きっといいことあるよ」と言ったのだ。


この人はもしや、気落ちしている私を見かねてつかの間の話し相手になってくれたのだろうか。そう思うとありがたくて申し訳なくて、ちょっと胸が詰まった。
「こちらこそありがとうございました」と言った後、照れ臭くなり「おばさんなのにお姉さんって言ってくれて」とまぜっかえすと、おじさんはハハハと笑い、振り向きもせずにホームへ続く階段へと消えていった。

私も踵を返し、地上へ出る階段へと向かった。頭の中で鳴り響いてやまなかったヤバイのワルツは、いつの間にか乱調し軽やかな行進曲へと変わったように思えた。

おじさんはきっと北からやってきたコロボックルに違いない。今も、落ち込んでいる誰かとともに歩き、ニコニコと助けているのだ。そして私も、時々は誰かのコロボックルになりたいと切に願うのだ。

#たすけてくれてありがとう

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