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いぬ、健やかたれ


血統書つきのポメラニアンだって、
白と黒で珍しい色なんだよ。
でもすっごいやんちゃなの。

困ったように、うれしそうに、おばあちゃんが笑っていたことをずっと覚えている。

スーパーの駐車場ではじめていぬと出会った。
想像よりもふわふわもさもさで、ちいさくて、
くりくりでまんまるな目。

引き取る前、あかちゃんの頃から育てられていた家には、悟空という真っ黒のトイプードルがいた。
いぬは女の子、悟空は男の子。
ポメラニアンとトイプードルはポメプーというミックス種として人気で、あかちゃんを産ませたかったらしい。
でもいぬと悟空は仲があんまりよくなくて、いつも喧嘩ばっかり。いぬは勝てもしないのにきゃんきゃん吠えて、噛みついていたらしい。

手がかかる子で、いらないって言ってるらしいの。もらってあげてくれない?

いらない。
そうやって譲られたいぬは、人間だったら愛されたのだろうか。
わたしがいぬだったら、愛されたのだろうか。

ずっと覚えている。
ある日、買い物から帰って来た母親が、泣き叫びながらビニール袋の野菜を、力任せにぶん投げて来たこと。にんじんとじゃがいもときゅうり。豆腐パックが視界いっぱいになったとき、全てをもうとっくに諦めていて、背中で泣く弟の息があたたかった。

階段を降りて来た父親はわたしの手を引いて、
泣き叫ぶ弟を抱きかかえた。
ちょっと待ってて。大丈夫だから。
そう言った父親に頭を撫でられた後、言い争う声が聞こえないようにぬいぐるみと布団にくるまった。
いくら待っても大丈夫にならなかった。
晩ご飯はカップラーメンだった。

お父さんとお母さんどっちと暮らしたい?
父親にはわたしの部屋で、母親には階段で、
そう聞かれた。

父親がたまにしか帰って来ない家が、母親もたまにしか帰って来ない家になっていたこと。
幸か不幸か小説を読みまくっていたせいで、そんなに変だとおもっていなかったけれど、なんとなく誰にも言えなかった。

母親に、おばあちゃんの家で暮らそう、ままのことすきだよね?って言われたとき、この人は幸せになったことないんだろうな、と気付いた。
5歳だか7歳だか年上の男と20歳そこらで結婚して子どもを産んで、もっと遊びたかった、自分のためにお金を使いたかったと面と向かって言われたこともあるし。
泣きながら助けを求める母親を、ちゃんと愛してあげればよかった。
父親は、このまま一緒に暮らそう、友達と離れたくないでしょ?新しいままもいるよ。って言った。
ぱぱは学童はお迎えがないと帰れないのにわたしだけひとりで帰ることを許されていたのも知らないし、わたしだってぱぱに新しいままがいることは知らなかったし、新しいままに子どもがいることも知らなかったし、お互いのことを何も知らないデカい男との共同生活は無理だろ、とおもった。
そこからデカい男が怖くて嫌いだ。目がぱっちりしてる男も怖い、男は基本的に怖い。
媚びる以外に男との接し方がわからない、すきって言ってちゅってしたらいいんだとおもってる。性欲が向けられるということが、男からわたしへの価値だとおもっている。


わたしは手がかかる子だったのだろうか。いらなかったのだろうか。
漢字を覚えるのが少しはやくて、計算が少し苦手で、運動が特に苦手で、人見知りだけど喋るのがすき。本を読むのがすきで、ひとりで物語を作って遊ぶのもすきで、わがままとかはあんまり言わなかったはずなのに。


愛されたかった。ずっと。いちばん。

父親がわたしの頭を撫でる回数よりも、知らん女の産んだ知らん子どもの頭を撫でる回数がよっぽど多くて、母親がわたしに読み聞かせする夜よりも、知らん男の家で知らん男と眠る夜がよっぽど多いことは、わたしのせいだったのだろうか。

愛されたい。ずっと。いちばん。

わたしよりも可愛くていい子で面白くて優しい女より、わたしよりも賢くて運動が出来る女より、わたしであるということだけで愛されたかった。
才能とかはないし何も出来ないけど、おてとおすわりくらい教えてもらわなくたって出来たのに。

いぬだけは、わたしだから愛してくれた。

歩くのに疲れてちんたらしていても、道端の花をぼけっと見ていても、畑に行くまでの道がわからなくて遠回りしても、同級生と会いたくなくて中学と反対の道を進んでも、わたしが持つリードに従って、へけへけちゃかちゃかと音を鳴らしてついてきてくれた。

いぬ、だいすきだよ。
ご飯の好き嫌いが多いところも、お散歩に行きたがるくせにいざ連れて行くと2歩で飽きるところも、毎朝わたしが通るのを待っていてくれるところも、犬のくせに鈍感で静かに家に入るとびっくりして鳴くところも、全部すきだよ。

いぬ、だいすきだよ。
夏休みに畑で落とし穴作るため毎日ちょっとずつ土掘って、毎日どろどろになって一緒にお風呂入ったり、その落とし穴でおじいちゃんが本気の怪我しかけてたりしたよね。
くさすぎる!って言ったらたぶん意味分かってて、メチャ吠えてくるところとかだいすきだよ。
わたしのことどれくらいすき?って聞いてるのにそっぽ向いちゃうところとか、まだよく分かってない弟が前足掴んでずっと二足歩行させてたのに抵抗しないところとか、抱っこ嫌なのに無理矢理抱っこしてるおじいちゃんとおばあちゃんにがるがる言いつつ噛んだりしてないところとか、ずっと寝てるのに手の匂いでわたしってわかってもたもたよちよち步いて来てくれるところとか、久し振りにわたしとお散歩行くから張り切って步いてくれるせいで車に轢かれかけちゃうところとか、違う犬触ったら怒ってしばらくこっち来てくれないところとか、お散歩中に自分より小さい犬に威嚇しまくるのに大きい犬のことは気付いてないみたいな顔してやり過ごそうとするところとか、おやつもらうために嘘おしっこするところとか、ふわふわしっぽ触られたら怒るのにおばあちゃんがちょん切っておしりまる見えだったところとか、引っかいてわたしの太ももを傷だらけにしたくせにその傷を心配そうに舐めてくれるところとか、泣いてるときに周りをうろうろして涙舐めてくれたから嬉しくて撫でたら普通におやつの催促だったところとか、夏は玄関の冷たいフローリングでずっとへけへけしててエアコンついてるよ〜って呼ぶと渋々来てくれるところとか、換毛期は制服に毛がつくから近付こうとしないのに怒るところとか、冬にストーブの前で毛が燃えそうになってるところとか、ばいばいって言ったら怒り狂うから静かに出て行かなきゃいけないところとか、新聞屋さんに吠えまくるせいで朝早起きさせられるところとか、夜中おなか丸出しで寝てるからちょっと近く通ると吠えまくってくるところとか、
ぜーんぶだいすきだよ。

いぬ、天国でたらふくご飯とおやつを食べて、すきなときに寝てすきなときに起きて、気の向くままおさんぽ出来てるといいな。
道端の草食べたりとかはしないでね、絶対ゲロ吐くんだから。
唯一無二のいぬ、わたしのいぬ、出会ってくれてありがとうね。
たくさんの天国人や天国犬や天国猫や天国鳥や天国植物に愛されてるんだろうな。不器用過ぎるからそうでもないかな、こんなに可愛いのにね。

わたしもぼちぼちがんばるよ〜、最近はたくさんの人を愛してみたり愛されてみたりしてるよ。
わたしのことを大切にしてくれるっぽい人にも出会ったよ、いぬにも会ってほしかったよ、優しくてあたたかくて、でもちょっと不器用な人だからいぬは絶対すきだとおもうよ。
尾道はとても素敵な町だよ、いぬのすきなぽかぽかひなたぼっこ出来る道いっぱいあるよ、いぬのすきなでっっっっっかい猫じゃらしも見つけてないけど、たぶんあるよ。

畑で毎日おじいちゃんとおばあちゃんのこと見ながら寝てるって聞いて安心した。ご飯供えるけど可愛がってる野良猫に食べられて困ってるって聞いて笑っちゃった。おばあちゃんってそういうところあってだいすきなんよね、いぬもそうでしょ。

畑に咲くたくさんのひまわりとなんかオレンジのちっちゃい花とデカ過ぎる草と、最近いるらしい野良猫の家族と、おじいちゃんと、おばあちゃんと、母親と、弟と、新しい父親と、父親と、父親の新しい家族と、いぬはびびってたけどよく遊んでくれた柴犬と、カップ酒持ってうろうろしてよく川で泳いでる変なおじさんと、わたしといぬを見るとおせんべいくれて「いぬは食べたらあかんで、死ぬで」って言ってくるおばちゃんと、あと尾道ですくすくぽやぽや生きてるわたしと、いぬ、健やかたれ!

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