あるのかなあ


今私の中に言葉はない。四五日眠って母の足元で丸くなっていたから、空っぽになってしまった。

金はないから中野から歩いて帰ろう、いつになったら金は溢れるんだろう。歳をとればそれ相応に、勝手に湧いてくると思っていたのに、なあ。

金がない代わりに言葉はある私が、今空っぽという事実に、私の金銭的価値を見定めることができるのだろうか。

母は勝手に仕事を持ってきて、何かを勝手に喜んでいる。四五日の間に思い出した母の言葉と距離感を、いつまで覚えていられるのか、教えられるのか。

神奈川県民はあの四角いビルに吸い取られる、東京都民はあの赤い鉄塔に吸い取られる、吸い取られて残ったものがあなたにはあっただろう。

久里浜の火力発電所は母を経由して私を吸い取った。残ったものが言葉だと思っていたのに、金にならない言葉に価値はあるのか、なあ。  


#詩

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