見出し画像

【試し読み】戌一『異界夫婦』より 「〇、序」

 幼い頃より自他共に認める怠け者であった私の悪癖は、大人になったからといって自然に矯正されるものではなかった。常に「がんばらなければ」という焦燥感に苛まれながら、結局何事も成さぬまま平均寿命の半分辺りを折り返してしまった。その怠け癖は美術家である自身の活動にまで悪影響を及ぼし、一時は表現意欲すら枯渇していたように思う。そうなればもはや社会不適合者の誹りも免れぬただの厄介者……であったはずの私に、数年前からある種の依頼が舞い込むようになった。
 それは妻であるアーティスト、ふくしひとみに対する問い合わせ、また夫婦での媒体への出演、そして妻に関する執筆の依頼である。
 歳を取るにつれ加速度的に体感時間が短くなることを考慮すると、「あれもこれもやってみたい」と終わらぬ自分探しに耽溺していても埒が明かない。ましてや怠けている暇などあろうはずもない。それならばせめて、世間の需要があることに労力を費やすべきである。そう思い立った矢先に、この本の執筆依頼を頂戴したことは僥倖であった。まさに渡りに船、これまでご要望が多かった題材を改めて掘り起こし、また新たな項目も大幅に書き加え、「私から見た妻という人間」について腰を据えて向き合う決意を固めた。

 ところでこの本のタイトルは、実は私が付けたものではない。これは編集者の方がご提案くださったのであるが、いくつか羅列された候補の『異界夫婦』の文字だけ太く印刷された企画書を目にしたとき、私の心に細波が立つのを感じた。
 それは「異界? これが我々の自然な日常なのに?」という感情によるものであった。しかし改めて自分たちの生活を客観視し始めると、そこには少なからぬ葛藤が生じる。普段は表現純度を保つため、努めて意識しないようにしている「他者の目」という存在を認めざるを得ないからだ。これまでもインターネット上で発信を行うたびに、「変わっている」程度ならまだしも、「変人」「自分だったら無理」「似た者夫婦」「落ち着かない家」などという、否定的な含みを持つ意見が散見された。その多くはインターネット特有の現実感覚の希薄さや、他者を慮る想像力の欠如が生んだ、未熟がゆえの軽口の類であろう。しかし、たとえそこに自覚的悪意がなくとも、発信者側からすると決して好ましい反応ではない。ただそういった感想から想像しうるに、観察者の目を通して見た我々の生活は、あまり一般的ではないということだけは確かなようだ。

 では、どう一般的ではないのか。自覚できている具体例を挙げていくと、まず表現活動を生業としている我々夫婦の居住空間には、普通の家庭には存在し得ない「モノ」がたくさん存在する。例えば、妻が創作した何体ものオリジナルキャラクターの等身大マネキン、廊下には数体のカカシ、そして必要に応じて少しずつ買い足した人体骨格は合計八体にも上り、それらの全てに人格のようなものを付与している。生身の人間は私と妻だけであるにもかかわらず、主観としては大所帯で暮らしている感覚に近い。またダイニングには教室サイズの黒板、学校用の机と椅子が数セット据えられ、小規模ながら「学校」の体を成している。そして廊下部分はなぜか、家の中とは思えないほど大量のネオンに彩られ、その「屋内ネオン街」は日々拡張を続けている。幼い頃フィクションの中で目にしたような、あまりにも典型的な「アーティストの家」といった様相を呈しており、解説し始めると少し気恥ずかしくすらある。
 また生活スタイルに関してはどうだろうか。妻はライブを行ったり、ダンススタジオを運営したり、オリジナル商品をデザインして販売したりと、いわゆる「アーティスト」として活動している。そんな日常において妻が最も時間を割いているのは、楽器や踊りの練習そして新たな演目の開発と研究なのだが、定期的にフクロウやタヌキの格好で歌ったり踊ったりする儀式も決して怠ることはない。それでは私の仕事はというと、妻のマネージメントとプロモーションそして美術、衣装、経理を含む雑用の全てであるが、妻の周りをちょろちょろと動き回り、事あるごとに妻を撮影することも業務に含まれる。妻が歩くと小走りで先回りし、歩く妻の姿を写真や動画に収める。そして妻がパフォーマンスを行う際はもちろんこれを撮影編集し、各SNSにアップロードしてその表現活動の拡散に努める……といった日々を送っている。
 まあどう見ても一般的な生活ではない。家というハード面、行動というソフト面、どちらから見ても我が家は「異界」であるという評価に甘んじる他はないのかもしれない。しかし我々は決して、奇を衒ってアーティスティックな雰囲気の内装を作り上げ、エキセントリックな態度で生活しているわけではなく、全ての行動選択において自分たちの必然性を追求した結果が、この他者から見ると「珍妙」な生活スタイルなのである。とはいえこの「異界」に棲む「珍獣」である我々の日常は、世人をしてその好奇心を刺激せしむるようで、「見たい人がいるのなら大いに見せよう」という姿勢に至って久しいというのが現状である。そもそも表現活動は人に見てもらわなくては始まらないので、我々と観察者は誠に利害が一致している関係性であるともいえる。それらを考慮すると、この読者側に立った『異界夫婦』というタイトルは言い得て妙であり、商業的にも非常に適切であると認めざるを得ない。こういった思考過程を経て、さすがは編集のプロであるという結論に至った。もはや何の異論もないどころか、『異界夫婦』というタイトルを今では大変好ましくすら思っている。

 希望的観測になってしまうが、もしかすると従来からの応援者だけではなく、初見の方もこの本を手に取ってくださるようになるかもしれない。幸いにしてそうなったときのために、形式的ではあるが、冒頭に私と妻の略歴を記させていただきたい。

著者・戌一(いぬいち)
美術家/日本どうぶつの会代表
・東京都生まれ香川県育ち。
・幼少期より医学部を志し地元の進学校に通っていたが、諸事情により退学処分を受ける。
・大学入学資格検定(今でいう高卒認定試験)に合格。しかし医学部進学への熱意を失う。
・妖怪好きが高じて大学の文学部史学科に進学するが、在学中は格闘技や武道に傾倒する。
・大学卒業後「妖怪絵師」として活動を開始するが生活が成り立たず、飲食のアルバイトに励む。
・後の妻(師)ふくしひとみと出会って意気投合。程なくその活動と生活を共にするようになる。
・ふくしと二人で「日本どうぶつの会」を立ち上げ、「どうぶつ」を題材にした表現活動を行う。
・しかし表現活動だけでは生計を立てられず、何年も「狐面」を作って売り歩き生活の糧とする。
・妻に神性を見出し帰依。妻の一番弟子となり、以降はマネージメントとプロモーションを担当。
・現在は妻のライブにおける美術と衣装も担当している。
・またペットシッター及びパピーティーチャーそして愛玩動物飼養管理士の資格を取得しているが、一度も実務を行わず今に至る。

妻・ふくしひとみ
ピアニスト/ダンスアーティスト/イラストレーター/ヨガインストラクター/ラッパー
・東北の山間部で、動物に囲まれて育つ。
・幼い頃よりクラシックピアノを学び「十年に一度の逸材」と呼ばれ将来を嘱望されるも、絵本表現への興味から、大学は英文学科に進学。在学中にカナダへ留学。
・大学卒業後、絵描きとして活動を開始し、初個展で後の夫(弟子)になる筆者と出会う。
・スペイン舞踊をはじめ、中東舞踊、中国舞踊など様々な民族舞踊を学ぶ中で、ベリーダンスのインストラクター資格を取得。
・ヨガインストラクターの資格を取得し、ヨガクラスを開催。
・現在はクラシック音楽事務所にプロピアニストとして在籍し演奏活動を行うかたわら、ダンスアーティストとしてスタジオを運営し、後進の指導にも力を注いでいる。
・同時に自身の絵や特技の書道を活かし、フリーのイラストレーターとしても活動。
・自身が研究を重ね描き上げたタロットカードのフルデッキは、プロの占い師にも愛用者が多い。

 このように箇条書きにしてみると、自分で書いておきながらあれこれと思いが巡って、しばらく筆が止まってしまった。恐らく二人とも、世の親が推奨する理想的な人生設計からは、結果として大きく逸脱してしまったように思う。ただ妻が「親の理解の範疇を超え多彩に活躍するアーティスト」といった仕上がりであることに対し、私に関しては「親が存在を隠したがる恥ずべき馬鹿息子」方向ではないかと思うし、実際にそういう扱いを受け続けてきた。つまり逸脱の方向が真逆なのである。自ら得意げに提案した略歴であったが、記載内容にその違いが顕著に現れていたのだ。我が半生を振り返ると、物事の要所要所において当初の志が結果に反映されず、不本意な形に収束することが頻繁であった。うっすらと、そして常々自覚していたことではあるが、「劣ったはぐれ者」と「優れたはぐれ者」の夫婦、それが私と妻なのである。

 この流れで、多くの方が違和感を抱いたであろう「妻に神性を見出し帰依」という箇所について説明しておきたいのだが、聡明な読者にはもはや説明の必要もないかもしれない。私がなぜ妻を信仰の対象にしたのか。恥も外聞もなく本音を言わせてもらえるなら、私は妻のような表現者になりたかった。幅広いジャンルにおいてプロとして活躍し、その態度は常に泰然自若として他者に執着を見せず、にもかかわらず周りに人が集まり尊敬される……私は妻のように生きたかったのだ。序文とは思えない熱量の文章になりつつあるが、最悪この章のみ読んで本を打ち捨てられても後悔がないように、一旦出し惜しみなくこのまま続けさせていただく。
 まず様々な事象に興味を持つところは、私と妻の共通点である。しかしどうやら、その先の学ぶ姿勢が違ったようだ。自分が学問も武道も芸術も物にならなかった原因は何だったのか。あるときそうこぼした私に、妻はこう言った。「やめなきゃいいんだよ。休みながらでもやめさえしなければ、自分なりの最短でいつかはできるようになる」と。努力や継続といった月並な表現だけでは名状しがたい、たいへん含蓄のある言葉である。語感としては根性論のようにも聞こえるが、「継続さえすれば誰でも(たとえ才能がなくても)いずれ、必ずできるようになる」という優しさを見出すことができる。そして何より私を救ったのは、「やめなきゃよかった」ではなく「やめなきゃいい」と現在進行形であったことだ。本人にそんな意図はなかったのかもしれないが、「今からでも何かを身に付けることができる」という希望が、私の干からびた心に一滴の潤いをもたらした。
 もっと妻の言葉が聞きたい。教えを乞いたい。これを師と呼ばずしてなんと呼ぼう。それ以降の私は、妻の言動をつぶさに観察し、発言を書きとめ、姿を写真に撮り、行動を動画に収めるようになった。この言葉だけが理由の全てではないにせよ、後の章で叙述していく様々な出来事が蓄積され、私と妻は一般的な夫婦関係から師弟関係へと移行していった。そして私は妻の表現活動を、作品を、どうにかして拡散しなければという義務感に駆られるようになり、今の活動形態に至ったのである。もはや「妻の自慢がすぎる」という、ありきたりな感想は聞き飽きた。妻の言葉を借りるなら、「夫婦は身内であっても他人だからね。パートナーのスペックで自分をかさ増ししても意味がない」という意見に同意する。いくら自分の妻が評価を得ようが、私という人間の実質的な価値が高まるわけではない。高まるとしても「小物感」ぐらいのものだろう。それでも需要があるからには書かずにいられない。信仰する対象(妻)の言葉を伝えるという意味では、これは私にとって「聖典」の編纂作業である。全身全霊で取り組ませていただきたい。

 序文の最後となるが、この本は「二匹の毒虫を同じ器に入れてみたところ、偶然毒の相性が良くて、より強い毒が生まれた」とでも喩えられそうな、まるで「蠱毒」のような我々の関係性を描いたエッセイである。事実しか書いていないにもかかわらず、なぜか現実味に乏しい。そしてタイトルに「夫婦」という単語を冠しているとはいえ、多くの夫婦や男女関係の参考になるかと問われれば、甚だ自信がない。引き返すなら今のうちである。それでも読み進められるなら、フィクションに接するように、気軽な姿勢で読まれることが望ましい。
冒頭ということで注意書き的な意味合いも多かったったため、少し堅苦しくなってしまったかもしれない。以降は各題材に沿って、インターネット上では語れなかった自身の考察なども交えながら、妻について綴っていきたいと思う。
 しかし近年は自ら望んで裏方に徹していた私であるが、捨て去ったはずの表現欲が、他者の紹介という形で発露するとは……人生何が起こるか分からないものである。

ネット予約受付中!

いいなと思ったら応援しよう!