【書籍の宣伝】 私が選んだ「数論の3つの真珠」

数学に興味がある皆さん。あなたにとっての「真珠」は何ですか?

はじめに

ヒンチン(Khinchin)による『数論の3つの真珠』というタイトルの名著があります。

この本はヒンチンが数論(特に加法的整数論)の定理を3つ紹介するというもので、彼はそれらを「真珠」と呼んでいるのです。

いずれも真珠と呼ぶに相応しい、味わい深い定理達です。

それらの定理の主張を読み、その内容に思いを馳せてみる。それだけでもきっと素敵な体験となることでしょう。

ですが、もっと素敵な経験があなたを待っています。それは証明を読んで理解するという経験です。


数学の定理は誰か偉い人が正しいと言っているから正しいのではありません。証明を自分自身で読み、納得して初めて自分の中で正しくなるのです。

証明を理解できたときの喜びは、単に主張を理解したときの喜びと比較して格段に深いものです。

ヒンチンの本はこの体験をさせてくれます。「証明付きの真珠」なのです。


しかも、それらの証明はいずれも「初等的」であり、かつ「簡単ではない」という特徴を持ちます。「初等的」であるおかげで基本的には他の本や論文をあたる必要がありません。そして、「簡単ではない」おかげで一筋縄では行かず読み応えがあり、人類の賢さや高みを感じることができます。

結城浩先生の言う「気高さ」をヒンチンの本はまとっています。


実はこの数年間、私は書籍の執筆に取り組んでいました。そして、2023年1月に遂に出版される予定です(予約は開始されています)。

既に、はてなブログで宣伝の記事を執筆しました。

上の記事は少し詳しめに書いたのですが、noteの方にも宣伝記事を書けばより多くの方の目に入るかもしれませんし、再校正作業が完了したこの時点で、少し違った視点でもう一度宣伝記事を書きたくなりました。


その視点とは、私の書籍は「私が選んだ「数論の3つの真珠」」と思うことができるというものです。


ヒンチンの本が私はとても大好きです。ヒンチンが選んだ「数論の3つの真珠」は私にも輝いて見えました。

訳者の蟹江幸博先生は、まえがきで「今このような話題を探そうとしてもなかなか見つかりません」とおっしゃいます。

ですが、ヒンチンが見せてくれたもの以外にもきっと「真珠」はあるはずです!

そして執筆が終わった今、私が書いた書籍のことを振り返ってみると、これは私にとっての「数論の3つの真珠」だったんだということに気づいたのです。


以下にヒンチンの3つの真珠と私の3つの真珠を簡単に紹介しますが、私の本もやはり紹介する3つの定理全てが加法的整数論に関する味わい深い主張の定理であり、初等的だが簡単ではない、しかし気高さを感じられる美しい証明が掲載されています。

(注:実際は以下に述べる3つの真珠を主軸に、関連する定理達も副産物的に証明されます。詳しいことははてなブログの方の記事をご覧ください。)


ヒンチンが選んだ「数論の3つの真珠」


①ファン・デル・ヴェルデンの定理

自然数全体の集合を2つの部分に分けます。このとき、2つの部分の少なくともいずれか一方は任意の長さの等差数列を含みます。


②ランダウ・シュニレルマンの仮説とマンの定理

自然数の部分集合$${A}$$に対して、そのシュニレルマン密度を$${\sigma(A)}$$で表します。また、自然数の部分集合$${A}$$, $${B}$$に対して

$$
A\oplus B \coloneqq \{a+b \mid a\in A\cup\{0\}, b\in B\cup\{0\}\}
$$

とします。このとき、仮定$${\sigma(A)+\sigma(B)\leq 1}$$のもとで

$$
\sigma(A\oplus B)\geq \sigma(A)+\sigma(B)
$$

が成り立ちます。


③ウェアリングの問題

全ての自然数は4個の「非負整数の2乗」の和で表すことができ、全ての自然数は9個の「非負整数の3乗」の和で表すことができ、全ての自然数は19個の「非負整数の4乗」の和で表すことができます。

一般に、$${k}$$を$${2}$$以上の整数とするとき、ある自然数$${g(k)}$$が存在して、全ての自然数は$${g(k)}$$個の「非負整数の$${k}$$乗」の和で表すことができます。

初めに述べたことは$${g(2)=4}$$, $${g(3)=9}$$, $${g(4)=19}$$ということですが($${g(k)}$$として取り得る最小値を$${g(k)}$$と書くことが多い)、ウェアリングの問題の主張は「具体的な$${g(k)}$$の表示を与えるわけではないが、とりあえず$${g(k)}$$が存在することだけは間違いない」というものです。


私が選んだ「数論の3つの真珠」


①ファン・デル・ヴェルデンの定理

そうです。私が選んだ1つ目の真珠はヒンチンが選んだそれと同じものです。

ヒンチンの本では紹介される順に定理の証明は長くなっていきます。また、2つ目と3つ目については内容的な繋がりがあるのですが、1つ目の真珠は2つ目、3つ目の真珠とは関係がありません。

私の本は1つ目の真珠であるファン・デル・ヴェルデンの定理(それは1927年に証明されました)のその後の進展に関する物語です。


②セメレディの定理

自然数の部分集合$${A}$$に対して、その上漸近密度を$${\overline{d}(A)}$$で表します(一般に、$${\sigma(A)\leq \underline{d}(A)\leq \overline{d}(A)}$$が成り立ちます。ここで、$${\underline{d}(A)}$$は$${A}$$の下漸近密度)。

$${\overline{d}(A)>0}$$であれば、$${A}$$は必ず任意の長さの等差数列を含むというのがセメレディの定理です。

セメレディの定理はファン・デル・ヴェルデンの定理の拡張であり、1975年に証明されました。

ちょっと、脱線するのですが、最近プレプリントサーバーに次のような興味深い論文が提出されました。

この論文が扱っている問題は素朴なもので、2つの「有理数の3乗」の和で表すことができる(or できない)整数に関する研究です。例えば、6は表すことができます:

$$
6=\left(\frac{17}{21}\right)^3+\left(\frac{37}{21}\right)^3.
$$

この論文の結果は次が証明できたと主張しています:2つの「有理数の3乗」の和で表すことができる整数全体の集合を$${A}$$、2つの「有理数の3乗」の和で表すことができない整数全体の集合を$${B}$$とするとき、

$$
\underline{d}(A)\geq \frac{2}{21},\quad \underline{d}(B)\geq \frac{1}{6}
$$

が成り立つ。

これが正しければ、セメレディの定理から「2つの「有理数の3乗」の和で表すことができる整数」のみで構成される任意の長さの等差数列が存在し、「2つの「有理数の3乗」の和で表すことができない整数」のみで構成される任意の長さの等差数列が存在することになります。


③グリーン・タオの定理

素数のみで構成される任意の長さの等差数列が存在します。

具体例を作る術はわかっていないのですが、存在することだけが証明できます。

$$
7, 157, 307, 457, 607, 757, 907
$$

は長さ7の素数の等差数列です。ですが、

$$
1057=7+7\times 150
$$

は明らかに$${7}$$で割り切れて素数ではありません。このように与えれた素数の等差数列をずっと延長することはできません。でも、ずっとずっと大きい整数の領域に行けばもっともっと長さの大きい素数の等差数列はあるかもしれません。


実は例えば長さが$${30}$$の素数の等差数列の実例は現在1つも知られていません。でも存在はします。$${7758337633}$$個素数が等間隔に並ぶこともあります。どこにあるかは知りませんが、どこかにあることだけは知っています。


これら3つの定理は私にとっての真珠ですが、私が特に素晴らしいと感じるのは人類が1つずつ階段を上ってきたことです。

セメレディの定理の原論文はファン・ヴェルデンの定理への言及から始まります。そして、論文で証明されること(=セメレディの定理)の他にも、”an old question"として当時未解決のグリーン・タオの定理についても言及があります。

ファン・デル・ヴェルデンの定理は確かにセメレディの定理より数学的には弱いのですが(前者はどれかの集合が任意の長さの等差数列を含むということしか教えてくれず、後者で考えている集合そのものがそれに該当するのかはわかりません)、意外なことにセメレディの証明ではファン・デル・ヴェルデンの定理が道具として用いられ活躍しました。

そして、素数の集合の上漸近密度は0ですので、セメレディの定理はグリーン・タオの定理を導出するには全く役に立たなそうにも思えます。にも関わらず、グリーンとタオはセメレディの定理を出発点とし、それを”transference principle”という考え方で”強化”することによって突破口を開いたのです。


このように数学者達が時を超えてバトンを繋いできた感じがたまらなく良いです。確かに人類は前進しているのだということが感じられます。

(注:私の本ではセメレディの定理の証明としてファン・デル・ヴェルデンの定理を用いないものを採用しています。ですが、ちゃんと1つ目の真珠としてファン・デル・ヴェルデンの定理の証明も(ヒンチンの本とは異なるものを)掲載しています。)


おわりに

数学の問題や定理は一度わかってしまうと簡単に思えてしまうことがよくあります。なーんだ、そんな簡単なことだったのかと。

それでも、わかったその後もずっと色褪せない定理というのは確かに存在し、私はこれまでの人生でそのような真珠に幾つか出会ってきました。

今回紹介した真珠達はまさにそのようなものです。グリーン・タオの定理のことを考え、感動して泣いた回数はもはや数えられません。

私はこれらの真珠が大好きです。思いを込め、長い時間をかけて今回の書籍を執筆しました。

ペンを片手に考えながら読まなければならない数学書ですので、敬遠される方もおられるかもしれませんが、できるだけ面白さが伝わるように努力して書きましたし、気軽に読めるコラムなども用意しております。

途中何度休憩しても大丈夫です。証明はそこにあります。

是非、多くの方に私の宝石箱を手にとっていただきたいと願っています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?