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3分の会話

社員証をピッとかざして、外に出る。

マスクを顎まで下ろすと、初夏のような心地よい風を口元で感じた。

もはや一種の儀式だ。私はちゃんと生きてることを確認する。

折りたたみ日傘を取り出してさす労力と天気を天秤にかけ、天気が勝つほどの日差しではないけれど、「やっぱりさしておこうか」と思い、鞄をゴソゴソしていると、kが現れた。

「あーなんか久しぶり?だねー」

「おぅ。そうだな、久しぶりー」

を一往復するや否や、「俺のスニーカーさ」と唐突に切り出す。

ああ、そうだ。筋トレしてた時に、そういえばkの席の下にスニーカーが2、3足置いてあったなって思い出し、「一日に何回も履き替えるの?なんのために?」という私の単なる好奇心LINEを既読スルーしてた件か。ちょっと前の話だぞ。いきなりだな。

「あれはさ、サンダルサンダルしてない、サンダルで。スニーカーではない。だからといって、サンダルかといえばサンダルでもなくて」と、単に「サンダル」を連呼したいだけの、しょうもない会話に噴き出す。

「サンダルって何回言うのよ、本当に。あれ、3月に自慢してたNIKEのスニーカーじゃないの?中央に紫のラインが入ったやつ」

「それはスニーカーでしょ、サンダルサンダルもしてなくて、それは純粋にスニーカーで、はあ、これだから女子は。ってこういうのセクハラかな」と、もう完全に楽しんで茶化してくる。セカンドバッグが似合いそうな空想上のオッサンを、いつも演じて楽しんでいる男だ。

「いやいや、『これだから女子』ネタじゃないしな。何言ってるの。そもそもサンダルの定義が曖昧で話が進んでない?」

そこから、ビキニと一般的な水着の違いの話になり、「サンダルサンダルしたサンダル」と「サンダル」の違いをわざど冗長にいい続けるkがおかしくておかしくて、泣き笑い。そうでなくても夕方で化粧が崩れ気味なのに。

別れ際、サンダルを連呼する男はまじまじと私を見つめて、

「髪、今日ストレートだな、キレイ」

「? そう?(いつもと変わらないけど)」

「服もなんかいいな、おしゃれ」

「? そう?(去年も着てた花柄バイカラーの普通のセットアップだけど?)」

「そして、今日もやっぱりキレイだな」

「うん。それは知ってる」

kは半秒ほどちょっと驚いた表情をみせて、「まあ、そうだよな」と笑いながら手を上げて、エスカレーターに乗った。

私はチェシャ猫のように笑顔の残像を残して、家路についた。


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