居たい場所は「ドリトル先生シリーズ」の世界

こんにちは。イノシシと申します。

読んだもののことを徒然と書いています。

最近、コミュニケーション不全で、一般的な価値観を理解できない人のニュースが世間を駆け回っています。

格安航空会社ピーチでマスク拒否をした男性のことでネットが盛り上がった。マスクを拒否したことより、マスクを拒否するなら丁寧にその理由を説明するなり、代替案を受け入れるなりすればいいものを、それも断固拒否して常軌を逸した攻撃的自己弁護を暴走させたことが問題なのに、全く認めないし異様さ。しかも、世間は「マスクしないと飛行機降ろされるの?」とズレて受け止めている。マスクしなくても、静かに代替案を受け入れれば降ろされませんが。大体、格安航空機のスタッフの対応が完璧じゃないと苦情したって、サービスも有料なんですよ。サービスもそぎ落とした上での格安料金。まあ、こういった場合に乗客へ追加料金を請求できるシステムを開発することは会社側に要求されてもいいと思いますが。そんな、発展性のある議論は見当たらず、いろんな意味で人間にうんざりしたくなります。

夫婦して国会議員なのに、選挙の買収事件を起こして、かつ、まったく反省しないどころか、裁判の場でも証人を恫喝するという暴挙にでた人のニュースも我々を混乱させる。この夫婦が国会議員になれるように応援した人々は誰なの?なぜそんな買収費用が彼らの手元にあったの?現政権はなぜそ知らぬふりを続けているの?なぜ、現政権に、こういった事件が起こらぬよう、原因究明と対策を示す人材がいないのかも謎で、やはり、人間にうんざりしたくなります。返す刀で、政治は、我々が選んだ結果で行われているので自己責任を感じて余計に息詰まります。

昔から、大多数の考える常識や節度を踏み破って、平然と暴挙に出る人はいたのでしょう。

現実逃避して、きちんとコミュニケーションが取れて、心優しい人がいる物語の世界に逃避したいです。

そんなときにお勧めのお薬です。

「新訳 ドリトル先生」ヒュー・ロフティング著 角川つばさ文庫

人間のお医者さんなはずのドリトル先生が、動物の言葉を学んで、動物たちに慕われて動物を助けるお医者さんになる。そして、いろんな冒険に導かれるお話。

今回、記事を書くのに参考に著者の略歴を調べて知って、驚いたこと。作者ロフティングが、実際に第一次世界大戦に従軍して、傷ついた軍馬たちが手当てもされずに死んでいく場面をみたからこそ、書かれた、願望の物語。それが、このドリトル先生のシリーズだった。世間からはなれて幸福な生活を送る人によって書かれていたのかと誤解していた。

子供向けに書かれてはいるものの、出だしの街並みの表現など、とても丁寧に書かれているし、目の前に、第一次世界大戦の時代の街並みをみるような臨場感にあふれています。

くりひろげられる、ユーモラスで温かいやり取り。一神教のキリスト教圏で書かれたものだと、家長的な立場の人物はとても厳格に描かれたりしますが、この物語のドリトル先生はとにかく優しい。

言葉が通じないはずの人間と動物たちが、言葉で通じ合う。

翻って、先日、現実世界で、多様な人種の血を引くプロアスリート大阪なおみさんが、人種差別に抗議のためのマスクをつけた行動に感動しました。

ドリトル先生の世界に逃避して、優しさに十分癒されたら、現実世界でも優しさを守り続けようと闘っている人を探し出せる元気がでる。ドリトル先生の物語の中で、人間世界から逃避して、動物たちだけを信じて生きて行けばいいと最初は思った。けれど、作者の略歴を見て思った。物語の動物たちは、実はそのまま動物なのではなく、差別される人間をも表現しているのかもしれないと。

外側は同じ人間でも、種が違うのかと驚くほど、思考のプロセスは違っていることがある。

断絶する人もいる。

繋がろうとする人もいる。

動物も、人間も関係なく。

ご興味のある分野があれば、コメントとサポートをいただけると嬉しいです。イノシシスコープで記事を書かせていただきます。