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小さな奇跡「一通のラブレター」

小さな奇跡「一通のラブレター」
ナレーター高橋あやな。エッジの効いたサンプルで切り込んでいく。それが彼女の武器。そんな彼女の小さな奇跡

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【狂騒の露出戦略】

「これだ!」と思った。テレビに出演すればいいんだ。
飛び込み営業に何度か挑戦しながらも、ひとつも上手くいかない日々。いま思えば根気が足りなかっただけのことだが。すぐに芽が出ることを期待して、焦ってもいた。砂を噛む思い。それが一転して向こうから興味を示してくれるのだ。積極的に自分を露出させ、知名度を上げる。そんなチャンスに飛びついた。
「自作詩人で女に怒る、貧乏だけど夢を追ってるナレーター志望」という役回りだ。
ぱらぱらとオファーは舞い込んだ。
テレビは楽しい。スタジオ収録の熱量と緊迫感は凄まじく、想像以上にたくさんの人が、シビアな責任感と熱意を持ってひとつの番組に携わっている。普段のナレーション収録で観るVTRの向こう側を知り背筋が伸びた。
ナレーション現場で「観ましたよ!」と話題にもなり、経歴に異色のフックが増えたのも確かだ。放送中から一瞬でTwitterのフォロワーが増え、そのうちの何人かはテレビ制作の人だった。私の存在を知る人は少しずつ増えていった。
しかし外野からの意見はこうだ。
「テレビに出ると、自分の印象を自分で操作しきれなくなる。長期的に見て、あなたのためにならないんじゃないか」
「まだ全く売れてない!私は鳴かず飛ばずで死んでるようなもんなんです。使える手を使ってなにが悪いんですか?将来がどうとか言ってる余裕はなくて、“今すぐ”食べたいんですよ!好きにやらせてください!」そんな思いだった。
打席に立つためには、認知されなければいけない。知られていないことはプレイヤーとしての死なのだから。
案の定、ネットでは叩かれた。“ブス”“声が良くない”“抱きたくない”他にもインスタントな悪口が散々。面食らって言葉がチクリと胸を刺した。
学生時代は引きこもっていた。閉じた世界で生きていた。私のことなど誰も知らない。いまは良い意味でも悪い意味でも、たくさんの人に認知されてる。
「それすら嬉しい!よっぽど生きている!」
いつしか“他人にどう思われるか”に対しては不感症になっていった。
幾本かの出演。でも、残念なことに、そこからナレーションの仕事に繋がることはなかった。もしかしてナレーションにはマイナスだったの?という疑問がわく。営業している感で気持ちは充満していたが、その風船はパチンと割れてしまった。
そんな気持ちになって、テレビ出演オファーをはじめて断った。ようやく、ふと立ち止まることができた。

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【1年後の手紙】

それは衝撃的なオンエアだった。
深夜帯の、めちゃくちゃ尖った番組。ボケにボケを重ねて、訳が分からないまま終わった。調べれば、企画演出は入社してまだ3年の若手D。“突き抜ける”とはこういうことだと、悔しさすら覚えた。
「この人と仕事がしたい」この人と仕事ができるような自分になりたい。
これまでの「有名ディレクターだから」「人気番組の演出をしているから」「知り合いの知り合いだから」といったぼんやりとした宛先とは一線を画した。この人に届けたいという強い気持ち。
そうして局にボイスサンプルと手紙を届けた。
今思えば、かなり変わった手紙。熱がこもりすぎてたので、気味悪がられ、ストーカーとして疑われそうな内容だった。
敬意を込めて言えば“変な番組”だったので、感想も変になってしまったのだ。
その後も訪れたが、やはり会えなかった。時間だけが過ぎていった、1年後のこと。
一通のメール。あのDさんからだ!おそるおそるメールを開くと、単発の深夜番組のナレーションを私にお願いしたいことが書かれていた。添付されていた企画書は、とても面白くてわくわくした。「こんなことってある!?」と何度も言いながら、ひとり部屋のなかで飛び跳ねて喜んだ。テレビ前の一視聴者だった私の目標が、叶った。
「なんだかずっと、覚えてたんです。あんな風に手紙をくれることなんて、無かったし」
自分の力でこの仕事に繋げられたという実感はなく、猪鹿蝶の畠山MGRのタイミングの良いサポートという幸運もあった。
「ボイスサンプルはラブレターだ」バーズで学んだ言葉を思い出す。
「相手への思いの詰まった手紙」 が大切なんだ。相手を思い浮かべながら、丁寧に届けよう。すぐには実を結ばなくても、必ず想いは伝わるはずだから。
彼女のエッジの効いたナレーションは深夜に鳴り響いた。

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