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【イノシチとイモガラ珍百景】 #17 せんべい石の道

ここは、とある郊外にある通称“せんべい石の道”。
「見ろよイノ、地面にせんべいがいっぱいあるぜ!」
シシゾーがすっとんきょうな声を上げた。またいつもの食い意地全開かな、と思いながら目をやると……
それは、実に見事に平べったく、まさに“せんべい”と言ってよいクオリティの石であった。丸いの、三角の、四角いの……それらがランダムに混ざり合い、ゆるやかに蛇行しながら一つの道を作り上げているのだ。しかも、石の表面は本物のせんべいみたいに美味しそうに焼き目の付いたような色合いで、不自然に色を付けたような感じも見受けられない。なかなか不思議な石だ。
カゲヤマさんの著書によると、『これらの“せんべい石”は、全てとある腕のいい石職人の手によるもので、ここを歩いた者は自然とせんべいが食べたくなってしまう』とある。とりあえずは、石に沿って歩いていくことにした。
さまざまな形のせんべい石が、淡々と地面に並べられている。茶色いしょうゆせんべいみたいなのや、海苔が付いているみたいにちょっと黒くなっているもの、表面がブツブツになっていてザラメをまぶしたみたいなものなど、よく見るとそれぞれの個性が地味に見えてくる。それらのせんべい石は、何を訴えるでもなく、何を出迎えるでもなく、ただ並べてあるだけなのにどこか心が和むような気がした。
「あ、あそこにあるのはちょっと変わってるね」
石の道から少し離れたところに、たくさんの石が集められたようなかたまりがあった。小さな山のようにさえ見えるそれの周りには、子どもたちが思い思いに登ったりして遊んでいた。そばの立札には、「おかき山」と書かれている。
そんな中、ふと僕はあることに気がついた。石の道に沿って歩けば歩くほど、何やら香ばしい良い匂いが漂ってくるのだ。
「美味しそうな匂いがするね、シシゾー」
「そうだな、しょうゆとか味噌とか、意外といろんな匂いがするな」
鼻の利くシシゾーが、即座に匂いの種類を言い当てた。口からもうよだれが垂れそうになっている。
「こんなに本物みたいで、しかもいい匂いがするんじゃ、たまんないな!」
我慢しきれなくなったシシゾーが、いきなり走り出した。こういう時の彼の瞬発力は異常なほどすさまじいのだ。
あわてて後を追い、息を切らせながら一緒に走っていったその先に待ち受けていたのは……

「こんにちは、いらっしゃいませ」
優しそうなおばあさんが、ニコニコしながらお店の入り口に座っていた。
そう、せんべい石の道の終点は──本物のおせんべい屋さんだったのだ。

「うわ! さすが、うまい商売ッすね、おばあちゃん!」
シシゾーが、自分の頭をペチンと叩いて言った。
「ええ、おかげさまで、皆さんからそう言われますよ、うふふ」
お店のおばあさんは、変にケンソンすることもなく、相変わらずニコニコしていた。
小さな店内には、さまざまな種類のせんべいがこれでもかと並べられ、店の奥からはあの香ばしいせんべいの匂いが手招きするように漂ってくる。ここに来ると皆せんべいを買いたくなる、っていうのが、今なら僕にもよくわかる。
「どれも美味そうッすね! おばあちゃん、お店のイチオシとかあります?」
「そうですねえ」とおばあさんは、少しばかり考えてから言った。
「おススメといえば、どの味もうちの自慢の商品ですけれど、あえて言うならば……しょうゆと、味噌と、黒豆せんべいかしらね」
「マジッすか! じゃあ、それ一袋ずつください!」
「はい、ありがとうございます」
シシゾーが早くもお目当てのせんべいをゲットしている間、どれにしようか迷っていた僕の目に飛び込んできたのは、一冊の絵本であった。『昔話 せんべい石の道』とある。僕は、表紙を開いて読んでみることにした。

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昔、あるところに小さなおせんべい屋さんがありました。そこの娘はおせんべいが大好きで、外で遊び回ることも大好きでした。
ある日、娘は父にこんなお願い事をしました。
「おとうさん、おっきいおせんべいのうえであそびたい」
せんべい職人の父は、喜んで娘の願いをかなえてあげようとしましたが、しつけに厳しい母はこれに反対しました。
「いけません、食べ物を使って遊ぶなんて」
困った父が、知り合いの石職人に相談したところ、石職人は笑ってこう言いました。
「それなら、俺に任せときな。せんべいみたいな石を作れば、いくらでも上に乗って遊べるぜ」
彼は、石をせんべいのように丸く、平たく切り出し、それをいくつも作って地面に並べました。中には彼の遊び心で、三角の形をしたものや四角いもの、小さなおかきの集まったようなものも混じっていました。
これを見たせんべい屋の娘は大喜び。友達を誘って、石から石へ飛び移ったり、けんけんぱをしたりして遊びました。楽しそうな子どもたちの姿を見て、娘の両親も石職人も一緒に喜んだのでした。

********

「なるほど、こういう物語があったのか」
いつしか物語を読むのに熱中してしまい、つい独り言が出てしまった。
「ええ、そうなんですよ」
僕の何気ない独り言にも、せんべい屋のおばあさんは、優しく答えてくれた。
「おかげさまで今では、孫たちもお店のおせんべいが大好きなんです」
あの頃のいたいけな少女の顔が、その横顔に一瞬だけよみがえったように見えた。

【せんべい石の道】 レア度:シメジ級

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