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【イノシチとイモガラ珍百景】 #20 モミジ村の万年氷穴

いよいよ夏本番を迎えた、イモガラ島。
僕らは、島では知らぬ者のないキノコ研究者・ウリ山博士からお誘いを受けて、島の東部にあるモミジ村を訪れた。
平地のキノコ町に比べて、山あいに位置するモミジ村のほうがやや涼しく感じる。これはいい避暑地かもしれない。
「いやぁ、突然誘ってすみませんねェ。今日はどうしても、うり子にこの村のかき氷を食べさせたくて」
そう言って笑う博士の隣には、彼の姪っ子であるうり子さんが少し照れくさそうにしていた。彼女はとても霊感が強く、いつも後ろに二つの鬼火を連れている(って、僕にはそれが見えるんだけど他の人たちにはどうやら見えていないらしい)。
「すみません、私のわがままに付き合ってもらって」
「いえいえ、僕らも初めてなので楽しみです! ね、シシゾー」
「お、おう。楽しみだ……です、よ」
いつになく歯切れの悪いシシゾーが、しどろもどろな返事をした。実はシシゾー、うり子さんにほんのり片想い中なのだ。でもそれは、僕しか知らないんだけど。
ここモミジ村は手先の器用な職人さんが多く、特に大工と工芸作家が多いことで有名だ。キノコ神を信仰する村としても知られ、最長老であるカエデおばあさまは、キノコ神の姿を実際に見たことのある数少ない証人のひとりである(そして、何を隠そう我らがシシゾーも!)。
そんなモミジ村の奥地には“イモガラ珍百景”の一つにも数えられる“万年氷穴”なるものが存在し、そのそばにある夏季限定の茶店でおいしいかき氷がいただけるというのだ。これはもう、来るべくして来たとしか言いようがない。
「これはこれは、ウリ山博士。ようこそお越しくださいました」
僕らの姿に気づいた村民が、嬉しそうにこちらへ近づいてきた。
「どうも、お久しぶりです村長。ここのところ、なかなかお伺いできなかったもので。これ、ぜひカエデおばあさまに」
出迎えてくれたのは、なんとモミジ村の村長だった。ウリ山博士は懐から瓶詰めの何かを取り出し、村長の前にそっと差し出した。
「おばあさまがお好きな、キノコのハチミツ漬けです。姪のうり子が、仕込みを手伝ってくれましてね」
「おや、わざわざありがとうございます。後ほど、おばあさまに差し上げましょう」
村長はうやうやしく瓶を受け取ると、ささ、どうぞこちらへ、と僕らを村のさらに奥へと案内した。
少し上り坂になっている道を何分か歩いていくと、うっそうと茂った森の中、「万年氷穴」の入り口はあった。すでに穴の中から、冷たい空気が漂ってくる。
「まずは、氷穴の中をご覧ください。ちょっと寒いですよ」
言われて一歩足を踏み入れた瞬間からもう、体中がひんやりしてくるのがわかった。それほど広くはないが、薄暗いほら穴の中の至る所に、氷のかたまりがたくさん見受けられる。
「うわ、さっむ! 冷蔵庫みたいだな」
一年中タンクトップにジャージズボンのシシゾーが、真っ先に声を上げた。
「おお、相変わらず寒いですなぁ、ホッホ」
ウリ山博士は慣れた手つきで、白衣のポケットから薄手のストールを取り出し、フワッとうり子さんの肩にかけてあげた。
「あら、ありがとうおじさま」
うり子さんが、博士の方を振り向き少し微笑んだ。それを見たシシゾーが、自分に言われたわけでもないのになぜか顔を赤くしたのを僕は見逃さなかった。
「でも、この冷気、悪い感じではないわね。むしろ、誰かが守ってくれているような感じがするわ」
うり子さんの言葉に、背後の鬼火たちも応えるようにフルフルッとゆらめいた。
「なんと! お嬢さん、あなたにはそれがわかるのですか?」
村長が、少し動揺しながら目を見開いた。
「実はこの氷穴には、キノコ神様にまつわる伝説があるのですよ」
村長によると、その伝説というのはこうだ。

むかしむかし、まだここがモミジ村という名前になる前の、小さな集落であった頃。
たまたまこの地に降り立ったキノコ神が、頭の傘をモフモフと揺らしながら、水を求めて歩いていました。
ところがこの時、この辺一帯は深刻な水不足で、地面も草が枯れところどころひび割れているありさま。このままでは暑くてひからびてしまう、どうしたものか、とキノコ神、途方に暮れながらさまよっていると、何気なく登っていった山道の先に小さな洞窟があるのを見つけました。なんとその洞窟の中はとても寒く、ひえひえの氷があちこちに固まってこびりついていたのです。
「おお、こりゃ助かったわい! うひょー」
喜びのあまり、奇声を発しながらキノコ神は天井から伸びていた大きな氷のつららに飛びつきました。ところが勢いがありすぎて、はっしとしがみつくと同時にそのつららが根元からポッキリと折れてしまいました。
「なんと! こりゃ大変じゃ!」
キノコ神は大いにあわてました。見るからに立派なつららがここまでの長さになるために、いったいどれほどの時間が費やされてきたことでしょう。彼は心底申し訳なく思い、折れたつららで暑さと喉の渇きを回復させてもらうかわりに、ある魔法をかけたのでした──

「──それこそが、まさにこの“魔法のつらら”なのです」
長々と伝説について語った後、村長は天井を見上げて言った。大小さまざまなつららが牙のように垂れ下がる中、ひときわ目を引く立派なつららが目に留まった。しかも、どのつららよりも透明度が高い。これこそが、カゲヤマさんの紹介していた“珍百景”か。
「見てください。この一番大きなつららは、折っても折ってもまたすぐに伸びてくるのですよ。すごいでしょう? このつららのおかげで、実際にこの村は水不足の危機を乗り切れたことがあります」
「へえ、そうなんすね! やるなあ、あのキノコじいちゃん」
あごに手をやるポーズをしながら、シシゾーがいかにも感心したというようにつららを見つめた。きっと、前にキノコ神と会った時のことを思い出しているのだろう。
「村長さん、こっちの方はどうなってるんですか?」
僕は、つららのある方とは別の分かれ道を見ながら尋ねた。
「ああ、そちらは我々村民の貯蔵庫になっております。別のところから切り出した天然氷も、そちらで保存しておりましてね。本来はこの天然氷を使ったかき氷を、夏の間だけお出ししているんですよ。この天然氷も絶品なのです……が!」
村長が、何やら意味ありげに僕らに目配せしてみせる。
「今日は特別に! こちらの魔法のつららを使ったかき氷を、皆さんにごちそうしましょう。このつらら、そのままかじっても、溶けて水になってもすごくおいしいんです。さあさあ、外にある茶店へ案内いたしましょう。ココナッツミルクたっぷりの“真珠のカーニバル”かき氷など、色々ありますよ~」
「わあい! ありがとうございます!」
皆大喜びで、いそいそと村長の後をついていったのだった。

【モミジ村の万年氷穴】 レア度:エリンギ級


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