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【イノシチとイモガラ珍百景】 #23 祝祭のわだち

キノコ町から少し離れた、郊外の草原地帯。
ここに、「祝祭のわだち」と呼ばれる昔からの観光名所がある。

かつてイモガラ島が王族により統治されていた時代、王族に新たな子が誕生したりおめでたいことがあったりすると、それを祝って皆で山車を引いて沿道を練り歩いた。その時に通り過ぎた車輪の跡が今も残されている。
ただ、由緒ある歴史を残そうとするあまり、旧態依然とした保全の仕方には賛否両論あり、もっと便利に利用できる道に改装すべきだとの議論もたびたび起こっているという。

そこには僕らの身体の幅ほどもあるわだちが2本、草原の中を突っ切るように続いていた。
「ここってさ、何も知らずに歩いてたらタダの道だよな!」
シシゾーが先頭を切ってずんずん進みながら、アケスケに言い放つ。
「まあ、そうといえばそうだけど」
後ろをついていく僕は、半分は同意しながらも、残りの半分では、いやもうちょっと言い方があるだろ、とも思った。
古き良き王国時代、この道を使って何度も王室の方々が祝福されてきた。そういう歴史ロマンに思いを馳せるには、まあ悪くない場所かな。
「なあイノ、この道ってどこに続いてるんだろうな」
「そりゃやっぱり、昔王室があったところに続いてるんじゃないのかな」
昔王室があったところは、現在ではキノコ町の西部にあたる場所で、この地域には当時の建物や遺跡がまだいくつか残っている。最近、『賢者のたしなみ』という大ベストセラーの舞台が上演された旧・王室劇場もその一つである。
「よーし、じゃあそこに辿り着くまで、さっそく歩いてみようぜ!」
とシシゾーが、元気よく次の一歩を踏み出したその瞬間──
「うわー!!」
突然、シシゾーが足を取られ、ズボリと地面にハマって動けなくなってしまった。
「やべ、急に深くなったぞ」
「わ、大丈夫シシゾー」
僕はあわててシシゾーに駆け寄り手を差し伸べようとした……途端、僕の足までズボッとはまりこんでしまった。
「な、何これ!? 沼みたいになってるよー」
必死でもがき、抜け出そうとすればするほどますます足元のぬかるみは僕らを掴んで離そうとしない。あれよあれよという間に、気がついてみればシシゾーも僕も腰ぐらいまでわだちの沼にハマり込んでしまった。
「あちゃー……困りましたな。誰か、我に手を貸す者はおらぬか」
シシゾーが、わざと偉ぶった口調でおどけてみせる。
「いやー……どうしようか、これ」
そんな余裕もあまりない僕は、もがいた時にかいた汗と恐怖からくる冷や汗とで、背中が気持ち悪く濡れているのを感じていた。
すっかり甘く見ていた、昔作られた道がただそこにあるだけと思っていたら、まさかこんなワナに引っかかってしまうとは!
「すいませーん! 誰かいませんかぁ? 道にハマって、出られないんですぅ」
シシゾーが大声で助けを求め始めた。僕もそれに続いて、すいませーん、誰か、とあらん限りの声を振り絞って叫んだ。
「まいったなイノ、こんな所、誰も通りゃしねーぜ」
「いやでもさ、もうちょっと頑張ってみようよ」
早くも飽き始めたシシゾーをなだめながら、僕はどうにかして救いの手が現れてほしい一心で声を上げ続けた。この時の僕らの姿を客観的に眺めたらきっと、畑に等間隔に植えられた作物がようやく顔を出してワイワイ騒いでいるみたいに思えたことだろう。
日はどんどん高く昇り、ジリジリと僕らに照りつけてくる。このままでは身体じゅうの水分を全部奪われ、干からびてしまうかもしれない。ピーンチ!

と、その時。
恰幅のいい男性を先頭にして、何人かの立派な身なりの団体がこちらへとやってくるではないか!
その先頭のひとに、僕もシシゾーも確かに見覚えがあった。
彼らは優雅にホホホと笑い合いながら、時々扇子でパタパタと顔を仰ぎ、何やら資料を片手にこの周りを見回していた。
「……そう、まったくおっしゃる通りなんですよこれが」
「かつての栄華を極めた時代が、つくづく懐かしいものですな」
「おや! 皆さん、あれをごらんなさいよ」
突然、先頭の恰幅のいい男性が、地面に埋まりかけた僕らを指差して、驚きの声を上げた。
「ん? どうやら、何かが地面から生えてきておりますな」
「いや、待ってください。あれはもしかしたら、地面に埋まっているのではありませんか?」
「やや! こちらに手を振って何か叫んでいますぞ」
「なんと……これは大変だ! イノシチさんに、シシゾーさんじゃないか!」
たちまち彼らは大騒ぎになり、先頭の恰幅のいい男性──間違いない、ミチナガさんだ! ミチナガさんは、肉付きのいいお腹をタプタプ揺らしながらこちらへ走ってきた。連れの皆さんも、息を切らせながら後を追ってきた。
「いやいやいや、どうしたんですかイノシチさん! せっかくの再会が、このようなおいたわしいお姿とは」
「今、皆で引っ張り上げますから、しばしのご辛抱を」
せーの、よいしょー! というかけ声に合わせて、最初に僕が、続いてシシゾーが、サツマイモでも引っこ抜くみたいに救い出され、どうにか無事脱出することができた。

「あー、助かったぁ! 皆さんまで泥まみれになっちゃって、マジすいません! あざッす!」
シシゾーが、泥しぶきの付いた顔でニッコリと笑った。この人なつっこさで、皆たちまちつられて笑顔になった。
「はぁ……本当に、ありがとうございます。なんか、ご迷惑おかけしちゃって」
ようやく一息ついた僕も、皆さんにお礼を言った。いえいえお気づかいなく、とミチナガさんは愛想良く笑いかけてきた。
「イノシチさんたちが、ご無事で何よりですよ。今の世の中、何があるかわかりませんからね。……それにしても、」
とミチナガさんは、不意に顔を曇らせた。
「実は、我々も、この“祝祭のわだち”を視察に来たところだったのですよ。ここ最近、イモガラ島各地の観光名所のあり方を見直そう、という動きがありましてね。せっかく、この場所のように由緒ある場所さえも、なかなかうまいこと活用されていないのではないか、という」
「あー、確かに。だからこんな、いきなり足元が沼みたいになったりしてるんすね!」
シシゾーの遠慮のなさすぎる指摘に、ミチナガさんら視察団の皆さんは、ただ苦笑いするばかりだった。
「あ、あのでも、さっき助けてもらった時、なんかイモ掘りみたいでちょっと面白かったッすよ」
あわてて僕は、フォローを入れるつもりで何気なく言った。……つもりだったんだけど、
「イモ掘り? ふむ……ハッ!」
突然、何かに気づいたように、ミチナガさんが声を上げた。
「そうか。活用、とは必ずしも、今までと同じようにしなくてもよい、ということですな」
「と、いいますと? ミチナガさん」
「いいですか、皆さん」
とミチナガさんは、視察団たちの顔を順番に見ながら言った。
「かつてこの場所は、広大なサツマイモ畑であったと、歴史の本で読んだことがあります。そして、その畑で栽培されていたサツマイモは、まさにイモガラ島で最高級の品種であった、と。王室支配の時代、毎年この貴重な品種が国王に献上されていたそうです。今となっては、幻のサツマイモなのですがね」
視察団の皆さんも、この話にたちまち興味を示し始めた。
「おお、その話なら私も聞いたことがありますぞ」
「ミチナガさん、まさか……この場所で、そのサツマイモを復活させる、と?」
この食いつきぶりに、ミチナガさんもしてやったり、といった感じでニヤリと笑みを浮かべた。
「ふふ、どうですか皆さん。なんだかワクワクしてきませんか?」
「します! ワクワクしますよ! やりましょう、ミチナガさん」
「この由緒ある場所で、由緒あるサツマイモを復活させましょう!」
皆すっかり一致団結して、エイ、エイ、オー、と元気よく声を揃え、拳を振り上げた。
「やったな、イノ!」
シシゾーが、皆さんと一緒に盛り上がりながら、僕を肘でつついてきた。
「う、うん」
ちょっと困惑しながら、僕はうなずいた。……よ、良かったのかな、これで?

【祝祭のわだち】 レア度:エリンギ級


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