J・D・ヴァンス副大統領候補が作家として描いた『ヒルビリー・エレジー』こそがトランプ支持者らの心象風景なのだ。

 日本人には馴染みが薄いJ・D・ヴァンス副大統領候補が一躍有名人として日本でも取り上げられるようになった。『ヒルビリー・エレジー』の作家が2016〜17年にかけてアメリカでベストセラーになり話題をさらっていたことをうかつにも僕は知らなかった。
 いまになってはたと気づいた。ヴァンス をなぜトランプが副大統領候補に抜擢したのかを。
 ヒルビリーとはアパラチア山脈辺りに住んでいる農民というやや蔑むトーンの言葉で、要は田舎者の意味だ。転じていまはアメリカの繁栄から取り残されたラストベルト(古びた鉄工業などの工場地帯)の貧しい白人たちを指している。まさにトランプの支持層に重なり、この本と1年間かけて繰り広げられた大統領選挙キャンペーンがピタリと重なっていて、ヴァンス は一躍有名作家になっていった。
 だから大統領に再挑戦するトランプにとってここでヴァンス を持って来るのは迷いのない判断であったのだろう。
 アメリカでは自叙伝でデビューする作家が多い。しばしばベストセラーになる。日本の私小説とアメリカ作家の自叙伝は似て非なるものなのだ。私小説は私の内面を描くことが主眼てあり、所詮は身辺雑記にすぎないが、自叙伝には「社会」という背景がきちんと織り込まれ群像劇の要素も加味される。これから紹介する『ヒルビリー・エレジー』という映画(今回、Netflixで鑑賞できることを発見)にはサブタイトルとして「郷愁の哀歌」がつけられている。エレジーだからふつうは「悲歌」だが、今回はただセンチメンタルだけでない葛藤もテーマであり「哀歌」で正解と思う。
 光文社から2017年に出た日本語訳はいま絶版で、この騒ぎでそのうちに慌て再版されるだろう。ロン・ハワード(天才学者の生涯を描いた『ビューティフル・マインド』でアカデミー賞)が監督したこの映画をぜひお薦めしたい。
 写真を幾つか載せます。
 TVニュースでヴァンス の横に立っていた妻がインド系であったので、おや? と思ったが、映画のなかでそうだったのかと確認し納得した。
 主人公の祖父母も離婚しており、母親は何度も離婚し麻薬中毒や息子への虐待など、ヒルビリーの貧しい白人たちは皆失われた世界の住人なのだ。こうした環境のなかヴァンス は海兵隊員としてイラク派遣され、大学進学のきっかけをつかんだ。そしてインド系移民2世の恋人と結ばれた。すべてアメリカでしか起きない出来事が詰まっているのが『ヒルビリー・エレジー』なのである。

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