膠芽腫という絶望に挑戦する者たちの物語『がん征服』(下山進著)、我が亡妻も膠芽腫だったー。

下山進著『がん征服』(新潮社刊)はじつによく取材している。これほど専門領域に踏み込んで、医師でないにもかかわらす医師たちのテキストになるような記述ができる書き手は稀有だろう。
 登山家なら誰もエベレストのような最高峰を目指す。医師になって見れば、深い雲に隠れた未踏の峰々が幾つも聳え立っていることに気づくかざるを得ないのだ。そこには命を奪う魔物が棲んでいる。
 その挑戦の最大の峰の一つが「膠芽腫(一般に悪性脳腫瘍と理解されている)」で、その峰は最も急峻な絶壁の彼方にあり、幾多の冒険家たちを拒み続けてきた。
 膠芽腫は発見され摘出手術をしたところで平均余命15カ月という絶望的な最凶のガンなのである。本書は必ず登板の道筋は見つかるはずだと信じて挑む冒険家たちの挑戦の物語である。原子炉・加速器、ウィルス、光,などさまざまな登山ルートの試行足跡を残すことが次代の発見へ繋がると信じる他はないからだ。
 じつは僕の亡妻はこの膠芽腫に襲われた。妻の言葉が少し乱れた、文字の変換ミスのような感じ、その程度なので大したことはないと思いながら念のため病院に行ったところ、診断は「膠芽腫」で余命2カ月、もし手術がうまくいってもせいぜい1年と宣告された。2013年5月19日、大相撲夏場所千秋楽の日だった。
 そして10日ほど入院、本人はベッドでニコニコしていて危機の予感はない。そして手術、うまくいかず意識不明に陥った。僕は「ありがとう」も「さようなら」も言えなかった。東京五輪招致のさなか,サンクトペテルブルク、ローザンヌと走り回って2カ月後の名古屋場所千秋楽の7月21日に逝った。呆然とした。
 亡妻との物語は『さようならと言ってなかった』(マガジンハウス刊)に書き残した。
 亡妻のような不運に襲われても生還できる可能性を模索する冒険家たちに、素直に敬意を表したい。そしてあまたのガンと戦っている患者さんと家族の皆さんへ、本書をお薦めしたい。

 なお下山進には前著『アルツハイマー征服』があり,これも名著である。


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