「“ありがとう“を唱える」の誤解。その1


さて今回は
「“ありがとう“を唱える」の誤解


タイトルちょっと尖っちゃってるふうですが、、、マイルドです(笑)


さて、よく言われますよね、


「“ありがとう“を1万回、とにかく唱える」と運がよくなる!など
(ご存知ないかもですが、よく言われております。笑)


「“ありがとう“を1万回唱えて、病気が治った!」とか
「“ありがとう“を1万回唱えて、大金が入ってきた!」だとか
「“ありがとう“を1万回唱えて、よく眠れるようになった!」などなど


これだけ多くの声があれば、たしかに「ありがとうを唱える」ことには運を良くする力がありそうです。


ただ、その根拠といえば、おおかたの理解は

「ありがとう」を唱える
⬇︎
「ありがたい」ことに焦点が当たる
⬇︎
「ありがたい」ことを引き寄せるようになる、


メイン。いわゆる「引き寄せの法則」「カラーバス効果」のお話が中心で、という場合も多いと思います。


ただ、それだけだと、実はちょっと、もったいない。


もう1歩先、もう1つ先、その奥にある、理由と根拠を知れば、「ありがたい」を唱える効力をよりレベルアップさせることができるんです。


そこで本日は
「なぜ、“ありがとう”を唱えると運が良くなる、のか?もう1つの意味」
「理解されることで、何倍も効力を増すことができるポイント」
について。


理由・根拠、そのメカニズムを、わたくしの専門領域(?笑)の「脳と進化の仕組み」から深堀していってみようというお話です(大きくでたなw)


ちなみに、これはヨガでOM(オーム)マントラを唱えたり、般若心経を唱える理由にも関連した点もあります。


ということで、今回のお話を取り込んで、もう1段階「“ありがとう“を唱える」をレベルアップさせてみましょう!


でわでわ
お楽しみを〜^^


***


まずそもそも


すいません、もうすこし前置きから。


そもそも、この「“ありがとう“を1万回、とにかく唱える」と運がよくなる!のお話、発祥は、どこからきたものでしょうか?


この情報のソース、ネタ元、は、おそらく「引き寄せの法則」 それをアレンジして、おそらく小林正観さん、伊勢白山道さん、斎藤一人さん、などが大きく切り拓いてくださった道。それを中心し、そこから自己啓発・スピリチュアル界隈へと広がって大人気、になったかと思われます。


ということで、そこらあたりの文献も、私も大好きで、たくさん読んだりしたわけですが、ただ、その中で語られていることは、


「とにかく“ありがとう”を繰り返し唱えるとよい!」と
「唱えることで起こった奇跡の例」を


たくさん語られてはいるのですが、全体の割合からすると「その理由や根拠について」が、少ない、弱い=かなりバランスが悪い、不自然、そのような印象もありました。


「“ありがとう“を1万回、唱える」と、とにかく運がよくなる!
「こんなふうに病気治った人がいる!」


ん〜、あらためて
これだけみると
たしかに「あやしい」、、、カモ(笑)


僕自身は、そもそもスピリチュアルを面白い、「そういうの世界も、あるだろうな〜」と思ってる派なので、これらの話だけでも十分、と思って受け入れてるし、信じているのですが、


ただ同時に、そうでない方、スピリチュアルをストレートに楽しめる派ではない方からすると、これだけだと反発されたり、拒絶されたりに、ツッコまれたりするかもな〜という点はありました。


そもそも人間とは、理由がわからないと不安になる生き物。あらゆる物事にたいし、明確な根拠や理由をもとに、自分自身でしっかり判断し決定をしていきたい(自己決定能力・自己決定権) そんな基本的なメカニズムを持っているからです。


これは「脳と進化の仕組み」から、当然・自然なこと。たとえ、万人に良いと言われるお薬であっても、その成分の一部にアレルギーがある場合だってある訳です。うっかり自分のアレルギーに当たってしまうと、下手すると命の危険にだって繋がりかねない。ですから、その成分・中身を知る、把握することは重要なことだからです。


ですから、根拠・理由、その仕組みを理解できてないと、人は「自分に取り込んでいいものか?」「自分と相性がいいものか?」判断できません。判断する材料が足りてない状態では、受け入れることができにくい。


情報も、食べ物も、言葉でも、すべて同じですよね。「自分に取り込むもの」に対しては、まず否定的というか精査する目線から入ってしまう、このような習性・姿勢がデフォルト。


それもあってか、これまで「“ありがとう”を繰り返し唱えるとよい!」というお話、それ自体は、とっても良いはずなのに、その良さからした割合からは、まだまだ大きく広がっているとは言えず


「唱えることで起こった奇跡の例」のお話も、たとえ本当で、あってたとしても、なかなか受け入れてもらいにくい、それには、そんな背景もあったのではないか、と思うのです。


加えて、さいきんの社会情勢が、人々の反応をより過敏にさせているようです。情報量が加速度的に増している中、安全面・だまされないように、より一層、慎重に「自分に取り込むもの」を精査しなければならなくなっている状況と言えそうです。


そうなると、ますます、これまで以上に、むやみやたらに情報を簡単に鵜呑みにするわけにはいかず、あらゆる物事が「根拠・理由もないまま」で受け入れられる余地は、以前より少なくなっていると言えるかもしれません?


どうでしょう、
そんな状況の中で、


もし、これまでの前世代感覚のまま、見直しをせず、前世代的なアプローチのまま方法を変えず、同じやり方で、根拠も理由も弱いままに


「“ありがとう”を繰り返し唱えるとよい!」
ことと
「唱えることで起こった奇跡の例」
ばかりを


大きな声で、力技的に、納得されないままに、語られたりする


そのように偏ってしまうと、人々には振り向いてもらえない、それどころか、だんだんシラけられたり、避けられたり、してしまう恐れもでてくるのではないでしょうか?


そう、繰り返しになってしまうのですが


(これまでの前世代システムのまま、何も考えず)
同じようなことを、同じやり方で進めていると、同じような結果にしかならない、


どころか、


同じようなことを、これまでの前世代システムのままに進めていたら、かえって疑心暗鬼が深まり悪い方向に進んでいってしまう場合もある、


そんな恐れがある。そう、それにそのような流れは、さいきんの社会システムも同じ流れのように思えます(そう言った感覚は、社会システムとリンクする部分も大きいから)


ただ個人的には、今回の話は、やっぱり、そこでとどまってしまうと、もったいないとレベルじゃないかなと思うところがあります。


もし自分なりにで根拠・理由を納得することができたら「まだもっと活かす余地がある」「より上手に活かすことができる」と思うし、


そして「このポイントを活かす方向に捉えていくことで、大逆転させて、楽しくしていける可能性が大きくある」と個人的には思えたからです。


たしかにこれまで、前世代システム的やり方で取り込めなかった場合、「あやしい」と片づけてしまうシチュエーションもあったかもしれませんが、


そもそも伝える側、発信をする側も、わざわざ自分の損なんてしたくはありませんから、発信し、口にするまでは、みなさん多少なりには、すごいエネルギーをかけたり、信じてきたり、何かしらを調べたり、をしているはず(それが感じられなければ、そく離れましょうw)


それからすると、きっとそこには、それなりな何かがあるはず、というか、あります。ですから、そこから、もう一歩、絞り込んで、弱かったポイント「ちゃんとした理由と根拠」を把握することで、ただ「あやしい」を遥かに超えて、自分の人生と生活に取り込んでアップデートさせる点が、たくさんあると思うのです。


ですから、今回の僕のお話も、たとえズレていた情報であったとしても


「これくらいは調べたけれども、こうだったよ。だからこれは違うと思う」「これくらいのことはしてみたよ、でも、こうだった。だから違うと思う」


このような目線で、真剣度をあげて、読み進めていってくださると、うなづけずに排除された部分も、違う角度で、ご自身それぞれの人生に活かしていける、そんな点を見つけられる、お話、そのように思う、ので、


そんな感じで読み進めてくださると、まあ、なんというか、、、(苦笑&笑)


まあ、でも、これは、それぞれの方でできる範囲で、ですよね。「いや、やっぱお前の話、ただアヤしいだけだった。努力のカケラは見られたけれど」とか(笑)


偉そうなこと言って、自分もできてない時が、たくさんありますしね(汗^^)


ということで(笑。なんのこっちゃ)


わたくし「いのりんどう」のとし(おさんぽタノシ)が、前世代からのバトンを受け継いだ、と勝手に解釈して、する感じで(笑。何様〜?すいません〜^^)


続けていきますね、


・・・

結論


ということで
(前置きながくなりまして、すいません)
結論です!


なぜ、ありがとうを繰り返し唱えると何がよいのか?
大きく語られてない、ポイント、


いくつかある理由のうち、
「脳と進化の仕組み」から、大きく語られている
その理由、


それは、、、


“ありがとう”を唱え続けることで、
「自分の内側に否定的な言葉を流すことを止められる」です。


これは、まあ当たり前といえば、当たり前なのですが
「肯定的な言葉を唱えているとき」というのは、


「自分の内側に肯定的な言葉を流すことができている」
イコール
「自分の内側に否定的な言葉が流れていない状態」です。


細かいですが、実は
「肯定的な言葉が自分の内側に流れている時」とは、


「自分の内側に肯定的な言葉を流せている」
「自分の内側に否定的な言葉を流すことを防止できている」


この2つのことを、同時にできている状態、とも言えます。


「は?何いってんの?」
と思われそうですが、
まあ、そうですよね


そう、、恥ずかしいくらい当たり前ですね、自分で言ってて、なぜドヤってたのかもわからないですし、大げさすぎて苦笑いモノです。 というか、こんなに引っ張って、ホントすいません



自分でも、こんな大げさに書くことでもない、とは思うのですが、
ただ、
やっぱり
それってスゴい、ことなんです


「自分の内側に否定的な言葉を流すことを防止できている」ということが、です。


これは、実は「脳と進化の仕組み」から、かなり重要なポイントとなってます。現代に感じる生きづらさに大きく関わっている可能性もあります。


どういうことかと申しますと、そもそも「脳と進化の仕組み」的には、デフォルトでは、自分の内側には、否定的な言葉が流れるように流れるように設定されています。そのように脳で自動プログラミングされているのです。


生物・動物の歴史のお話。これまでの長い生命の歴史の中において、生物・動物として生存していくうえでは、気持ちが緩みきってしまうと、生命の維持が危ぶまれる、そんな期間が長く続いてきた、ことが理由です。


たとえば、あなたがサバンナにいる動物だとしましょう。そこで「なんくるないさ〜」と言ってるだけで毎日何もしなかったら、獲物も狩れず、敵に襲われてしまってあっさり絶滅。なんていうことなってしまうわけです。


動物だとそれで終わりだったカモしれませんが、その中で生き延びたものが人間になり脳というものを発達させるなかで、人間には、ある能力が備わりました。


自分自身で、一定の緊張・ストレス・負荷をかけることで、自らの気持ち・心理面も緊張感を保つことができるようになったのです。それによって心も、ある程度の張りをもって、これまでの形態を維持することができるようになり、さらには、適度な圧をかけることで、それをバネに反発する力をもって、自らの能力を高め、生存可能性を大きくしていく、そういったことができるようになったのです。これが脳のセルフトーク、自動プログラミングの仕組み。そして、そのメカニズムは今も大して変わっていないのです。


それが、たとえば自分自身で、自分の内側に「ヤバいよ!ヤバいよ!」など、と否定的な言葉を流したりして緊張する、その原因になっている、ということです。


ですから、そもそも人間は1日に約4〜6万回ほど、心の中でセルフトークをしていると言われているのですが(明確に言語化できてるもの、その手前の段階のものも含め)


肯定的なセルフトークを流すことを意識しない状態だと、そのセルフトークの中身は、デフォルト・スタートはネガティブな発言で始まり、8〜10割はネガティブな発言に偏ってしまう、とも言われてます。


ただ、もし今ここが、サバンナだったら、大平原だし、時間の流れもゆっくり。スペースも、隙間も何かしらありそう。生き延びるための手段・チャンス、何かしらは見つけられそう。


けれども、どんどんスピードがあがって、人が過密して狭い情報空間に長時間、閉じ込められる状況のある現代社会においては、気を付けなればならないポイントがある。加速度的に増えている


だから、身近な人から脳の自動プログラミングの上書き、アップデートされてこなかった場合、特に、これまで伸び伸びと生きられる環境・生き方を知ってこなかった場合などには、


生き延びるため、脳の自動プログラミングの回転数が上がり、より活発に自分に否定的な言葉を流し、緊張・ストレス・を高めてしまう、という現象が起こってしまう、というわけです。


これが、人が、最近の経済的に豊かになり、餓死などが少なくなって、すぐに死んでしまうという、という状況になってなくても、恐怖や不安や緊張・ストレスが生じてしまう原因となってます(引いては自責感・無価値感・無力感・しんどさ・孤立感にもつながる)


自分の内側に自ら否定的な言葉を流し圧をかけるように脳が自動プラミングされている、のです。


・・・


では、すいませんが、ちょっと考えてみてください


実は人間は1日に約4〜6万回、脳内でセルフトークをしていると言われてます(脳内で、他人と対話している時と、同じ反応が起こっている回数です)


それから、実際どれくらいネガティブなトークがされているかを数えてみると


まず全体のセルフトークを、少ないほうの4万回で見積もったとして


1日24時間、脳みそがフル稼働(寝てる間も脳は動いているため)


1時間では、1666回。


これだけの回数、脳内でもう一人の自分と会話がなされているというイメージです。


そこでネガティブが8〜10割。8割だと、1300回くらいか、、、それだとあんまり。1000回、、、



そこで、たとえばどうでしょう


あなたが親友から「ちょっと話あるから、つきあってぇ〜」とファミレスに呼ばれたとします。


「なにかあったのかな?相談かな?」


優しくて、ちょっと気弱で、言い返すことは苦手で、お茶目な、あなた。


親友だし、相手の話を一生懸命きいてあげたい、です。


親友も、悪いヤツじゃない、自分のことを真剣に考えてくれて、優しい、でも、ちょっぴり心配性。


そんな親友から


「こういうふうにしたほうが生き延びられるよ〜」


生き延びるためとは言え、注意点・ダメ出し・否定や、ネガティブな言葉。


それを、
1時間1000回、24時間だと24000


1週間だと168000回(16万8千回)


1ヶ月では、72万回


それを何日も聞かされ続けたら、、、


そりゃ、そのままだと病みますよね!
(自分で書いてて気分が悪くなりそうでした。笑)


それからすると、なぜ「“ありがとう“を1万回唱えて、病気が治った!」かも説明ができます。


あなたが病気になった、本来なら「大丈夫?」「病気やばくない?」と延々と流れる、自分の内側の否定的な言葉を打ち消すことができた、それによって病気が治った、という可能性も考えられる、というワケです。


・・・

ということで、長くなりましたので、今回はいったんここまで。


ここまで読んで、ご興味もてなければ、この話については、お次はもう必要なしで大丈夫かな、ということで。


ご興味もてそうでしたら、次回またよろしくお願いします^^


いちおうこれから、何回かに分けての予定としては


次回は
自分が「ありがとう」や「般若心経」や「ヨガのマントラ」を色々唱えくらべて検証してみた、お話。


それからゴールとしては
「マイ・マントラ」「マイ・お経」をつくってみよう、アファメーションを唱えてみよう


と進めていきたいと思ってまーす^^


お楽しみに〜(あ、私が、楽しみしてますって意味です。笑)


・・・



あ、最後にもう一度、念の為、なのですが(汗)


今回の内容の注意点と、目的(前提)です。


このような内容のことを書いていくと(タイトルも含めて)一部では、前世代のお話を、批判しているというふうに誤解・反応されることがあるかも知れません。


今回の目的、ゴールは、そういったことではありません。


どう映ってしまうかは、それぞれに委ねられることとは思ってはおりますが、


すくなくとも、私の思いとしては「“ありがとう“を1万回、唱えると運がよくなる!」という仕組みの理由と根拠を、「脳と進化の仕組み」の観点から深堀りすることで、「“ありがとう“を唱える」を、より活かせるように、という目的のもとに書いてます。


ひとことで言うと、アップデート。仕組みをしることで、不足点だった、理由と根拠を追加するため、です。


なぜ私が、そのように仕組み、根拠と理由、を大切にするかというと、僕自身の基本スタンスで「あらゆる物事について、仕組みを知ることで、より楽しく、より効果を高めて、活用できるようになる」と考えてるからです。

理由の詳細は、こちらに書いてます、よろしければごらんくださいませ^^
⬇︎⬇︎⬇︎
わたしが仕組みを大切にする理由

長くなりまして、失礼しました
お読みいただきありがとうございます^^


***

ということで
今回は以上です


でわでわ
ひきつづき、
楽しんDay^^


それでわ、わでれそ〜

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