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同和対策審議会答申「同和問題の本質」1965年

第1部 同和問題の認識
1 同和問題の本質
 いわゆる同和問題とは,日本社会の歴史的発展の過程において形成された身分階層構造に基づく差別により,日本国民の一部の集団が経済的・社会的・文化的に低位の状態におかれ,現代社会においても,なおいちじるしく基本的人権を侵害され,とくに,近代社会の原理として何人にも保障されている市民的権利と自由を完全に保障されていないという,もっとも深刻にして重大な社会問題である。
 その特徴は,多数の国民が社会的現実としての差別があるために一定地域に共同体的集落を形成していることにある。最近この集団的居住地域から離脱して一般地区に混在するものも多くなってきているが,それらの人々もまたその伝統的集落の出身なるがゆえに陰に陽に身分的差別のあつかいをうけている。集落をつくっている住民は,かつて「特殊部落」「後進部落」「細民部落」など蔑称でよばれ,現在でも「未解放部落」または「部落」などとよばれ,明らかな差別の対象となっているのである。
 この「未解放部落」または「同和関係地区」(以下単に「同和地区」という。)の起源や沿革については,人種的起源説,宗教的起源説,職業的起源説,政治的起源説などの諸説がある。しかし,本審議会は,これら同和地区の起源を学問的に究明することを任務とするものではない。ただ,世人の偏見を打破するためにはっきり断言しておかなければならないのは,同和地区の住民は異人種でも異民族でもなく,疑いもなく日本民族,日本国民である,ということである。
 すなわち,同和問題は,日本民族,日本国民のなかの身分的差別をうける少数集団の問題である。同和地区は,中世末期ないしは近世初期において,封建社会の政治的,経済的,社会的諸条件に規制せられ,一定地域に定着して居住することにより形成された集落である。
 封建社会の身分制度のもとにおいては,同和地区住民は最下級の賎しい身分として規定され,職業,住居,婚姻,交際,服装等にいたるまで社会生活のあらゆる面できびしい差別扱いをうけ,人間外のものとして,人格をふみにじられていたのである。しかし明治維新の変革は,同和地区住民にとって大きな歴史的転換の契機となった。すなわち,明治4年8月28日公布された太政官布告第61号により,同和地区住民は,いちおう制度上の身分差別から解放されたのである。この意味において,歴史的な段階としては,同和問題は明治維新以後の近代から解消への過程をたどっているということができる。しかしながら,太政官布告は形式的な解放令にすぎなかった。それは単に蔑称を廃止し,身分と職業が平民なみにあつかわれることを宣明したにとどまり,現実の社会関係における実質的な解放を保障するものではなかった。いいかえれば,封建社会の身分階層構造の最底辺に圧迫され,非人間的な権利と極端な貧困に陥れられた同和地区住民を,実質的にその差別と貧困から解放するための政策は行なわれなかった。したがって,明治維新後の社会においても,差別の実態はほとんど変化がなく,同和地区住民は,封建時代とあまり変らない悲惨な状態のもとに絶望的な生活をつづけてきたのである。
 その後,大正時代になって,米騒動が勃発した際,各地で多数の同和地区住民がそれに参加した。その後,全国水平社の自主的解放運動がおこり,それを契機にようやく同和問題の重要性が認識されるにいたった。すなわち,政府は国の予算に新らしく地方改善費の名目による地区の環境改善を行なうようになった。しかし,それらの部分的な改善によって同和問題の根本的解決が実現するはずはなく,同和地区住民はいぜんとして,差別の中の貧困の状態におかれてきた。
 わが国の産業経済は,「二重構造」といわれる構造的特質をもっている。すなわち,一方には先進国なみの発展した近代的大企業があり,他方には後進国なみの遅れた中小企業や零細経営の農業がある。この二つの領域のあいだには質的な断層があり,頂点の大企業と底辺の零細企業とには大きな格差がある。
 なかでも,同和地区の産業経済はその最底辺を形成し,わが国経済の発展からとり残された非近代的部門を形成している。
 このような経済構造の特質は,そっくりそのまま社会構造に反映している。すなわち,わが国の社会は,一面では近代的な市民社会の性格をもっているが,他面では,前近代的な身分社会の性格をもっている。今日なお古い伝統的な共同体関係が生き残っており,人々は個人として完全に独立しておらず,伝統や慣習に束縛されて,自由な意志で行動することを妨げられている。
 また,封建的な身分階層秩序が残存しており,家父長制的な家族関係,家柄や格式が尊重される村落の風習,各種団体の派閥における親分子分の結合など,社会のいたるところに身分の上下と支配服従の関係がみられる。
 さらに,また,精神,文化の分野でも昔ながらの迷信,非合理的な偏見,前時代的な意識などが根づよく生き残っており,特異の精神風土と民族的性格を形成している。
 このようなわが国の社会,経済,文化体制こそ,同和問題を存続させ,部落差別を支えている歴史的社会的根拠である。
 したがって,戦後のわが国の社会状況はめざましい変化を遂げ,政治制度の民主化が前進したのみでなく,経済の高度成長を基底とする社会,経済,文化の近代化が進展したにもかかわらず,同和問題はいぜんとして未解決のままでとり残されているのである。
 しかるに,世間の一部の人々は,同和問題は過去の問題であって,今日の民主化,近代化が進んだわが国においてはもはや問題は存在しないと考えている。
 けれども,この問題の存在は,主観をこえた客観的事実に基づくものである。
 同和問題もまた,すべての社会事象がそうであるように,人間社会の歴史的発展の一定の段階において発生し,成長し,消滅する歴史的現象にほかならない。
 したがって,いかなる時代がこようと,どのように社会が変化しようと,同和問題が解決することは永久にありえないと考えるのは妥当でない。また,「寝た子をおこすな」式の考えで,同和問題はこのまま放置しておけば社会進化にともないいつとはなく解消すると主張することにも同意できない。
 実に部落差別は,半封建的な身分的差別であり,わが国の社会に潜在的または顕在的に厳存し,多種多様の形態で発現する。それを分類すれば,心理的差別と実態的差別とにこれを分けることができる。
 心理的差別とは,人々の観念や意識のうちに潜在する差別であるが,それは言語や文字や行為を媒介として顕在化する。たとえば,言葉や文字で封建的身分の賎称をあらわして侮蔑する差別,非合理な偏見や嫌悪の感情によって交際を拒み,婚約を破棄するなどの行動にあらわれる差別である。実態的差別とは,同和地区住民の生活実態に具現されている差別のことである。たとえば,就職・教育の機会均等が実質的に保障されず,政治に参与する権利が選挙などの機会に阻害され,一般行政諸施策がその対象から疎外されるなどの差別であり,このような劣悪な生活環境,特殊で低位の職業構成,平均値の数倍にのぼる高率の生活保護率,きわだって低い教育文化水準など同和地区の特徴として指摘される諸現象は,すべて差別の具象化であるとする見方である。
 このような心理的差別と実態的差別とは相互に因果関係を保ち相互に作用しあっている。すなわち,心理的差別が原因となって実態的差別をつくり,反面では実態的差別が原因となって心理的差別を助長するという具合である。そして,この相関関係が差別を再生産する悪循環をくりかえすわけである。
 すなわち,近代社会における部落差別とは,ひとくちにいえば,市民的権利,自由の侵害にほかならない。市民的権利,自由とは,職業選択の自由,教育の機会均等を保障される権利,居住および移転の自由,結婚の自由などであり,これらの権利と自由が同和地区住民にたいしては完全に保障されていないことが差別なのである。これらの市民的権利と自由のうち,職業選択の自由,すなわち就職の機会均等が完全に保障されていないことが特に重大である。なぜなら,歴史をかえりみても,同和地区住民がその時代における主要産業の生産過程から疎外され,賎業とされる雑業に従事していたことが社会的地位の上昇と解放への道を阻む要因となったのであり,このことは現代社会においても変らないからである。したがって,同和地区住民に就職と教育の機会均等を完全に保障し,同和地区に滞溜する停滞的過剰人口を近代的な主要産業の生産過程に導入することにより生活の安定と地位の向上をはかることが,同和問題解決の中心的課題である。
 以上の解明によって,部落差別は単なる観念の亡霊ではなく現実の社会に実在することが理解されるであろう。いかなる同和対策も,以上のような問題の認識に立脚しないかぎり,同和問題の根本的解決を実現することはもちろん,個々の行政施策の部分的効果を十分にあげることをも期待しがたいであろう。

🔵資料解説

部落問題(同和問題)を理解するために、まず読んでおきたい基礎資料は、1965年の同和対策審議会答申である。その構成は以下のようになっている。

前文
第1部 同和問題の認識

  1. 同和問題の本質

  2. 同和問題の概観

(1)実態調査と同和問題
(2)基礎調査による概況
(3)精密調査による地区の概況

第2部 同和対策の経過

  1. 部落改善と同和対策

  2. 解放運動と融和対策

  3. 現在の同和対策とその評価

第3部 同和対策の具体案

  1. 環境改善に関する対策

(1)基本的方針
(2)具体的方策

2.社会福祉に関する対策

 (1)基本的方針
 (2)具体的方策

3.産業・職業に関する対策

 (1)基本的方針
 (2)具体的方策

  1. 教育問題に関する対策

 (1)基本的方針
 (2)具体的方策

  1. 人権問題に関する対策

 (1)基本的方針
 (2)具体的方策

結語 同和行政の方向

同和対策審議会答申(1965年)では、前文で、同和問題解決のために必要な認識を次のように指摘している。

  いうまでもなく同和問題は人類普遍の原理である人間の自由と平等に関する問題であり,日本国憲法によって保障された基本的人権にかかわる課題である。したがって,審議会はこれを未解決に放置することは断じて許されないことであり,その早急な解決こそ国の責務であり,同時に国民的課題であるとの認識に立って対策の探求に努力した。

同和対策審議会答申 前文

そして、「第1部 同和問題の認識 1同和問題の本質」において、1960年代の同和問題を歴史的社会的に分析し、その解決への道筋を示した。

部落問題(同和問題)とは何かという問いに端的に答えることは難しい。地域、時代によっても大きく異なり、過去の説明を安易に今と結びつけて考えることは適切ではない。
しかし、1960年代に解決すべき部落差別の現実を指摘し、同和対策事業へと導いた同和対策審議会答申は、部落差別の成り立ちを知り、部落問題の今を理解するために必要な歴史的資料なのである。

ここでは、「第1部 同和問題の認識 1同和問題の本質」の全文を転載した。

2024年3月現在、インターネット上で閲覧できる同和対策審議会答申としては、京都大学や文部科学省のサイトがある。京都大学は、法人としての取組>人権のサイトで全文を載せ、文部科学省は、人権教育>「同和問題」に関する参考資料として答申の前文と第1部1同和問題の本質が転載されている。



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