夏のきらめきは物語の中

暑い。あつい。毎日、サウナの中にいるみたいに、あ・つ・い。

四季の中で、夏が一番苦手だ。嫌いというのではない、苦手なのだ。湿気が多く足元から熱気がむわりとたちのぼってくる、日本の夏は、私のなけなしの体力を容赦なく削る。

夏の日差しも苦手だ。完璧な黄金色で、全てを輝かせてくれる夏の太陽が大好きだけれど、この身に直接受けるそれは、やっぱり私のか弱い身体には刺激が強すぎて、倦怠感や頭痛をよび起こす。(ちなみにこれに関しては、サングラスと麦藁帽子を装備することによって近年かなりの改善が見られた。嬉しい)

というわけで、私はもっぱら物語の世界で夏を楽しむことにしている。

繰り返すが、夏が嫌いなわけではないのだ。むしろ好きだ。夏は生命が最も輝く季節だと思う。例えば、ざわめきに満ちた森。食べても食べても溢れる果実や野菜。勢いよく飛び込むと抱きとめてくれる川と海。なにものをも恐れず、思いきり大胆に、生まれてきたことを世界が寿ぐ季節。

そういう夏を、私は本や映画の世界で享受するのだ。

最近、夏の素敵なところを全部詰め込んだような理想の映画に出会った。『君の名前で僕を呼んで』ーイタリアの田舎を舞台に、少年と青年がひと夏の恋を燃え上がらせる、詩的で美しい映画だ。あまりに良かったのでDVDを購入し、一年中観ている。その前は、フィンランドの短い夏を楽しむ女性達の日常を丁寧に描いた『かもめ食堂』や、ギリシャの島を舞台に繰り広げられる喜劇ミュージカル『マンマ・ミーア!』がお気に入りだった。

夏を背景にしたお気に入りの小説は、それこそ数え切れないほどある。私の心の故郷であるムーミン物語で一番好きなのは、『ムーミン谷の夏まつり』だ。白夜と夏至の魔法めいた雰囲気が、心をわくわくと解放してくれる。それから、同じくらい大好きな『赤毛のアン』シリーズの作者モンゴメリの小説『丘の家のジェーン』。裕福だが冷酷で窮屈なトロントのお屋敷で育った少女が、夏休みにプリンス・エドワード島で暮らす父親を訪ねたことによってのびのびと成長してゆく物語である。

日本の作品では、「夏休みの子供」の物語が好きだ。最近観た映画では、『海獣の子供』が素晴らしかった。生命に溢れてきらめく海。台風の中、雨に向かって歩く。裸足でぺたぺたと床を踏む感触。砂浜で食べるほかほかの食事。強く握った手の熱。目を見開き、耳を澄ませて、世界を感じとること。それらが、はっとするほど生々しく迫ってきた。

以前からお気に入りの夏の小説は、村山早紀著『ルリユール』。夏休みにおばあちゃんの家に泊まることになった女の子が、近所に住む本を直す魔女と親しくなるという物語で、夏休みという非日常に旅をして異世界を覗くという醍醐味をじっくりと味わうことができる。

イタリアの田舎も、普段は離れて暮らすお父さんのいるカナダの離島も、日本の海べの街さえ、おいそれと訪ねることは難しい。特に、今年の夏はそうであるようだ。

東京にいる時の私は、夏のとびきり美しい部分を切り取った映画や小説を、冷房の効いたおうちで楽しみながら、ビールでも飲んでアイスを食べてるのがやはりいっとう好きだ。たまに友達とビアガーデンにでも出かければ完璧である。

東京、とわざわざ限定したのは、文明に甘やかされきった私が夏休みを待ちかねて積極的に訪ねる例外的な場所があるからだ。それが、北海道とドイツである。

北海道とドイツは、緯度がほぼ同じということもあるのか、割と似ている。冷房がいらないくらい涼しくて乾燥していて、空気が綺麗で、景色がのどかで、自然に囲まれた地域。我ながら分かりやすい。

北海道では、親戚の家に滞在する。大きな犬を飼っていて、ラベンダーの庭とウッドデッキがある。そこでは本を読んだり、クッキーを焼いたり、近所の林を散歩して毎日を過ごす。何もすることがない時は、ソファに寝転がってうとうとしながら空を見上げる。

ドイツでは、中世の街並みがほぼそっくり残る、田舎の小さな街に滞在する。いつも泊めてもらう家には猫がいて、毎晩一緒に寝てくれる。ドイツでの私はいつもよりアクティブだ。近所の友達とピザパーティーをしたり、サイクリングに出かけたり、湖にお弁当を持って行って夕日を見ながら夕ご飯を食べることもある。週末にはお姉さんがベルリンから帰ってくるので、皆でちょっぴり豪華なパーティーをするのだ。

本を読みながら、映画を観ながら、空想の中で何度も訪れ憧れた夏が、ここには実在する。私を受け入れてくれる夏がようやく見つかったと、嬉しくて幸せでとろけてしまいそうだった。

ちなみに今年の夏は、それぞれの事情があって、どちらにも行けなかった。とても寂しいから、来年は二倍長く滞在しようかなともくろんでいる。北海道の親戚ともドイツの家族とも、よく連絡をとりあう。

私は、私のおとぎの国で、私の夏の物語を、これからも紡いでゆくのだ。


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