婚活の果て


#創作大賞2024

幾度となく通い詰めた婚活パーティ。思えばいい女はだいたサクラだった。たいがいクズを掴まされて、逃げ帰るばかり。それでも、こんな日がくるんじゃないかと夢見て、あきらめずに参加し続けた甲斐があった。理想の女と念願のカップル成立。それが愛子だ。

 この機会を逃してなるものか。オレはパーティの後、死ぬほど無理して四つ星レストランに愛子を誘った。すると、愛子はいきなり、バッグから婚姻届を出してオレに迫った。

「あなたと結婚しようと思うの」

 おいおい…ここは正直に言うしかない。

「オレ、金ないよ。ちょっと禿げてるし、お腹だってブヨブヨ」

 自分で言ってて悲しくなるけど、それは事実だ。愛子は、ワイングラスをしなやかに傾けながら、眉一つ動かさず言った。

「分かってないのね。私はもう決めたんだから、あとは、あなたがどうしたいかってことでしょ」

 悪くない。こういう強引なところ。自慢じゃないが、オレは自他共に認めるMだ。ハイヒールで踏みつけにされて、「ごめんなさい」と叫ぶ夢をどれほど見てきたことか。だが、オレだってそんなにバカじゃない。

「だけど、お互いまだ知り合ったばかりだし、結婚というのは早い。まずはおつきあいを」

「あなたは人生が永遠に続くと思っているようね。残念ながら人生なんて、いつ終わるかわからないのよ」

「そんな…オレ、まだ若いし、健康だし」

「バカね。クルマに轢かれて、おせんべいみたいにぺちゃんこになるかもしれないじゃない」

「ならないでしょ」

 オレは鼻で笑った。

「私が欲しいのはイエスかノーなの。それ以外の選択肢はいらないわ」

 ミディアムレアの血の滴るステーキを不適に頬張ると、再び愛子は婚姻届を突き出した。オレは、愛子の署名捺印がされている婚姻届を手に取る。

何かの詐欺かも知れない。美人局だ。これからってところでヤクザだかチンピラだかが現れるんだ。でも、待てよ。オレみたいに金のないヤツを騙してどうなる。取られる物など何一つないだろう。結婚すりゃ、とりあえず、この女を抱ける。戸籍なんかちょっと汚れたってかまうもんか。ちょろっと書いてしまえばいいんだ。

「どうなの?」

 グルグルと心の葛藤が渦巻いているときに、愛子は鋭く迫った。「ああ…」オレは思わず吐息を漏らした。踏みつけにされたのだ。愛子の鋭い言葉のヒールで、オレの心は踏みつけにされたのだ。ひとりでに手が動いていた。婚姻届の欄はオレの名前で埋まっていく。一文字一文字。全て書き終えたとき、オレは愛子を征服したんだという思いに駆られた。

「おめでとうございます!」

 店員らしき男が、クラッカーを鳴らす。店内にウエディングソングが流れる。そっと、愛子がオレの手を取る。ふと見ると、愛子はウエディングドレスを着ている。

「何だよこれ?」

 オレは、いつの間にかタキシードを着ていて、二人の前にはバージンロードが広がっている。夢だ。間違いなくこれは夢だ。確信した。まぁ、あるわけないよな。こんないい女が。案の定、遠くから目覚まし時計のベルの音が聞こえる。はいはい、起きますよ。

 オレは目覚めた。悪くない夢だった。思い出しふっと笑ってしまう。

「起きた?」

 そこには、エプロン姿の愛子がいた。

どうして、この女がいるのだ。あれは、夢ではなかったのか。思わず詰め寄ろうと立ち上がる…ん? 起き上がろうとしたが起き上がることができない。見ると、オレの体は包帯だらけじゃないか。

「まだ、記憶が混濁してるみたいね。覚えてないのも無理ないわ。あなた、ぺちゃんこのおせんべいみたいにクルマに押しつぶされたのよ。生きているのが不思議なくらい」

 愛子は腕組みをしてオレを見下ろしていた。

「オレが、交通事故に…」

 愛子の分厚い唇が薄気味悪い笑みを浮かべた。オレはあの唇に触れることが出来たのだろうか。この期に及んで、愛子への欲望が広がる。

「愛子…愛子…」

 オレは、わずかに動く手をひたすら愛子に差し出した。その時である。

ガタン! 無遠慮に開けられたドアの音とともに、見知らぬ男が入ってきた。

「それで、今後のこと話したいんだけどね。保険金の分配のこととか」

 入ってくるなり、男は唐突に言い放った。

そういうことか。たしかに、オレからむしり取れるのは、この肉体くらいだな。

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