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いのちびとメルマガ(97号)

『足し算命。患者風を吹かせて、しぶとく生きていく』
(いのちびと2020.5号より)

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 その日、医師のOさんは大量の下痢をした。黒色便だった。「茫然…。間違いなく消化管出血、胃がんだと悟りました」。十万人に一人発症の稀な悪性腫瘍、ハイリスクだった。

「治療できるか?仕事はどうなる?この先は?その夜は全く眠れませんでした」。一人息子から「無理せずに今は休んでくれ」とのメールが届いた。「こんな気遣いができるようになった息子が頼もしかったです」。息子さんは、毎日泣き崩れる妻を慰めていたことを、退院後知った。

 手術後、特に消化液逆流で大好きだった食べることが拷問にも感じた。体重は四十キロも減少。二千人以上を看取り、食べられなくなると余命は一カ月と経験的に感じていた。「そう思うほど食べられなくなった。ひとかじりが精一杯」。妻は「しぶとく生きれば、ええやん」と笑って言った。

 緩和病棟の仕事も少しずつ始めた。患者と向き合うことで、誰かの役に立てるというやりがいを感じた。「ほとんどの患者さんは、私より元気でしたね(笑い)」

 肝臓への転移が分かった。この日、ある決意をした。「余命に意識を向けるのではなく、今日から過ごせた日を数えて生きていこう。引き算ではなく、足し算で。一日増えることが嬉しい」

 体験記を出版した。本はベストセラーになり、注目の医師&がん患者になった。

今、思うことを聞いた。
「患者さんの苦しさ、辛さとは何かを実感しています。 私も、転移が分かったとき『辛い治療を続けたことは意味がなかった』と悔しかった。患者さんの価値観や思いを聴かせてもらうようにしています」

「いのちは有限。人生は不平等なものでもあります。だかこそ、今できることをやる。それが究極の生きることに思います」

「今までは時速百キロ運転。富士山もさっと見るけど、近くは見えなかった。今は時速一キロ。田んぼのあぜ道に咲くちっぽけな花が見える、素晴らしいと気づけるようになりました」

「がんをなくすことは諦めました。でも、生きることは諦めません。しぶとく、患者風を吹かせて」

 奥さんが語ってくれた。「朝、目覚めると、隣で夫の寝息が聞こえてきます。今日も生きている。生きてくれて、ありがとう。それは奇跡なのだと思えます。しぶとく生きてください」

 Oさんは、今日も「命の足し算」を続けています。


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