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分子から見る生命

本記事は「学術教育サイエンスコミュニケーション系 Advent Calendar 2020」という企画の中のわたくし生命燐(いのちりん)担当分の記事になります。
このような企画に参加できること大変うれしく思います。
YUKIYA様、企画いただきどうもありがとうございました。

【導入】

ここでは「分子から見る生命」というクソでかタイトルを掲げて、私が思う分子生物学、構造生物学の魅力について「遺伝情報を持たないRNA、ncRNA」を例にあげて書いていこうと思います。遺伝情報を持たないRNAとは、ノンコーディングRNA(以下ncRNA)と呼ばれ、タンパク質にコードされないRNAのことを指します。ここまでで既に「遺伝情報」「RNA」「タンパク質」「コード」という専門的な言葉が出ていますので第一章ではこれらの用語について説明しながら生命科学に関する基礎を簡単にまとめます。第二章でいよいよncRNAについて書いていきます。ncRNA一つとってもめちゃくちゃ広いので、今回はncRNAの一つで、転移性の肺がんやその他生命現象に広くかかわっているとされる「MALAT1」と呼ばれるncRNAに焦点を当てました。MALAT1に焦点を当てた理由としましては、個人の特定を避けるために自身が携わっていないかつそこそこ有名であるという理由から選びました。その代わりに、記事の正確性や考察に関しましては、文献を示しつつ注意深く書いていこうとは思っていますが怪しい部分があるかもしれませんのでご注意いただきたく思います。第三章で本題である分子生物学、構造生物学の魅力について書いていきます。この記事へのご指摘やご意見等ございましたら生命燐のツイッターまでお寄せください。前置きが長くなりましたが、この記事を読んで分子生物学や構造生物学の世界に興味を持って頂けましたら幸いです

第一章【遺伝情報の流れを示す生命の中心教義、セントラルドグマ】

これまで生物という学問分野に全く触れてこなかった方たちでも「遺伝子」という言葉くらいは聞いたことがあるかと思います。では遺伝子って何?と聞かれたらどう答えるでしょうか?
「何って言われると難しいけど私たちの姿形、性質を決定する要素?」
「えーと、DNA...?」
「わからないけど遺伝子組み換え作物とかって言葉はよく聞きます」
といった答えが返ってくるのではないかと思います。
この段落では、遺伝子が実際には何で出来ていて、どう働いているのかについて考えていきましょう。

ずばり遺伝子とは、DNAを担体として、その塩基の並びであらわされる遺伝情報のことです。
(分子生物学の立場に立ちより正確な表現をすると、遺伝子はタンパク質の一次構造に対応する転写産物 (mRNA) の情報を含む核酸分子上の特定の領域、となるのですがまだこの言葉を理解するには説明が足りません。この段落を読み終える頃にもう一度この文章に帰ってくるとわかると思います)

図1を見てください。

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図1. DNAの化学構造

DNAは図1で示すような糖、リン酸、塩基の3つの要素の繰り返しで出来ている物質です。そしてこの塩基の部分が4種類あります。五十音の並びが意味を持った日本語の文となるように、26種類のアルファベットの並びが英文となるように、4種類の塩基の並び順が私たちの体を作るための情報を持っているのです。ではこの塩基の並び順がどう私たちの体を形作っていくのかを見ていきましょう。

図2を見てください。

セントラルドグマ

図2. セントラルドグマ

この図は全生物共通に共通した遺伝情報の流れを示す概念であるセントラルドグマの図です。DNAの4種類の塩基の並び順はまずRNAへと転写(書き写される)され、次に生命現象の中心物質であるタンパク質へと翻訳されます。具体的には食べ物の消化吸収、外部刺激の受け取り、自らのコピー作り(細胞分裂の準備の反応)、細胞の運命の決定(表現が難しいですが)これら生命現象は全てタンパク質によって行われています。この遺伝情報の流れを示すセントラルドグマ、その中身の具体的な転写や翻訳、本記事では触れませんが複製等については私のyoutubeチャンネルを見てください。

では、DNAには連続してタンパク質の情報のみが書かれているのでしょうか?
答えはNoです。

生物種によりますがヒトでは約98.5%がタンパク質の情報を持たない部分とされています[1, 2]。さきほど生命現象を担うのはタンパク質だと書きましたが、実際にはDNA上のほとんどの領域がタンパク質へは翻訳されない領域なのです。では、残りの1.5%のタンパク質の情報を持つ部分だけがタンパク質へと転写、翻訳され生命現象を支えているのでしょうか?実は、この98.5%の部分もRNAへと転写はされています。導入で述べた、「遺伝情報を持たないRNA、ncRNA」というのが、この遺伝情報を持たない98.5%の領域から転写されたRNAのことを指します。このncRNAが重要な、高等な生命現象に重要であることが近年明らかとなってきました。ノンコーディングなRNAはゲノム領域のそれこそほとんどを占めていますので種類も機能も多様なのですが、それを全てここで書いていては分厚い本でも収まりきらないので、ざっくりとした外観を知るにはwikipediaを読むのでも良いかもしれません。非常に高い熱量で網羅的にまとめられています。次の章では、そのncRNAがどのような生命現象に関わっているのか、具体例を一つ取り上げて見ていきましょう。

第二章【選択的スプライシング、がん、神経変性疾患と様々な場面に姿を見せるncRNA、MALAT1】

MALAT1は、2003年に転移性の肺がんで高い発現量を示すことで発見された約8000塩基のncRNAです[3]。
その後、肺がん以外のがん、選択的スプライシング、神経変性疾患と様々な場面で関わっている可能性が示唆されています[4]。

(ここからは少し上級者向けです;;ふーんそうなんだくらいの気持ちで読んで頂くか、この段落はとばしてください;;)

さて、ここからMALAT1が分子としてどこで、どう働いているかについてみていきましょう。MALAT1は核内の核スペックルという構造体に局在しています。核スペックルはスプライシング因子群をため込み、スプライシングを調節する機能があると考えられているクロマチン間にある核内構造体です。このスプライシング因子群をため込む足場となるのがMALAT1の仕事と考えられています。実際にスプライシング因子群と相互作用していることが報告されています[4]。今回引用した総説にはその他多くのタンパクとの相互作用についても報告されていることがまとめられています[4]。

次にMALAT1がどのような姿をしているか見ていきましょう。
約8000塩基と長いMALAT1ですが、mRNA(タンパク質の情報を持ったRNA)と同じように3'末端にポリA尾部を持っています。そして、ポリA尾部より少し上流側にある部分と三重らせん構造を形成することが知られています(構造のイメージは私の動画、核酸構造の世界をご覧ください)[5]。

MALAT1は発見から日がたっていること、がん等重要な疾患に関わっているとされ治療のターゲットとして有効な可能性から、かなり研究が進んでいるncRNAの一つです。MALAT1についてはちょっとまとめきれないのでこんなところで許してもらえないでしょうか;;

第三章【分子が織りなす生命】

ここで本記事の目的である分子生物学、構造生物学の世界について興味を持っていただくという所に帰ってきましょう。

今回取り上げたMALAT1に関して見てみると、MALAT1が様々なタンパク質と相互作用している、といった研究は分子生物学の分野です。MALAT1の3'末端が三重らせん構造をとっている、といった研究は構造生物学です(どちらも複雑に絡み合っているので分けることは本来ナンセンスなことですが)。生命現象に対して化学的な観点から考えるのが分子生物学、物理的な観点から考えるのが構造生物学というわけです。

コップ、テレビのリモコン、駐車場の石ころ、そして我々生命までこの世の全てのものは分子から出来ていて、化学、物理の法則に支配されています分子の塊である我々が悩み、考え、恋をして、こうして生きているのって冷静に考えてみるとやばくないですか?(唐突)同じ分子の塊でも生物と非生物の間には何があるのか。思考実験でもよく取り上げられる生きたひよことミキサーにかけられたひよこでは何が違うのか。生きているって具体的にどういうメカニズムなのか。その疑問に対する答えを追求する、「分子から生命を見る」のが分子生物学、構造生物学です。ね、面白いでしょ。

【参考文献】

1. Nat. Rev. Genet., 2005 Sep;6(9):699-708. doi:10.1038/nrg1674.
2. Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 2007 Dec 4;104(49):19428-33. doi:10.1073/pnas.0709013104.
3. Oncogene, 2003 Sep 11;22(39):8031-41. doi: 10.1038/sj.onc.1206928.
4. J. Mol. Med., 2013 Jul;91(7):791-801. doi: 10.1007/s00109-013-1028-y.
5. Nat. Struct. Mol. Biol., 2014 Jul;21(7):633-40. doi: 10.1038/nsmb.2844.

【追記】

ひよこの件ですが、これは一見哲学的な問いに聞こえますがこれには実は明確な答えがあって、ミキサーした後に失われてるのは「必要な分子と分子の間の相互作用」という答えがあります。生命の理解には分子や構造というあまりにも微視的な視点からだけ理解しようとするには少し厳しいということで分子間の相互作用、状態に着目した学問が相分離生物学です。ここら辺についてはまた別記事にでも書きたいと思います。

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