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農産物の窒素安定同位体比はどのように決定されるのか

作物の窒素安定同位体比の値は、土壌由来の窒素に比べ施肥由来の窒素が強く反映されるため、有機農産物は市販の慣行栽培のものよりも高い値を示します。


有機物と化学肥料では窒素安定同位体比(δデルタ15N値)が異なる

植物は、主に無機態窒素(硝酸態窒素、アンモニア態窒素)を吸収して、アミノ酸やタンパク質を合成しています。したがって、たとえ有機物(有機窒素化合物)を施用しても無機化するまで利用されないため、植物が利用する窒素は有機物と化学肥料とは本質的には変わらないと言われています。しかし、窒素を同位体レベルで区分したとき、その存在比(δ15N値)には違いがみられます。
たとえば、ホウレンソウを硫安(δ15N=-1.1パーミル<1000分の1>)と油カス(δ15N=5.2‰)を用いて栽培した場合、その葉のδ15N値はそれぞれ-1.1‰と6.9‰となり、施肥窒素の違いが反映されました(米山ら 2002)。また、中野ら(2002)は、有機JAS認証を受けたトマト、キュウリなどの果菜類のδ15N値が、市販の有機JAS表示がないものに比べ高い値を示すことを明らかにしています。

作物は施肥窒素や土壌由来の窒素の影響を受けたδ15N値を示すことが認められています。
したがって、土壌、肥料、作物、雑草、そしてそこに生息する土壌動物のδ15N値の関係から、作物生産に関わる窒素の動きを明らかにすることが可能です。そして土壌動物や微生物の働きを大切に栽培した有機農産物の特徴を、より客観的なデータをもとに明らかにできると考えられます。

土壌の違いによる作物のδ15N値

約30年前より有機農業で栽培された作土と心土を小型ポットに入れ、グロースキャビネット(室温と昼夜を調節できる装置)内でトウモロコシを栽培しました。作土は、電気伝導度(EC)、陽イオン交換容量(CEC) および全窒素が心土より高く、作物を育てやすい土壌でした。また、δ15N値も高い値を示しました。
トウモロコシの葉を分析すると、全窒素では心土で栽培したものが乾物あたり2.1%に対し作土では4.0%と高く、δ15N値では心土の1.4‰に対し作土では5.7‰と高い値を示しました。しかも、土壌間のδ15N値の差(0.9‰)に比べ、トウモロコシの葉のδ15N値の差(4.3‰)が大きくなりました。

一般に動物の体は、その餌に比べδ15N値が約3‰高くなることが認められています(和田 1993)。土壌中でもミミズの糞は、餌である土壌に比べ高いδ15N値を示し、またこの実験に用いた作土を粒径別に分析すると、団粒が発達した粒径の大きな土壌ほど高いδ15N値を示しました(藤山ら 2002)。すなわち、団粒化の進んだ生物活動が盛んな作土では、作物に吸収されやすい窒素のδ15N値が高くなり、作物のδ15N値にも反映したと考えられます。

肥料の違いは作物のδ15N値にどう影響するのか

長野県松本市で、作土に化学肥料(δ15N =-0.1‰)または有機質肥料(δ15N =6.7‰、米ヌカ、油カス、魚カスを混合し発酵)を窒素に換算して同量になるように施用した試験畑で、トウモロコシを栽培しました。
トウモロコシの葉の全窒素は無施肥の乾物あたり2.2%に比べ、化学肥料を施肥した場合は3.3%、有機質肥料を施肥した場合は3.4%と増加しました。いっぽう、δ15N値は施用した肥料に影響され、有機質肥料を施用した場合は6.6‰でしたが、化学肥料を施用した場合は-0.3‰と低くなりました。

米山ら(2002)をはじめ多くの報告にあるように、土壌由来の窒素に比べ施肥由来の窒素が作物のδ15N値に強く反映されることから、このような結果が得られたと考えられます。

作物のδ15N値は吸収される窒素の質で決まる

作物のδ15N値は、作物に吸収される窒素がどのようなδ15N値をもっていたのか、また複数の供給源がある場合、どのような割合で吸収されたのかで決まります。作物に吸収される窒素には、主に土壌由来の有機態窒素が無機化したものと施肥由来の窒素があります。このほか、マメ科植物のように窒素固定菌と共生している場合は、大気からの窒素が利用されます。
先に示したように、施肥窒素のδ15N値は、土壌由来の窒素よりも顕著に反映します。また、土壌動物の活動は、土壌に蓄積された窒素の無機化を促進するとともに、δ15N値を高めます。

有機農産物のδ15N値が市販の慣行栽培のものより高い値を示したのは、化学肥料よりも高い値をもつ有機質肥料由来の窒素と、そこに生息する土壌動物や微生物の活動によるδ15N値の高い土壌由来の窒素とが、作物に供給されたためと考えられます。

まとめにかえて-「日々是新也」

団粒構造が発達したミミズの糞は、物理性、化学性をはじめ、生物的環境も周りの土壌に比べ良くなっています(中村 1998)。しかしこの糞も、時間がたてば崩壊します。土壌中の生物活動は絶え間なく続き、畑の被覆の下にみられるミミズの糞も、常に同じものではなく新たに排出されたものです。一見同じようにみられる現象も、日々継続されている土壌生物(動物、微生物)の活動によって維持されているのです。

栽培管理の違いにより畑の土壌動物や微生物の活動は大きくもなり小さくもなります。
有機農業は、土壌動物や微生物、作物などの多くの生物と人間との、絶え間ない共同作用により成り立つものなのです。
ぜひ、畑の小さな動物にも目を向けながら、有機物を起点とした大きな生命のつながりを大切にした栽培を心がけてください。

※ここで用いている窒素安定同位体比(δ15N)の数字(15)は、本来は上付き文字です。

引用文献

藤山静雄・藤田正雄・U. K. Aryal(2002)農地生態系の土壌圏-安定同位体比を用いて食物網を探る-. 環境科学総合研究所年報, 21:59-64.
中村好男(1998)『ミミズと土と有機農業』 創森社. 東京.
中野明正・上原洋一・渡邊 功(2002)有機農産物認証を受けた果菜類のδ15N値. 日本土壌肥料学雑誌. 73(3):307-309.
米山忠克・森田明雄・山田 裕(2002)土壌-植物系における炭素、窒素、酸素、イオウ動態解析のための安定同位体自然存在比の利用:1994年以降の研究の展開. 日本土壌肥料学雑誌. 73(3):331-342.
和田英太郎(1993)安定同位体比は何を語るか. 遺伝.47(5):10-14.

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