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有機栽培で選抜した種子と市販種子との比較栽培結果は?

信州地ダイコンの在来種の有機農業栽培下で選抜された種子(有機系統)と市販種子(市販系統)を比較栽培した結果、有機栽培下では有機系統が収量、外観品質ともに勝りました。
有機農業では、圃場やその周辺地域で生産された種子を利用することで、収量や品質がより安定すると考えられます。


市販種子の特徴

現在の多くの市販種子は、化学肥料・農薬の大量使用による近代化農業のもとで、耐肥性・多肥性に富み、収量が多く、よく揃い、流通上のロスがでにくい品種を目標に育成されています(生井 2006)。
さらに、耕耘、灌水、ビニールハウスの利用など栽培環境の人工的な管理が進み、生育環境が均一・安定化したため、均一な環境に適合した遺伝的均一性の高い品種が選ばれ、環境の変化に対する適応能力は在来種に比べて著しく低下しています(山川 1980)。

有機農業栽培下で選抜した有機系統と市販系統を比較

信州地ダイコンの在来種「牧」を有機農業栽培下で、優良個体を2世代選抜した有機系統と市販系統を供試作物として、長野県松本市の異なる管理(耕起法、肥料の種類、緑肥間作の導入)下で栽培し、無農薬条件下で在来種の選抜がダイコンの生育・収量および外観品質に及ぼす影響について検討しました。

信州地ダイコン「牧」
長野県内に成立した寒冷地ダイコン群の一種で、長野県安曇野市(旧穂高町牧)特産の在来種です。
根の形状は、根長15~20cm程度、根径は5~7cmですが、先端部の詰まり部分が太く肥大し丸くなり、根色の基本は白ですが抽根部のみに淡黄緑色が付きます。肉質は緻密で硬く、デンプン量が多く、味の良さと歯切れの良い食感をもつ、保存性の高い漬け物用として利用されています。

大谷(2007)

栽培概要

ダイコン(株間0.3m、条間0.6mで2条)は、2005年から07年の8月から11月に栽培し、その前作には、エダマメ(5月から8月)を、後作にはライ麦(11月から4月または5月)を栽培しました。

系統間の形態比較

2005年に栽培した市販系統と有機系統の収穫時の形態比較をしました。根重(市販系統vs. 有機系統:314 vs. 464g/本)、根長(同:13.6 vs. 16.4cm)、根径(同:6.6 vs. 7.1cm)および葉重(同:80 vs. 273g/本)は、市販系統に比べて有機系統で有意(統計的に意味のある差がある)に勝りました(図1、2)。
収穫時の葉の窒素含量は、市販系統(4.99%)に比べて有機系統(4.75%)が低い傾向にありました。
葉部の形態では有機系統が市販系統に比べて、葉重は3.4倍と重く、葉長も有意に長く、葉色が淡くなりました。

図 牧ダイコンの有機系統と市販系統の比較(2005年11月撮影)
図2 収穫時の市販系統と有機系統間の形態比較(2005年11月調査)(藤田ら 2008)

収量、外観品質の比較

2005年から07年のダイコンの収量(全重)を示しました(図3)。
各年の平均値は05年が10aあたり249kg、06年が同380kg、07年が同344kgと、05年は他の年に比べて有意に低くなりました。
有機系統は市販系統に比べて、3か年を通じて有意に重くなりました。

図3 栽培年別ダイコン収量(全重)の比較(藤田ら 2008)

裂根の割合では、各年の平均値は2005年が21.8%、06年が28.8%、07年が42.5%と、07年は他の年に比べて有意に高くなりました。
市販系統は有機系統に比べて3か年を通じて裂根割合が高く、06年と07年では有意に高くなりました(図4)。とくに、内部組織の肥大に表皮組織の肥大が追いつかないときに発生する裂根の割合は、07年で全平均値が最も高く、市販系統(60%)は有機系統(25%)の2.4倍でした。なお、この年は、9月高温・10月多雨の年で、裂根の起こりやすい気象条件でした。

図4 栽培年別裂根割合の比較(藤田ら 2008)

コガネムシ類の食痕割合では、各年の平均値は2005年が7.5%、06年が1.3%、07年が0%と、05年は他の年に比べて有意に高くなりました。
有機系統と市販系統には、3か年を通じて有意な違いは見られませんでした(図5)。しかし、食痕がみられた05年と06年では、市販系統で高い傾向にありました。

図5 栽培年別コガネムシ類の根部食痕割合の比較(藤田ら 2008)

有機農業に適した採種とは

信州地ダイコン「牧」を農薬・肥料を使用せずに不耕起草生栽培条件下で生育良好な個体選抜を続けると、草勢が強化されて、葉部は長く、葉色が淡くなり、根部も長く、重くなり、3世代で形態に明らかな違いがみられています(中川原 2006)。
この傾向は有機系統と市販系統との比較においてもみられ、ここでの栽培条件下で市販系統は裂根が多く、コガネムシ類幼虫による食痕もやや多くみられました。

一般に在来種では、遺伝的変異に富むため栽培条件に適した種子が選抜されやすいため(山川1980)、有機系統では農薬・肥料を使用せずに不耕起草生栽培条件下での選抜によって、少肥性・耐虫性に富む種子が選抜されたと考えられます。

降雨量の異なる年でも有機系統で収量や外観品質が市販系統に比べて良かったのは、ダイコンの両系統間の環境適応力の違いによってもたらされたと考えられます。
作物のまわりに棲息している生物や土壌の理化学的性質など、市販系統が採種された環境とは異なるきびしい栽培環境下で選抜されることによって、わずか2世代で虫害が少なく、気象変動にも強い性質を有する品種が育成されたことは、遺伝的変異に富む在来種を用いたことと、環境に適応した個体を選抜できる育成者の能力にもよると考えられます。

有機農業に適した採種には、農薬や化学肥料を使用し効率的で高収量な品種の利用に依存した農業の現状から、地域の栽培環境に適応した品種を開発することが必要と考えられます。

引用文献

藤田正雄・中川原敏雄・藤山静雄(2008)有機栽培条件における在来種の選抜がダイコンの生育・収量および外観品質に及ぼす影響. 有機農業研究年報, 8:109-120.
中川原敏雄(2006)「自家採種がタネの能力を高める」『ながの農業と生活』504号:8.
生井兵治(2006)「有機農業のための育種と採種の体系(試案)」『土と健康』3月号: 6-14, 4・5月合併号: 15-19, 7月号: 4-12.
大谷英夫(2007)「今こそ見直す伝統野菜⑥ 牧大根(ダイコン・長野)」『ながの農業と生活』519号:55.
山川邦夫(1980)「品種の適応・分布・変遷」野菜園芸大事典編集委員会『野菜園芸大事典 第2版』養賢堂, 92-95.

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