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土から生まれ、土に還る―安定同位体比から見える動植物の連鎖

畑地の動植物は、土壌を起点とした栄養分を利用し、再び土壌に還元されていきます。
動植物が、畑地で窒素や炭素の物質循環に関与していることを炭素および窒素安定同位体比を比較することで明らかにしました。


有機農業・不耕起畑に棲息する動植物の関係

採取された動植物および土壌の窒素および炭素安定同位体比を比較すると、C3植物およびC4植物を起点とした生食連鎖および腐植を起点とした腐食連鎖が、三角形の3つの頂点を形成し、その中心に土壌があることが分かります(図1)。

図1 有機農業・不耕起畑の動植物の窒素および炭素安定同位体比

C3植物とC4植物の特徴と生食連鎖

C3植物は1種類の葉緑体(光合成を行うもの)しか持たないのに対し、C4植物はC3植物が持つ葉緑体の他に、二酸化炭素濃度を高める働きをする葉緑体を持っています。そのため、C4植物はC3植物の何倍もの二酸化炭素濃度を保つことができ、効率よく光合成を行うことができるため、より早い生長が可能となります。植物体の炭素安定同位体比は、二酸化炭素を固定するときの光合成の経路によってきまり、C3植物とC4植物で大きな差異が生じます。

C3植物(ハコベ、アカザ、ギシギシ、ベッチ、アカツメクサ、イヌムギ、カラスビシャク)およびC4植物(スベリヒユ、アオビユ、メヒシバ)を起点に植食者(カメムシ、コガネムシの幼虫など)、捕食者(クモ、ムカデなど)と栄養段階が上がると、窒素安定同位体比が高くなります

捕食者(クモ、ムカデ)の炭素源は、C3植物、C4植物および分解有機物(腐食)と推定され、炭素安定同位体比が、C3およびC4植物の中間の値になっているのは、C3およびC4植物を起点とする植食者をともに餌としているためと考えられます。
その捕食者の生態的地位は、窒素安定同位体比から2次および3次消費者であると推定されます。

コガネムシの幼虫の窒素安定同位体比が、8月と2月で異なることから、その生態的地位は、8月には一次消費者(害虫)、2月には分解者と推定されます。

土壌中の腐食連鎖

C3およびC4植物由来の枯死した有機物、動物の死骸などさまざまな腐植を起点に分解者が関与しています。
有機物を起点とした土壌中に棲息する微生物や動物の大きさや食性別に区分した腐食連鎖の一例を図2に示します。

分解者の炭素安定同位体比がC3およびC4植物の中間の値になっているのは、C3およびC4植物を起点とする腐植をともに摂食するためと考えられます。
捕食者と類似した窒素安定同位体比の分解者(ミミズなど)は、より栄養段階の高い腐植由来の餌を利用していると考えられます。

図2 有機物を起点とした土壌中の腐食連鎖の一例

腐食連鎖とは、動植物の破片、死骸、排出物ならびにそれらの分解物の摂食から始まる食物連鎖のことです。

土から生まれ、土に還る

土壌の炭素および窒素安定同位体比が、動植物の値の中央に位置しているのは、そこに棲息する動植物などの生きものを介在した物質循環の証として、その値を反映されているいると推定されます。

植物は土の栄養を濃縮しながら生長し、動物は生食連鎖および腐食連鎖の中で植物に依存して生きています。その意味では土は動植物の生命の源でもあります。さらに、土は生命の源であると同時に、生命が終わった後に還っていく場所でもあります。そして、この連鎖は土を通じて新たな命を育む原動力となっています。
私たちヒトが生きるために農産物を食べることは、その源である土を食べていることと同じです。
すなわち、土の健康が私たちの健康につながるのです。

ハワードの『農業聖典』の結びのことば

いつか私たちの食料が肥沃な土から育てられ、供給され、新鮮な状態で消費されるようになれば、少なくとも人類の病気の半分がこの世から姿を消すであろう。(アルバート・ハワード著、保田茂監訳農業聖典277ページ)

※安定同位体については、「安定同位体比を用いて農地生態系の食物網を探る」を参照してください。

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