昔話 〜仕事と震災と一軒の店〜

 35年程前に神戸の住吉というところに住んでいた。

埋立地である六甲アイランドが造成されてマンションが建ち始めた頃、そこのとある建築現場で働いていた。

当時、六甲アイランドに渡るには路線バスか車しかなく、電車はまだ通っていなかった。

JR住吉駅前の3LDKの賃貸マンションには、3人の同僚が1人ずつ各部屋に住んでいた。平日は朝から晩まで一緒に行動した。通勤の足は1台の車しかなく、朝起きて車に3人乗って現場へ行き、仕事を終えたら車で一緒に帰って来る生活をしていた。
路線バスは夜は早くに終わり、交通手段が車しかないので否が応でも平日は一緒の行動になってしまうのだ。

当時の六甲アイランドは造成されたばかりで食事のできる場所が無く、建築現場の売店で朝ご飯のパンやおにぎりを買い、昼は現場に併設された食堂で食べていた。宿泊施設は無かったが飯場というやつだ。

駅前を含めて周囲にコンビニも今ほどは無くて、晩ごはんはいつも駅前の古びたカツ主体の定食屋さんだった。

古い木造の家が連なる長屋のような一角にあるそこは、「ながた園」と言って、ご飯と味噌汁のおかわりが無料で、若くて大食漢の僕らは、それはそれは重宝していた。

1年半ほどで現場を離れることになり、賃貸マンションを引き払って大阪市内の支店に戻った。
支店に戻ると寮から通う普通のサラリーマン生活で、食べる場所もたくさんあり、現場近くの定食屋のことは忘れていった。

そして震災。

神戸で仕事をした建物の様子を確認するため、地上の道路は使えず、交通機関も動いてないので、会社が伝手を頼ってチャーターした漁船で海上から神戸に渡った。
10人足らずで朝8時に大阪南港のとある場所に集合し、船を出し、神戸の接岸できる場所で降ろしてもらい、仕事を終えたらまたそこに17時に集合して帰ることになった。
17時を過ぎると置いて行かれるので昼を過ぎると時間ばかり気にしていた。

地上の交通手段が復活し、震災から1ヶ月ほど経った頃、建物の状態確認の依頼を受けて、JRで客先に向かった。
1ヶ月経過していたが、まだまだ車窓から見える景色は絶句の連続。斜めになっている建物、1階が潰れている建物、建築に関わる仕事をしてると信じられないものばかりだった。

三宮駅で降り、強い余震が来たら崩れるだろうなと思う斜めになった建物の横を通り、途中階がぺしゃんこになった市役所を見ながら歩き、海に近い客先の建物に着いた。

写真提供:神戸市 阪神・淡路大震災 「1.17の記録」より

そこは部分的にしか修繕の場所もない珍しく頑丈な建物だった。屋上に上がるとすぐ横に阪神高速があり、そこはまだ倒れてはいなかったが道路が
ズレていた。もう少し東に行くとニュースによく映っていた横倒しになったところになる。


そこの帰りに思い出して、いつも行ってた住吉の定食屋さんに行ってみた。
正確には定食屋さんの跡地だった。
長屋の一角だった木造の建物は燃えてはいなかったが、全部潰れて面影も無かった。

お世話になった定食屋さんの惨状を目にして、多分そうなっていたと予想していたにしろショックを受けて帰った。


それから何年経っただろうか。十数年にもなるだろうか、もうお店のことは忘れてしまっていた。


ある日、仕事で大阪の南港に寄った際、ATCかWTCでご飯を食べようと店を探していた。

ふと見た店のショーケースにはとんかつなどカツ主体。横にはご飯や味噌汁がおかわり無料!の表示。
おかわり無料とかめっちゃ良い!ここにしよう!

店に入ろうとして店名を見た。

「ながた園」

!!

あの店と同じ名前だ!

そういえばシステムも同じだ!
震災から復活してたんだ!

コスモタワー店?
チェーン店なのか?
頑張って拡大したんやなあ。

半分泣きそうになりながら店に入った。

ご飯、味噌汁おかわり無料だったのが、漬物、卵、海苔、納豆、カレーまである!

カツのメニューもめちゃめちゃ増えてて悩んだが、当時よく頼んでいたミックスフライ定食を頼んだ。
ご飯も味噌汁もおかわりをした


今ならお店の情報はネットで簡単に入る。
能動的に動けば、特に飲食店の情報などは容易に入るだろう。
探そうとすれば…だけれど。
当たり前だが、忘れていたら探せない。

一緒に住んでいた後輩に電話を掛けた。
「ながた園あったやろ!復活しとるの知っとるか?」
「ほんまですか?!」


数日後、マンションに一緒に住んでいた仲間とほぼ同じところにあった本店に行った。一軒家じゃなく、ビルの中の店に変わっていたけど、昔話と合わせて、あの震災で潰れた店がここまで大きくなっていたことに感激して、俺らも頑張らんとなあ…と話し合い、ちゃんとお代わりもして帰った。


昔話〜仕事と震災と一軒の店〜の話でした。

そして、ながた園のコスモタワー店は、インテックス大阪の近くにあるため、AKB48グループの握手会で重宝することになるのはもう少し後のこと。



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