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一年戦争偽史芸術史:ジオン古典主義とジオニック・アヴァンギャルド、ポスト・ジオンの成立

※この記事は上記ツイートに触発されて書かれました

ここに書いてある事はおよそ全部嘘です。

■ジオニズム文化運動からジオン古典主義の発生まで

 一年戦争当時、野卑な叩き上げとして知られるガイア大尉(黒い三連星)が戦友の死に「魂よ / 宇宙に飛んで / 永遠に / 喜びの中に漂い給え」と追悼詩を諳んじたエピソードは決して笑い話ではない。ジオンという生まれたばかりの若い国、それも雑多な民族のるつぼと化した移民国家にとっては、国民をまとめる共通の意識センスは必要不可欠であり、端的に言って彼らは文化が無ければ生きていられなかった。地球連邦に膝を屈する誘惑に常に晒される中、「われらジオン国民」と誇りを持つための新たな文化・価値観が彼らには必要だったのだ。

 その必要から国策として進められたのがジオニズム文化運動である。そこでまず最初に生まれたのがジオン古典主義であった。

 ジオン古典主義の第一の特徴は、アカデミズム的な文字通り「古典」の再発見にある。あらゆる場面で重厚さを尊び、無節操なまでにヨーロッパ中世史・近代史を再現しようとしたのは「歴史」を持たない民の歴史への素朴で純粋なあこがれによるものだ(こうしたアレンジメントの少ない表現は厳密にはジオン古典主義のさらに一部、復刻主義として区別される)。一般にジオン公国から連想されるイメージの多くはこれに由来する。

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 もちろん新たな宇宙民としての誇りは、単純な物真似のみをよしとはしなかった。復刻主義の一方で生まれた独創的オリジナルな表現が、徹底した鋭角への執着である。国旗そのものがその端的な例と言える。

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 この攻撃的シルエットに地球連邦政府の棄民政策への反骨を見出すのは的外れではあるまい。無数のバリエーションを持つ矢尻、あるいはくさびのようなこの意匠は脱古典宣言を経て(「カイルカイル、これこそ我々が宇宙の闇に打ち込んだカイルである / 我々は新たな芸術をここに宣言する / それはジオンから生まれ、またジオンそのものである」)またたく間にジオンの表現を席巻した。公王庁ビルはこうしたカイル派最大の成果である。

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■ジオニック・アヴァンギャルドの誕生〜ザビ家にみるジオン二大芸術運動

 当然の先鋭化であり奇妙な脱線でもあるが、彼らの鋭角への執着はまた別のモチーフをとらえる。それが公王庁ビルの中心にもある「目」の意匠である。この威圧的な(あるいは神経症的な)モチーフはパターンや本来の鋭角主義を逸脱し、純粋に「目」のイメージそのものを追うようになる(ダス・アウゲの流行)。それは国粋主義的に先鋭化を続けていたジオン国内の、より攻撃的な空気を反映したものでもあった。こうした生物的モチーフの偏愛と、それを異なるテクスチュア(この場合ビル)に組み合わせるコラージュ的な技法は、ジオン古典主義ほど急速ではないが次第に芸術運動として高まりを見せる。ジオニック・アヴァンギャルドである。

 「目」の意匠とは別として生物的モチーフへの偏愛は、やはり生物がそうであるように装飾を排したシンプルな線がつくる曲面の〈くびれ〉へと昇華され、ジオニック・アヴァンギャルドの第一の特徴となっていく。それは地球連邦的な機能主義に反発し、かつジオン古典主義をも脱した最も新しい表現様式であった(ジオン二大芸術運動の成立)。

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 ザビ家長兄ギレンの軍服はジオン古典主義的な面が非常に強い。彼が民衆の掌握術として大時代的、強権的な手法を用いたことの反映とも言えるだろう。一方、長女キシリアはカイル派的な鋭角を取り込みつつも、全体のシルエットは復刻主義とは正反対の最新流行スタイルだった。鳥の翼を思わせる生物的な肩の意匠、マスクやケープのシンプルな曲線は明らかにジオニック・アヴァンギャルドそのものである。極端に言って、保守的なギレンと革新的なキシリアの思想的な違いが彼らの選択に表われているのだ。

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 三男ドズルの軍服は全体的に言えば古典主義的スタンダードだが、特徴的なのは肩の突起である。言うまでもなくジオン古典主義の〈鋭角〉の系譜であり、また動物のツノの形態をてらいなくそのまま形にしたジオニック・アヴァンギャルド様式でもある。言わば折衷的なもので、彼の政治的バランス感覚を示すとも単に無関心であったとも言えるだろう(これはジオン軍人の一般的な感覚でもあり、この角の意匠も一種のスタンダードとなる)。

■一年戦争とジオニズム文化運動の成果

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 一年戦争を迎え、ジオニック・アヴァンギャルドは兵器という工業デザインの中で華麗に花開いた。パプア級補給艦のような〈型遅れ〉はともかく、ミノフスキー粒子下戦闘を前提とした新型機動兵器の大半がその影響下にあると言っていい。当時の地球連邦軍機の実用主義的な遊びの無い形態に対して、ジオン軍のそれはくびれた曲面の集合で複雑に面構成され、確実に一線を画している。連邦市民の目にはこの生物的デザインは異様に映りジオンへの差別感情(「宇宙人」)を誘う一因ともなるが、それはジオンが独自の文化を獲得した証拠でもあっただろう。

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 キシリア・ザビ肝入りの地球方面海洋部隊マッド・アングラー級潜水母艦には、まさにジオニック・アヴァンギャルド特有の〈目〉の意匠が堂々とブリッジにあしらわれており特徴的だ。ドズル・ザビが搭乗したムサイ級軽巡洋艦ファルメル(後にシャア・アズナブルに譲渡)にも艦橋には〈目〉の形態が新造されている。

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 中でも新しい時代の兵器であるMSモビルスーツには、新しい時代の芸術であるジオン二大芸術運動の影響が色濃い。MS-05《ザクⅠ》は柔らかな曲線で必要以上に生物的な形状をつくり、また特徴的な一つ目(モノアイ)は〈目〉の抽象化の到達点と言える。改良機であり実質的にジオンを象徴したMS-06《ザクⅡ》はさらに復刻主義のエッセンスを加え、西暦時代の兵士や甲冑のイメージをデザインに持たせた。肩のスパイクや指揮官機のブレードアンテナも、兵器としての必要と同時にデザインとしてのジオンを満たすものであった。

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 MSと同時に開発が進められたMAモビルアーマーは設計思想自体がヒト型という制限をもたないために、いっそう極端なデザインとなった。それらはあからさまな生物的モチーフへの偏愛をみせながら、そのいびつなコラージュ的集合体でもある。MA-04X《ザクレロ》は複眼やカマキリの鎌といったモチーフが明らかだが、かといって全体としてはまったく虫を思わせない。元のモチーフと配置や構造をずらし、または別のモチーフに接続する(この場合は獣の口)ジオニック・アヴァンギャルドの特徴的手法は、MAを経て水陸両用MSへと受け継がれる。

■ポスト・ジオンの成立と拡散

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 ジオン二大芸術運動は急速に成熟し、原点を意図的に忘れてより純粋な「ジオン産」を指向する動きがあらわれる。後にポスト・ジオンとして括られるが当時は純粋ジオン主義運動とされた。たとえばMS-14《ゲルググ》はどの部分にも特定のモチーフを持たず、パーツの曲線もかつての〈くびれ〉の大半を失っている。モノアイレールは本来の意味から外れ装飾的になり、モノアイ自体ひどく縮小化された。にもかかわらず《ゲルググ》は総体としては「ジオン風のデザイン」を保っている。この「ジオン風のデザイン」という形の無いものを形態として確立するのがポスト・ジオンの目標であった。つまりジオン古典主義とジオニック・アヴァンギャルドが到達点として目指した表現をスタート地点としてリセットし、再構成したものがポスト・ジオンだと言える。

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 ポスト・ジオンの様式は自家中毒的でもあるが、より自由で先鋭的な表現としてジオン公国の最期を飾った。またジオンが生んだ独自の表現様式として思想的にもたびたび引用される。戦争末期のMSN-02《ジオング》や戦後残党軍が用いたAMA-002《ノイエ・ジール》といったフラグシップ・マシンが明快なポスト・ジオン様式をもつのはそのためである。

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 ジオン公国の敗戦とともに、ジオン二大芸術運動は求心力を失いその役目を終える。一方、ポスト・ジオンは戦前〜戦中のジオン様式を解体するという意味で政治的に歓迎された。敗戦後流出した多くのポスト・ジオン主義者は新世代の地球連邦のデザインで腕をふるうこととなる。RMS-106《ハイザック》は露骨に旧ジオンの形態をしかしジオニック・アヴァンギャルドからも復刻主義からも離れて再構成し連邦の様式に接続したものとして、またRMS-099《リック・ディアス》はどの旧ジオンMSとも似ないが同時に強い影響下にあるものとして、ともに戦後ポスト・ジオン様式を代表している。

#ガンダム #一年戦争 #美術史