春咲かす星
ドクターフーS11の旅の一行で何か暖かい話を,と春先の深夜に即興で書き連ねた花見の短編です.公開当時はツイート字数制限の140字を工面しながらの投稿だったので,読み味も少し窮屈なものになってしまいました.全体の構成は割と自分の性に合っていたようで,拙作の中では気に入っている一本です.そうそう,めめさんのご好意に甘えてイラストを描いていただいたりもしました.その節はありがとうございました.本編と合わせてご覧ください.
「春だねえ。せっかくだ、とっておきの桜吹雪を見せてあげよう」
ドクターはその場の思いつきでも、三人の同意を待つ。こういう話には、いつだってグレアムが真っ先に飛び付く。
「ぜひともお目にかかりたい」
「私も見たい」
ヤズも既に満面の笑顔で答える。
「まぁ、いいけど」
最後にライアンが斜に構えて賛同するが、高まる期待に口元は緩んでいる。
「決まったね」
砂時計のスイッチをくるくると回転させて、ターディスはいつもの大揺れを始めた。新システムにはまだ慣れないんだ、とドクターがしきりに言い張るようになってもうしばらく経つが、上達する気配は感じられなかった。ヤズには、ドクターがこの荒い航行を楽しんでいる様にも思えた。
「さぁ、着いた!みんな行くよ!」
ドクターが先陣を切って、ターディスから一歩踏み出す。ヤズ、グレアム、ライアンの順で後を追った。
外には見渡す限りの青々とした芝生が広がり、遠くに巨木がそびえ立っている。驚くばかりで言葉を失っている三人を一瞥して、ドクターは満足げに腰に手をやり目を細めている。
「目指すはあの木だ!」
「すげえ」
ライアンがようやく呟いた。
「見事なもんだな」
グレアムが合いの手を入れて、ヤズも大きく頷く。
「樹齢2千年、全長600mを超える一本桜だ。アジアにはボンサイって文化があるだろう?荒廃した惑星まるごと、環境整備から始めてボンサイにした物好きがいてね。この星は彼の最高傑作の一つさ」
ドクターの"観光案内"は続いた。
「なんでも気候を巧く調整したとかで、あのサクラは実に30日も満開のまま、見事な調和を保つ。詳しいことは幹の麓まで辿り着いたら話そう」
四人は芝生を進む。ついつい見上げて歩いていると、首が痛む。三人が首を揉んでしかめっ面をしていると、ドクターはしてやったりといった顔でコートをひらつかせて先を行く。
「たまには視線を降ろすといい。見逃したらもったいないしね」
気づけば足元には淡いピンク色のグラデーションが現れていた。歩を進めると、散った花びらが堆積して敷き詰められているのがわかる。分厚い絨毯をふみ敷くように、体が浮くような感覚すら覚えて、ライアンはバランスを崩しかけた。
「いいかい、上空に広がっているのは、厳密には空じゃないんだ。見えないくらい高いところまで、枝が伸びてるからね」
確かに、太陽光がまばらに暖かい。すべてが木漏れ日なのだ。
「すごい、本当に立派な木なのね」
ヤズが心からの感嘆の声を述べる。花弁の絨毯はいよいよ、ブーツを軽々と沈める深さだ。
「このへんで良いかな。幹にあまり近いと、視界が遮られてしまうからね。素晴らしいだろう?さ、お待ちかねのアレが来るよ!」
ドクターが言い終えるのを待ち構えていたかのように、次の瞬間、暖かく柔らかい風が舞った。サクラのほんの少し甘酸っぱい香りが三人を包み込む。そして、それは視界を覆う。
今なお舞い落ちる花びらと、"沈殿"していた大量の花弁が、一斉に周囲を漂っている。
「なんともはや」
グレアムは口をぱくぱくさせながら、ほとんど独り言のように繰り返していた。ライアンとヤズは互いを見やり、笑みを交わす。
「本当に凄いのは」
いてもたってもいられなくなったドクターが口を開く。
「大気の対流を計算し尽くしていることだよ。文字通り無数の花びらが舞う桜吹雪だけど、呼吸や会話を阻害しない。みるものを圧倒もしない。まさに心安まる、祝福の風なんだ」
満足したドクターも、柔らかな春の象徴に身を任せている。四人ともが陽気を身に受け、高揚と微睡みに浸っていた。
「寝そべってピクニックといこうか」
ドクターの提案で、グレアムの非常用サンドイッチ、ターディス支給のビスケット、それにヤズが家から持ってきた、魔法瓶に淹れた紅茶を並べる。ライアンは一足先に横になって、夢心地だ。風の流れは薄紅色に視覚化されて、ドーム状に渦巻いていた。
「来年も、そのまた次の年も、ここでこうして過ごしたい」
誰が言い出したか、三人の人間と一人のエイリアンの奇妙な家族は、この提案に満場一致で賛成した。ぼんやりとでも四人で将来の展望を語るのは、おそらく初めてのことだった。個々の未来の話は後回し、それが不文律になっていた。実際に叶えるのは難しいことかもしれない。けれど、そう願える仲間を、家族を持てたことが、ドクターにはたまらなく喜ばしかった。
「ヤズ、ライアン、グレアム。約束するよ。春の節目に、再び、ここに集う。良い目標が出来た」
微睡みの中では、声に出したか、心に誓ったのか、定かではない。それでも、この旅の原動力になったことは間違いなかった。穏やかな時の流れに包まれ、ひとときの安寧を噛み締める一行は、冗談を飛ばし合いながら、いつまでも続く桜吹雪の中で笑い合っていた。
終
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