Happy New Universe

年末年始にかまけて前後編に分け公開した,12代目ドクターとオズグッドの年越しミニエピソード.お題は数日前に澄江スミスさんから課せられたものでした.S10開始直前の,ドクターが一人だった頃を想定しています.せっかくだからと年越しを本文中のギミックに組み込み,とびきりロマンチックな光景を描写しよう,と決めたらスラスラと書きあがったのを覚えています.それでも五時間くらいかかってますけども.こちらはまるさんにイラストを描いていただきました.カツアゲしたとも言う.

「ペトロネラ・オズグッド、君を誘拐しに来た」
UNITイギリス支部、ロンドン塔の地下において、ひとりのオズグッドが夜勤の眠気と戦っていた。先日回収されたハーモニー・ショールの"抜け殻"をようやく分析に掛け、データの収集と分類を進めている。年を越そうというのに、エイリアンの侵略はひっきりなしだった。半ば仕方なく夜間勤務を引き受けたが、他に特段見逃して惜しむ催事があるでもない、と、ため息交じりにモニターに向かっていたところだった。もともと最重要機密で山積みの施設だ。平時から人手は少ない。真夜中の迫るこの時間帯、ホリデーシーズンも手伝って、いつにも増して人の気配は希薄だった。
そんな折、ホコリをかぶった館内放送用スピーカーからノイズが入ったかと思えば、大音量で名指しされたのだ。一応建築基準に従って、有事の際に避難指示を出すべく設置してあるスピーカーは、元来役目を迎えることのない代物だった。避難指示を出すスタッフはそもそも想定されていないし、逃げ出すような人員も配属されていない。当たり前だ、UNITこそ有事に当たる組織なのだから。この音響が本来の用途で使用される、ソレ自体が異常事態とも言えよう。
その場違いなスピーカーから、彼女を呼ぶ声が聞こえた。仰々しい言葉遣い、しゃがれた声色、どこか得意げで、過剰な自信を窺わせる、犯行声明。彼だ。ぼーっとしていた頭にアドレナリンが駆け巡り始めた。
「ドクター?どうしたの?」
相手はあのドクターだ、聞こえているに決まっている。監視カメラ、あるいはモニター越しに、いや、大仰なドクターのことだから、次は⋯
あの音が聞こえる。希望と興奮と、救いの象徴。この狭いオフィスに、天井ぎりぎりの窮屈なポリスボックスが現れた。顔だけ突き出してドクターが口を開く。
「時間がない、急いでくれ」
内心これほど嬉しいことはない。ついに私の番だ、なんて思ってしまって、”ドクターの登場”が示唆する事態の深刻さを忘れガッツポーズを決める。小走りでターディスに駆け込んだ。
「⋯よし、行こうか。」
オズグッドは、ドクターが見せたいくばくかの落胆の表情を見逃さなかった。
「今日は派手な傘で出勤したんだけどね、誰かさんが急かすから」
「私は何も言ってない」
「ちょっと期待してたくせに」
彼にちなんだグッズを身につけるのは、日課にしている。蝶ネクタイやシャツ、それに下着に忍ばせてみたりして、ドクターの在り方を身近に置いておこうと、ちょっとした工夫を凝らすのが楽しい。
「とにかく。今度は地球のいつどこが緊急事態なの?」
急を要する上に、”オズグッド”が必要とくれば、何か相当深刻な問題に直面しているに違いない。外より中が広い!と大はしゃぎしたい自分を抑えて、あくまでUNIT職員の責務を優先しようと努めていた。
「いや、特には。見せたいものがあるんだ。まあそこで待っていなさい」
それ以上の説明はしないと露骨な態度で示し、ドクターは忙しそうにコンソールの操作に戻った。オズグッドも、釈然としない気持ちを一旦飲み込み、室内の装飾や本棚の蔵書に目をやる。地球由来の物語が多いように感じて、ドクターらしい、と微笑んだ。ドクターはそこに佇む彼女のことも忘れたようなそぶりで独り言を漏らし、ターディスに不平を言っている。そんな一方的なやりとりが続き、五度目のレバーを引いた時だった。室内ごと大きく揺れ、二人ともがバランスを崩す。ドクターは満足げにニヤリと笑い、さもやり遂げたと言うように、大きく頷いた。
「着いたぞ。さあ、こっちだ」
ドクターは扉の方へ向かっていく。扉を開き、姿を消した。オズグッドのほうは、しばらく身動きが取れないでいた。アーカイブで読んだコンパニオンたちは、全員がこんな体験を?未知への好奇心、不安、どちらもがないまぜになったまま、扉を抜けるんだろうか。私は元の日常へ帰れるだろうか。私の日常は、確かに普通より刺激的だけど、それにしたってこの誘惑は、危うい。そんなことを考えて堂々巡りしていた。
「ペトロネラ。何をしている。これを見逃す手はないんだ」
ドクターは外から声を張り上げて、しきりに呼びかけている。中に戻って手を取るつもりはないらしい。我に帰り、オズグッドも歩みだした。不思議なもので、扉の向こうはよく見えない。
「いいか、君に見せたいものは、これだ。今に始まる」
ようやくオズグッドも顔を出して、待ち構えるものに向かっていく。だが、視界に広がっているのは真っ暗な宇宙空間だった。
「はあ。もったいつける割には⋯」
「いいから黙って見ていなさい」
暗闇に慣れた目に、チラチラと光が霞んで見えた気がした。ついで、一つ、また一つと小さな光の粒が増えていく。揺らめき、混ざり合い、ぶつかって、激しく明滅する。大きな粒になったそれは他の小さな粒を引き寄せ、また粒を産み、終わりのない連鎖を見せる。力強く、乱暴で、たしかな意味を持って、増え続けている。あまりの眩しさに思わず目を瞑りそうになったが、ターディスが光量にフィルターをかけてくれた。目に苦痛を感じない程度に、変容する空間の動きを損なわないように、観察させてくれる。光の波の拡大を、ただただ我を忘れて眺めていた。気づけば見渡す限りの光の海が視界いっぱいに、いや、果てしなく広がり続けている。
「時空創生の煌めき。目映いばかりの、可能性の奔流だ。ここはそのまさに中心なのさ」
ドクターはいつの間にか掛けていたサングラスの位置を直すだけで、オズグッドの方には振り返らずに、どうにか聞き取れる声量で、そっと伝えた。



激しかった衝突のスペクタクルは落ち着きを見せ始める。帯となって雄大にたなびく宇宙の光は、心を落ち着かせてくれた。ドクターはサングラスを外して、正面からオズグッドに向き合う。
「実に美しいだろう?新年を迎えるのにふさわしいと、そう思わないか?そうだ、あけましておめでとう。君は今、時空の誕生を目の当たりにした」
ドクターは誇らしげだった。呼吸を置きながら、ゆっくりと話す。慈しむような伏し目には、憂いも感じられた。
「そうね。とても綺麗。一生の宝物にするよ。ありがとう。⋯でも、なんで?なぜ私だったの?」
矢継ぎ早に、ミス・オズワルドは?アーカイブにあった奥様は?今、旅の仲間はいないの?と尋ねそうになって、空を仰ぐ。どうにか口をつぐんだ自分を、すこしだけ褒めた。
「君こそ私の理想の体現者なんだ。以前、君を旅に招いたのも本心だった。地球を守るという使命を持ち出されては、手も足も出ないがね」
ドクターともあろう人が、言葉を詰まらせながら、刻むように音を出す。
「私は私の黄昏を迎えつつある。私だけの誓いも」
この人が本音を漏らすなんて、きっと何かあったんだ。ドクターから次の言葉が紡ぎ出されるまで、オズグッドは何も言わず待つ。
「君には、人間としての、あるいはザイゴンとしての、いや、この際どちらでもいい。個の喜びを見つけてほしい。使命に囚われるな」
崇高な理念だ。常に二人が存在し、補い合い、人間とザイゴン、両者を繋ぐ和平の象徴であり続ける。ドクターが生涯をかけて模索し、未だ見出せずにいる、種族間の共生を確固たるものとして保証するシステム。オズグッドこそがその成功例であり、生き証人でもある。
「新年の一回限り、今日この日だけは、君に心からの感謝を。そう思って連れ出した」
この時空が少しだけ平和でいられるのは、君のおかげだから、そして、今もたしかに生きてくれているのも、君だけだから。声にならない沈黙が語る、自認した含意と感傷に、ドクターは無力感を覚える。とっさに苦悶が外に出ないように、サングラスを掛け直した。
「私に言うくらいなら、ドクターは見つけられたの?個の喜びってやつ」
ドクターが自身に言い聞かせるように吐き出された言葉に、つい、聞き返してしまった。
「私は何千年も生きた。一緒にするなよ。人間の短い一生を無駄にするなと言っているに過ぎんよ」
強がりを言うときに限って、わざと人を小馬鹿にした物言いをするんだから。ドクターも、ドクターでさえ自己肯定を実感したいときがある。無駄ではなかったと、確かめたかった。そういうことなんだろう。
「ありがとう、ドクター。肝に命じておくよ。」
それからしばらく二人は黙って、星々の瞬きを眺めていた。時間の感覚を失い、柔らかな視界に満たされて、安寧の時を過ごす。

「そうだ、ドクター。私が人間か、ザイゴンか。どうしても知りたい?」
オズグッドは観念したように問う。今日の贈り物へのお礼に、こっそり誓いを破ろうか、そう考えていた。ドクターはしばらく押し黙って、彼女の所作を観察している。やがて伏し目がちに、はにかみながら答えた。
「わからなくていいんだ。いや、わからないから、いい。ようやく私も理解した。君は”オズグッド”なのだから。」
オズグッド、君の行く先に充足あれ。使命を超えて、幸福を勝ち取るのだ。私に成せなかったことも、君ならあるいは、いや、君だからこそ、私に示してくれ。肝心な時に本当の本音を吐露しないのは、ドクターの悪い癖だった。

「さて。そろそろUNITきっての敏腕職員を職場に戻さないと、私がケイトに大目玉をくらう」
誤魔化すように、現実に話を戻した。オズグッドも目の色を変えて慌ててみせる。
「出発した直後に着陸すればいいんじゃないの?!」
「新年を二度迎えるなんて、そんな馬鹿な話があるか。浪費した時間が身代金代わりさ」
「変なところでカッコつけないでよ!」
半ば本気で文句を言いながら、二人はターディスの中へと戻っていった。

時空は光に満ちて、拡散し続ける。果てしない先まで連なる因果に、途方もない偶然の連続が折り重なって、今に至る。ドクターは全時空を、オズグッドはその時代の地球を、それぞれ守護する。時空創世を祝い、新年を祝い、ドクターは誓いを新たに、次なる冒険へ。

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