お届けinfo「IPSJ-ONE(2021年度)」

はじめに:IPSJ-ONEとは

IPSJ-ONEは、情報処理学会が擁する41研究会・研究グループに所属する、それぞれの研究分野で代表的な新進気鋭の若手が登壇し、本来であれば1時間でも2時間でもしゃべりたくなる自らの研究分野と自分の研究を、たった7分に凝縮して紹介するプログラムです。

このプログラムの重要なポイントのひとつは「一般の人たちに研究を紹介する」ことに着目していることです。そのために、通常の学会のセッションやシンポジウムと異なり、発表者は何度もリハーサルを重ねてプレゼンテーションの質を高めるプロセスを経ています。その姿は、まさに情報処理最先端研究のショウタイムだ、と言っても過言ではないでしょう…おそらく。例年であれば、ステージに実際に立って話をするスタイルで、観客の反応もリアルタイムなのですが、今年度はCOVID-19の影響で、いつものステージでのプレゼンテーションではなく、オンラインでの実施となりました。録画での遠隔発表ということで、逆に研究者たちにはなじみの深いスタイルに近づいたわけですが、どのような発表になるのでしょうか。執筆者も今から楽しみです。

さて本稿では、特に今回ご依頼いただいた方から着目してほしいとお願いされていました、「4. 集積回路の潜在能力を100%引き出す設計技術(増田豊さん)」と、「5. ちょっと先の未来を見通す力:シミュレーションで実現する防災IT社会(廣井慧さん)」の発表を取り上げて、まずそれらの研究内容を紹介したあと、執筆者の独断と偏見に基づくIPSJ-ONEの魅力を、両発表を掘り下げながら見ていこうと思います。

4. 集積回路の潜在能力を100%引き出す設計技術

システムとLSIの設計技術研究会からは、名古屋大学の増田豊さんが登壇されました。100億もの部品(トランジスタ=スイッチとして機能する部品)からなる集積回路から組み立てられるCPUのポテンシャルをフルに使うのはとても難しいことがわかっています。

どういうことかというと、大量の部品にはそれぞれ性能に個体差があり、例えばスイッチ速度や電力消費量が異なります。これまでの設計では、すべての部品がちゃんと動かないといけないので、一番遅い個体のスピードに合わせて動作するようになっています。もちろんこれでは、ほとんどの個体は(ものすごく小さい時間ですが)暇を持て余してしまい、実際にその部品それぞれが持つ性能を全然発揮できないということになります。

そこで、増田さんらは、CPUが自分自身の能力をセルフチェックできるようにすることで、「まだいけそうだな」と判断したら自分でもうちょっと制限速度を緩めることで、さらなるポテンシャルを発揮するという方法を研究しています。…と説明するととても簡単そうに聞こえるのですが、セルフチェックを実現する技術は一筋縄ではいかず、例えば:

・チェックするためのセンサーはどう作ればいいの?
・いつ、どの部品の、何をしているときのスピードを測定すればいい?

などの様々なことをすべて考えないとなりません。

これらの解決のためには、部品の物理特性に関する研究成果や、より適切な測定をする方法を導く数学的な研究成果(組み合わせ最適化理論)、設計がちゃんとできているかどうかを検証する研究成果(確率統計学)など、さまざまな研究成果を組み合わせることが必要で、これこそが研究のキーポイントであるといえます。その結果、無茶な仕事をしなくなったので、消費電力が下がったり寿命が延びたりといったメリットを生み出すことができています。

最後に情報系の研究の魅力についてコメントがありました。最先端の技術が日進月歩の速さで進化しており、どんどんと新しいことが増えてきてとても刺激的で楽しいことと、世の中に役立つ瞬間がすぐにやってくることから(特に集積回路の省エネや性能向上はすべてのコンピュータの基礎能力を高めるうえで、いつでも誰もが求めていることなので)やりがいを強く感じることができます、とのことでした。

5.ちょっと先の未来を見通す力:シミュレーションで実現する防災IT社会

京都大学の廣井さんは、モバイルコンピューティングとパーベイシブシステム研究会からの推薦により登壇されました。防災はとても大事ですが、日常生活をしているわれわれにとってはなかなか現実的でない世界です。そのような対象であるからこそ、突然発生する自然災害への対策は難しいものといえます。そこで、ちょっと先の未来を見通して、災害を未然に食い止めよう、被害を事前に減らそう、というのが研究の狙いです。

災害状況においては、刻々と変わる、日常とは全く違う状況に襲われるため、何をすればいいか・しなければならないかの選択肢が無数にあり、しかもその選択肢がどのような結果になるかがきちんとわからない状況で、できるだけ早く判断を下す必要があります。廣井さんらは、水害の際の避難を対象として、防災に関係する様々なシステムやシミュレーション(結果)、解析技術を柔軟に連携する仕組み(ARIA)を研究しています。

連携させる…という言葉は簡単ですが、その実現にはたくさんの難所があります。特に、

・処理速度が遅いとほかのシステムの動作に迷惑がかかる(リアルタイム同期)
・データを、必要な時に呼び出せるようにしておかないと使えない(大規模データ)
・役に立つ未来予測のためにデータをうまく解析したい(解析精度の向上)

を実現しないと、役に立つ仕組みとして成り立たなくなってしまいます。そこで、ARIA により様々なシステムをうまく接続することにより、例えば、降水量や河川の観測システムのデータをもとに、氾濫や道路の冠水、避難者がどんな行動をするかをシミュレーションし、それらをもとに早めの避難を促すべき地域や対象者を導いたり、避難経路を示したりなどの活用を促すことができます。

ARIA が柔軟に様々なシステムと接続することができることから、接続するシステムやデータベース、新しい技術が増えるにしたがって、シミュレーションのためのテスト環境(テストベッド)としての利活用もできるようになり、防災に役立つ知識の創発や、新しいアプリケーションなどの仕組みの開発がより高精度にできるようになり、本来であれば地域個別に行っていた難しい防災対策を、互いの力で支えあうことでより良いものに織り上げていくことができるようになることが期待されています。

IPSJ-ONEの魅力

IPSJ-ONEは「一般の人たちに研究を紹介する」ことを主眼の一つとしています。そのため、複雑な研究の内容をシンプルにわかりやすく説明されており、各分野の特徴をつかみやすくなっています。一方で、発表者のみなさんは自分の研究の成果やその価値をさらっとしゃべってしまうので、その技術のすごさがすぐには伝わってこないのが、一周回って逆にすごいことなのだな…と感じます。

例えば、発表 4. で「セルフチェック機能」のような言いまわして執筆者がまとめてしまったこの一言の中に、物性という物理層から数学的な理論層まで、情報学のほぼすべての分野が圧縮されていますし、その設計には様々な細かな難しい設計問題を解決して研究が進んでいることが推察されます。発表 5. でいえば「様々なシステムをうまく接続する」と簡単に書いてしまっているところには、多くの個別のシステムの結果を統一的に扱うデータ基盤や通信基盤を検討し、それらを柔軟に(つまり、新しいシステムが出たり入ったり、あるシステムで別のシステムのデータを処理したりを意識せずに実行できるように)接続できるようにすることは簡単ではありません。研究会ではついそれらをすべてしゃべってしまいがちなのですが、そこをぐっとこらえて俯瞰的に自らの分野や研究を伝えることは、難しいことで、大事なことでもあるなと思います。

そういうわけで、研究者目線では「ちょっと物足りないかな?」と思うことが多く、それは技術のより詳細な部分や原理的な部分に興味があるからなのですが、上記のように考えてみると、そのような詳細や原理に興味が引かれるほど、興味深い・価値がある・実績が伴った内容(研究)が、この短い中に閉じ込められていて、しかも一般の人に(全部ではないにせよ)伝わるように工夫されているのだな、ということが感じられます。

もうひとつ見えてくる観点は、ある特定の分野が研究している最先端の成果が、ほかの研究分野を支える技術として利用されていることです。CPU の性能向上がほかの分野に役立つことは言うまでもありませんし、防災技術は軽く眺めただけでも、通信・データベース・シミュレーション・インタラクションなどの多数の分野の融合でしか成立しない技術です。一つの研究分野でのみ研究を見る切り口は、その深まりを考えるうえでは大事で、そのために情報処理学会には研究会が多数存在していますが、いかなる分野も、その研究成果は単一の研究分野の成果のみで成立するものではないという、学際領域に存在する情報学に特徴的な観点も浮き彫りになっています。この観点は、IPSJ-ONEが「一般の人たちに研究を紹介する」ために、自らの分野がどういう立ち位置であるかを明らかにするプレゼンテーションを設計していることから導きだされているのかな、と感じられます。

おわりに

今回依頼を受けて、作文のためにIPSJ-ONEのニコニコ動画の映像を何度か見返しましたが、やはり様々な分野を俯瞰でき、研究者にとってもわかりやすい説明で最先端技術が把握できるこの仕組みは大変得るところが多いように感じました。もしお見逃しの皆様で、この文章にたどり着かれた方がおられましたら、ぜひIPSJ-ONEのウェブサイト※からご覧ください。過去数年の映像もあるようですので、見比べてみるのも面白いかも…?

執筆者は、初回を含め何年かのIPSJ-ONEを見てきていますが、今年やはり少し残念に思うのは、遠隔発表の型式だとどうしてもプレゼンテーションに「迫力」が出ないなあ、ということです。2019までのオンサイト発表だと、発表者のアクションや会場のリアクション、リアルタイムデモやパフォーマンスなどでもっと研究者の研究に対する熱さが伝わってきた気がしたのですが、このスタイルでは、おそらくスライドのわかりやすさを重視したせいもあるのかもしれませんが、やはり限界があるのかもしれません。IPSJ-ONEの楽しみの一つは、若手研究者諸氏の熱意が感じられることにもありますので、遠隔発表のスタイルでそれがどこまで伝えられるようになるか、今後の展開が楽しみです…来年はぜひステージで見られることを期待しています!

https://ipsj-one.org/

ご依頼者からのコメント:
「今回のお届けinfoはまだ実体は見えませんが,物理的制約を除くということだけでなく,代わりに聞いてくださった方の視点での報告が価値があり,これから実際の総集編を聞こうという動機付けにもなるだろうし,学会のしゃべって終わりというのが,手練れの聞き手の視点でのレポートも得られるという付加価値が期待できると思います.スポーツ中継で,解説があるような感じになるのかな.いいところに目をつけたと思います.」

…とのことでした。まさにこのまとめ記事の重要なポイントを評価いただいて感謝する次第です。ご利用ありがとうございました。

お届けInfo デリバリー担当:
倉本到(福知山公立大学)

お届けInfo メタ担当:
坊農真弓(国立情報学研究所)

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