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27-1.茂木健一郎さんと臨床心理学を語る

(特集 臨床心理学の未来に向けて)
茂木健一郎(ソニーコンピューターサイエンス研究所/脳科学者)
下山晴彦(東京大学/臨床心理iNEXT代表)
北原祐理(東京大学 特任助教)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.27

【視聴者参加型トークイベント】
■茂木健一郎さんと臨床心理学の未来を語る■
—茂木×下山の本音トーク−


【日程】2月27日(日)の14時~17時
【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](無料)https://select-type.com/ev/?ev=cKxIa_eKvJU
[iNEXT有料会員以外・一般](1,000円)https://select-type.com/ev/?ev=XytEPO80YfA
[オンデマンド視聴のみ](1,000円)https://select-type.com/ev/?ev=7Q29h2krNqU

【構成】ホストの下山晴彦が茂木健一郎さんをゲストに迎えて,トークイベントを開催します。それに,若手心理職の北原祐理さんがアシスタントとして加わります。前半は,3人で臨床心理学やメンタルヘルスの現状について自由にディスカッションします。後半では,視聴者の皆様からの質問も受け付けて参加者全員で議論を発展させる参加型セッションとします。

【目的】茂木さんは,学生時代にエンカウンターグループに参加し,箱庭療法や夢分析も経験されており,メンタルヘルスや臨床心理学の最新動向にはとても関心を持っておられます。そこで,専門の脳科学の観点からだけでなく,幅広い観点から臨床心理学の未来に関して語り合います。心理職だけでなく,メンタルヘルスや心理支援に関心ある方は誰でも参加できます。

茂木様写真

1.茂木健一郎さんをお迎えする経緯

[下山]臨床心理iNEXTでは,専門の脳科学だけでなく,幅広い領域で積極的な発言をしている茂木健一郎先生をゲストにお迎えして,冒頭に示したように「茂木健一郎さんと臨床心理学の未来を語る」という視聴者参加型のトークイベントを開催いたします。

今回のマガジンでは,茂木健一郎先生(以下,親しみを込めて茂木さんと表現,その理由は後述)に,私の研究室の特任助教の北原さんにも若手代表として参加してもらい,トークイベントの準備として鼎談をすることにしました。今回の鼎談の内容を受けて,トークイベントにおいて,どのようなテーマでのディスカッションをしていくのかを決めていきます。

ところで,読者には,なぜ茂木さんが登場するのか不思議に思った方も多いと思います。そこで,インタビューに先立って,茂木さんと私下山との関係について簡単にご紹介をさせていただきます。茂木さんは,東京大学の理学部を卒業した後に法学部に学士入学しました。そして,法学部を卒業した後の進路についていろいろと考える中で,当時私が常勤心理職として仕事をしていた同大学の学生相談所主催のエンカウンターグループに参加しました。

茂木さんは,そこでの体験をきっかけとして学生相談所で箱庭を製作し,夢を語ることになりました。その経験を一緒にしたのが,私でした。箱庭も夢もとてもユニークなものであったので,私にとっては非常に印象深い経験でした。その30数年後に,現在,私の研究室の特任助教をしている北原祐理さんが,東京大学の情報理工学系研究科における茂木さんの講演をお聞きし,それをきっかけとして茂木さんと私が再会したという経緯があります。その再会が,今回のトークイベントへのご招待につながったわけです。

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2.医療の影響力が強すぎないか?

[下山]さて,茂木さんは,信田さよ子先生とご共著で「明日,学校に行きたくない─言葉にならない思いを抱える君へ─」※という本も出版されていますね。そのことからもメンタルヘルスや心理支援についても,深い関心を持っておられることと思います。今回の「臨床心理学の未来を語る」というテーマで,どのような話題について議論していきましょうか。ぜひ,関心のあるテーマを教えてください。

※)「明日,学校へ行きたくない」(角川書店,2021年2月刊)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322006000397/

[茂木]日本のメンタルヘルスは,医師の影響力が強すぎますね。そのため,投薬治療が中心になっていてよくないですね。医療が強すぎることで,むしろいろいろな問題が起きていると思います。それについて議論したいです。それから,自分の専門と近いところで言えば,アバターやメタバースなどの新しいテクノロジーが発展していますが,臨床心理学の領域でそれらの発展がどのように活用されるのかも知りたいですね。

[下山]日本において医師や医療が強すぎる問題は,深刻です。もちろん患者さんことを大切にして丁寧な治療をされている精神科医や心療内科医の方は多くいられます。私も,患者様の治療を丁寧にされておられる医師の先生方を少なからず存知上げています。しかし,日本の医療組織は,他国に比較して,医師中心のヒエラルキーを押しつける傾向があるのも事実です。

しかも,それは,心理支援の領域だけでなく,福祉領域などあらゆる領域に及んでいます。医師以外の職種をパラメディカルと呼び,医師の指示の下で働くことを求めます。その結果として,心理職や福祉職を含めて他の専門職が独立して主体的に働くことが難しくなっているので,専門性の発展が阻害されています。それは,ひいては利用者である国民の不利益につながっています。

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3.臨床心理学と精神医学の違いとは?

[茂木]精神科医は,医師としての専門性はありますが,臨床心理の専門性はないですね。投薬が効果を持つ側面あると思います。しかし,臨床心理の専門性は,それとは異なるものだという認識です。ですから,精神医学と臨床心理学は,同等に併存しているパラレルな関係だと思います。

僕の感覚で言えば,臨床心理の効果のほうが,脳においてロバストです。日本では投薬が中心だが,欧米では,過剰な投薬については厳しい批判がされています。しかし,日本では,精神医療の投薬が,野放しになっている面があると思います。その点をしっかりと整理した方がいいですね。

[下山]我が国における精神科薬物の多剤大量投与は,非常に深刻な問題です。ただ,その医療中心の偏った状況については,誰が言い出してリーダーシップを持って変えていくのかは,非常に難しい課題です。残念ながら日本では,医師会が非常に強いので,厚労省などの行政機関も医師会の要望に従う傾向があります。政治家も選挙のことがあるので動かない。その問題は,メンタルヘルスにおいて顕著にみられています。

しかし,最近では,コロナ禍に対する医療体制の不備や医師会の対応の悪さが目立っています。医療や医師会が権力を持ちすぎているという問題は,日本のすべての領域で表れていることですね。その最たる状況が精神医療で見られるということだと思います。

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4.正常と異常の区別とは?

[茂木]そもそも,「正常と異常」や「健康とは」ということもどうなのでしょうかね。DSMなどで決めてしまって良いのでしょうか?

[下山]それは,根本的な問題ですね。実は,それと関連してDSM-5における訳語が未だ決まっていないという状況です。特にdisorderの訳語が問題です。「~障害」とするのか,「~症」とするのかということで意見が二分して両語併記となっています。例えば,『注意欠如・多動症/注意欠如・多動障害』と併記されるわけです。当然のことながら,「~症」という名称は,病気の症状という意味が含意されています。果たして,“注意欠如・多動”が病気なのかという問題も出てきます。

そもそもdisorderは,秩序が乱れて,混乱や不調が起きているという意味です。ですので,mental disorderがあっても,それは障害でも病気でもないわけです。ところが,日本では,DSMを訳すときに,mental disorderを精神疾患と訳して,「精神疾患の分類と診断の手引き」としています。米国では,わざわざ「disease」を避けて「disorder」を使っています。それなのに日本では,わざわざ「disorder」を「疾患」と誤訳しています。“mental disorder”の正確な訳は,“心の不調”ということだと思います。

このような誤訳,あるいは書き換えが行われるのは,やはり,茂木さんが指摘された「医療が強すぎる」問題と関連あります。「医療による植民地化」という言葉もあるくらいです。なんでも病気にしてしまい,医療がその領域を支配していくというやり方です。日本のメンタルヘルスや心理支援の領域は,公認心理師法ができたことで,さらに医療による植民地化が進んでいますね。

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5.“心”をどのように理解するのか?

[茂木]なるほど状況はよく理解でしました。ところで,2月27日のトークイベントには,北原さんも参加されるのですね。そこでの北原さんの役割はどうなるのでしょうか? それと,北原さんの関心なども教えてください。

[北原]先ほどのお話を伺いながら,大学の非常勤講師として臨床心理学を教える中で,私の講義に出ている学生さんから,「なぜ,~症と~障害が併記されているのか?」と尋ねられたことを思い出しました。そのこととも関連して,私は,“心”や“心の問題”をどのように理解するのかに関心があります。これからの臨床心理学では,人間の“心”をどのように扱い,どのように議論していったらよいのかというテーマです。

「心は自然科学的に解明されるのか」,「医療に近づくことで心理学として力を持っていってよいのか」,あるいは,「人文科学的な発達として心をとらえるのがよいのか」,「関係性の中で自分を作っていく心理学があってもよいのではないか」と考えたりしています。私としては,「関係性の中で認知とか感情を照らし返してもらって,自己認識を深めていく」ことに関心があります。

それは,心理職が心理支援で実践していることでもあります。生理データとか客観的な数値データで心を解明することとは違って,人と人との相互交流の中で起こることそのものがセラピューティックな役割を持つと思っています。人間的交流の中でなされることをどのように位置付けていくかが,自分のテーマになっています。それを心理職の専門性として位置付けて説明できるようにしていきたいと思っています。

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6.主観と客観の統合は可能か?

[下山]日本の心理職は,「“心”をどのように扱い,どのような心理支援をするのか」というテーマを巡って複数のグループに分裂してしまっています。“心”を主観的な内的世界として自己理解を促すのがよいとするグループがあり,また“心”を客観的に見て行動変容させていくのがよいとするグループもあります。日本の臨床心理学ワールドでは,この主観グループと客観グループの統合ができていません。そもそも対話も成り立っていない状態とも言えます。

“心”を主観的に捉えるグループは,精神分析やユング派などの心理力動派の心理療法と深く関わっています。どちらかというと精神医学とは一線を画す傾向があります。“心”を客観的に見るグループは,行動科学や脳科学など科学性を重視し,どちらかというと精神医学に近いと言えます。この他,カウンセリングを中心とする折衷的なグループもあります。

脳科学など,自然科学的な“心”の客観的理解と,内的世界といった“心”の主観的世界の接点は,茂木さんがテーマとしている“クオリア”とも関係していますね※1)。茂木さんは,客観的な物資である脳から主観的な質感であるクオリアがどのように生まれるのかを考察した,新たな本も出版されていますね※2)。北原さんは,私などよりも,脳科学,神経科学に詳しく,さらにICTを使った心理支援の最新動向にも詳しいので,心理支援の最先端トークについても議論したいですね。

※1)クオリア─現実と仮想の出会い
https://www.brh.co.jp/publication/journal/034/talk_02

※2)『脳とクオリア─なぜ脳に心が生まれるのか─』(講談社現代文庫)⇒ https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000326397

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7.箱庭療法と脳科学は結びつくのか?

[茂木]主観性といえば,箱庭の話もしたいですね。現在は,箱庭療法とかどうなっているんでしょうか。

[下山]昔,茂木さんは,とてもユニークな箱庭をたくさん創りましたね。私は,今年度いっぱいで現在の大学を退職するので,今部屋の書類などを整理しています。その作業をしている中で,茂木さんが製作した箱庭の写真が大量に出てきました。その箱庭の写真を見ると,脳科学的なものとは違って,茂木さんの主観的な世界の表現がされています。とても豊かなイメージ表現です。箱庭療法はとても面白いですね。

茂木さんの主観の世界と,茂木さんが専門とする脳科学がどのように結びつくのかを知りたいですね。それと関連して人間の発達ということも話題にしてもよいかと思っています。茂木さんは,箱庭を創った時は,ご自身の進路について迷っていた。そのまま法学で行くか,あるいは自然科学に戻って物理学を専門としていくのかという進路の迷いですね。自分の人生や成長をどのようにデザインしていくのかは,誰にとっても重要な課題ですね。

[茂木]以前に,日本心理臨床学会に招かれて講演をしたことを思い出した。そのときの学会には,人間の成長や自己実現を尊重する雰囲気があった。正常や異常をフラットにみるアプローチが多かったような印象だった。ただ,最近では,それとは違うアプローチも出ているのでしょうか。(以下,次号に続く)

【講習会のお知らせ】
■発達障害の「認知機能の特徴」を学ぶ■
 —発達障害のある人の「ものの見方・考え方」理解へ


■2022年2月27日(日)9時~12時
■講師 高岡佑壮先生
■申込み
[臨床心理iNEXT有料会員]https://select-type.com/ev/?ev=M9RjXGGtIKE(1,000円)
[iNEXT有料会員以外・一般]https://select-type.com/ev/?ev=cneA9fIR7CU(3,000円)
[オンデマンド視聴のみ]https://select-type.com/ev/?ev=ia6x3T8Yw98(3,000円)

■デザイン by 原田 優(東京大学 特任研究員)

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臨床心理マガジン iNEXT 第27号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.27


◇編集長・発行人:下山晴彦
◇編集サポート:株式会社 遠見書房


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