見出し画像

13-2.ブリーフセラピーの“技”を磨く


(特集 心理職として技を磨く)
黒沢幸子(目白大学教授)
Interviewed by 下山晴彦(東京大学教授/臨床心理iNEXT代表)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.13

1.はじめに

臨床心理マガジン13号のテーマは,「心理職として技を磨く」です。前回の13-1号では,“技”を学習する方法として「事例検討会(ケースカンファレンス)をテーマとしました。それを受けて本号では,心理職として“技”を磨き,キャリアを発展させるためには,どのように技能学習を進めるのがよいのかをテーマとすることとしました。

どのようにしたら心理職としての技能を向上させることができるのでしょうか。大学院で実習や研修を受けることが,技能の上達につながるのでしょうか。大学院での訓練は,技能学習のスタート台に立つということではあります。しかし,そこで,不適切な教育を受けたり,一面的な学習しかできなったりする場合には,その後の技能向上の妨げになることもあります。

では,公認心理師や臨床心理士の資格をとって臨床現場に出て実践経験を積めば,自然と技能が上達するのでしょうか。答えは否です。技能の向上のための努力をしなければ,職場で求められるレベルの仕事ができずに,キャリアを維持するのが難しくなることも出てくるでしょう。

それでは,学会や職能団体が提供する研修会に出席していれば技能向上ができるでしょうか。それも,おそらく答えは否です。それぞれの心理職の個性によって技能上達の道筋は異なっています。「自分はどのような分野でどのような専門性を発展させるのか」,そして「そのためにどのような技能を,どのように獲得するのか」ということに関して,自分自身の目標をもって努力をしなければ,心理職の技能向上は難しいといえます。

したがって,心理職の技能向上には,どのような心理職を目指すのかといった主体的な意識と,その目標達成に向けての努力と経験の積み重ねが必要となります。そこで,本号では「心理職の技能向上のための主体的意識と経験とはどのようなものか」をテーマとし,思春期の子どもの支援の領域において積極的な活動を展開しておられる黒沢幸子先生をゲストにお招きしてお話をお聞きすることにしました。

黒沢先生は,ブリーフセラピーの技能に基づき,スクールカウンセリングの活動を積極的に提案され,この領域でリーダーシップをとっておられます。本号(13-2号)ではブリーフセラピーの技能について,そして次号(13-3号)ではスクールカウンセリングの技能について,どのような努力や経験を通して“技を磨いてきたのか”をお聴きします。

■『やさしい思春期臨床──子と親を活かすレッスン-』
https://www.kongoshuppan.co.jp/book/b514815.html
黒沢幸子(著) 金剛出版

■ 『解決志向ブリーフセラピー』
https://www.honnomori.co.jp/isbn4-938874-27-X.htm
森俊夫+黒沢幸子(著) ほんの森出版

本号の記事は,2020年11月13日に実施したオンラインインタビューの前半の記録に基づいて構成しました。インタビュワーは下山が務めました。Zoomの運営管理と記録作成は,北原祐理(東京大学特任助教)と井上薫(東京大学特任研究員)が担当しました。

画像1


2.当初はアートセラピーに関心があった

──今日は,黒沢先生が「どのように心理職としての技を磨いてきたのか」をお聞かせいただきます。その際,2つの“技”について伺います。ひとつはブリーフセラピーの技能,もうひとつはスクールカウンセリングの技能です。まずブリーフセラピーをどのように学び,技能を習得してきたのかをお話しください。

今の順番だと先にブリーフセラピー,次にスクールカウンセリングということでした。しかし,私にとっては関心をもった順は逆でした。私の出身大学は,力動的心理療法を中心として,いい意味でオーソドックスな心理療法をしっかり学べるところでした。しかし,自由度が高く,縛りはありませんでした。そのような環境で私は,アートセラピー,思春期臨床,そしてスクールカウンセリングに関心を移していきました。大学院では,コミュニティ臨床に関心をもち,スクールカウンセリングを本格的に学び始めました。

当初は,アートセラピーに興味がありました。そもそもアートが好きで美術系に関心がありましたが,一方で医学や精神的な癒しにも興味がありました。大学への進学でもアート系に行くか,医学にいくか迷いました。そのようなときに,心理療法の領域の中にはアートセラピーという分野があることを知りました。芸術的な表現などを通して人の心をケアしていくという分野があると聞いたときに,これだ!と心が躍ったことを覚えています。また“創造の病”という見方にも惹かれました。そういう領域をやりたいと思って大学を選びました。

アートセラピーの対象となるのは,言語的やりとりの得意ではない方となります。例えば,統合失調症の患者さんで言葉のやりとりが難しい方,思春期青年期の患者さんで何らかの媒体や抽象的表現を用いることでコミュニケーションが取りやすい方などです。大学4年生から,精神科の病院でそのような患者さんを対象とした実習に参加していました。

──その頃は,箱庭療法や風景構成法などが関西圏の大学を中心に広まっていた時代でした。当時は,ユング心理学やイメージ技法と関連して「芸術療法」の勢いがありました。

芸術療法学会の事務局が置かれている研究室(医局)にも出入りしていました。その頃は,まだ臨床心理士ができていない時期でした。心理臨床を学べる大学は全国的に少なく,心理職育成のカリキュラムもない時代でした。

私が研修で行っていた精神科の病院では,混乱して入院してくる中学生や高校生に出会いました。そのような思春期の患者さんには,医師も十分な手立てを施せないところがありました。それで,思春期患者に,医師から指示を受けて,臨床心理学を学ぶぺーぺーの学生である私がアートセラピーを実践することになりました。

画像2


3.スクールカウンセリング体験からコミュニティ技法へ

個人で会うこともあれば,作業療法としてグループでアートセラピーをすることもありました。不登校や摂食障害などの問題の背景にいろいろな課題を抱えている中学生や高校生とお会いするなかで,その臨床への興味が自分の中で深まっていきました。そして,大学院生のときには,当時まだ走りだった思春期臨床の学派にも,若手の精神科医らとともに首を突っ込み,勉強会をしたり英文献を講読したりもしました。そして,思春期つながりということで,某私立学校のスクールカウンセラーを引き受けることになりました。

当時は,一般の日本の学校には,スクールカウンセラーはいない時代でした。しかし,そこは国際的な背景をもつ校長の意向で米国のスクールカウンセラー資格をもっている人が,カウンセラー室を設立した沿革のある学校でした。時代の流れとともに,専任のカウンセラーではなく,教員がカウンセラーを兼務する運営になっていました。折しも,生徒の問題の多様化や成長発達への支援に対応する人材として,心理学やカウンセリングを専門とする人にカウンセラーとして来てほしいという要請があり,大学院を出るか出ないかのときに,縁あって非常勤スクールカウンセラーとして赴任しました。

──その学校で,アートセラピーを実践したのですか?

学校に入ってみて,たまに個別面接の中で描画を使うということはあっても,アートセラピーを優先して実践するということはありませんでした。むしろ自分の興味の中心もすでに思春期臨床に移っていたと思います。生徒や保護者の方にお会いしたり,教員の会議に参加したりすることが主な仕事となりました。そのような中で,今まで学んできた,オーソドックスな心理療法やカウンセリングの方法論とはフィットしないと感じるようになりました。まさに学校コミュニティでの心理支援,今でいうところの“スクールカウンセリング”の必要性を感じるようになりました。

学校のカウンセラー室の創設者のスクールカウンセリングの考え方で,当初から中一全員面接や学年によって心理テストや職業適性検査などが実施されていました。それらを全てカウンセラー室が集約していました。非常に先進的なシステムが整っている環境でした。その体験を通して,今まで学んできた伝統的な心理療法も重要ではあるが,それだけでは役に立たないということがわかってきました。

──むしろ現場から,必要な技法を発見し,それを学んでいったのですね。

たとえば,今でこそチーム内守秘義務の必要性が言われています。しかし,当時は,個人療法の守秘義務の考え方しか教えられていませんでした。教職員との連携などを行う際,心理職のリジッドな枠組みだけではうまくいかない現実に気づいていきました。それで,いろいろなことを新しく学んでいかなければいけないという気持ちになりました。大学院の修士論文は,スクールカウンセリングをテーマにしました。

画像3


4.ブリーフセラピーを学ぶ

そのような経験から,病院の中で専門的に思春期の治療をするよりも,スクールカウンセリングの領域で生徒のこころのケアをしたいと思うようになりました。思春期の患者さんの背景に家族や学校の存在が大変に大きいことも感じていました。その後,社会的にもスクールカウンセラーが求められる時代になっていきました。

今のようにインターネットもなく,資料を探すにも手間がかかり,英文の書籍を手に入れるだけで多くの日数がかかる時代でした。そんな中で,同期や先輩後輩がいろいろな心理臨床の分野に散らばり国際的な動向に明るい方々もいたので,そういう人たちからさまざまな情報が入ってきました。その中に家族療法,ブリーフセラピー,ナラティヴ・セラピーなど,大学では学んでいなかった発想や技法の情報がありました。そして,学校現場でよりよい活動をするために,それらが役立つように感じ,現場で活かせるように学びたいと考えるようになりました。

──そこからどのようにしてブリーフセラピーを本格的に学ぶようになったのですか?

スクールカウンセリングでは,経験からくる実感から,より効率がよく,効果性が高く,しかも原因にとらわれすぎず,悪者探しをしないような安全性も高いアプローチがよいと考えました。学校は直接治療を目的とした機関ではありません。私は,比較的若くして結婚して,早く子どもを持っていたので,無駄なく目標達成を目指す技法がよいとも考えました。それは,クライエントの人生の時間はセラピーのためにあるのではなく,望む生活を生きるためにあるという思いからでもあります。また,治療だけでなく,本人の持っている力をうまく引き出して,広い意味での成長とかケアを目標とするアプローチがよいと思うようになっていきました。それにもっとも近しいアプローチとして,ブリーフセラピーに興味をもったわけです。

当時,日本心理臨床学会は,新たに設立されて数年たち,多領域の事例検討が活発に行われていました。そこで,家族療法やブリーフセラピーの発表を聞き,その関係者と飲みに行って友達になり,また日本ブリーフサイコセラピー学会の人達と知り合いになりました。その中には,当時,日本ブリーフサイコセラピー学会の発起人の一人で事務局もやっていた東京大学の森俊夫先生もおられました。

──その後,黒沢先生は森先生と協力してブリーフセラピーのセミナーを開催したり,書籍を作ったりされるようになりました。これからブリーフセラピーを学びたいという人に,学習のポイントを教えていただければと思います。

私が役に立つと思っているのは,解決志向,つまりソリューション・フォーカストのブリーフセラピーです。どんなセラピーでも,通常は,理論と技法を学ぶことから始めることになると思います。その学びのプロセスにおいて,まず,従来のあたり前と思われる枠組みから一度自由になることです。“問題”は,見方や立場によって,さまざまに形作ることができるものです。一度,今まで学んださまざまな理論の色めがねを外して,唯一正しいというものはないという柔軟な発想で学ぶ姿勢が大切だと思います。どんな考え方や技法が,クライエントの力を引き出し役立つのか,その現場で多くの関係者を活かしうるのかという視点をもつことだと思います。

解決志向ブリーフセラピーについていえば,技法はシンプルで比較的学びやすいものだと思います。ですが,技法優位に決してならないことが大事です。創始者のスティーブ・ド・シェイザーも言っているように,『Simple is not easy』です。シンプルだからといって必ずしも容易ではありません。クライエントのニーズと,クライエントに対するジョイニング,承認,敬意が何をおいても重要です。クライエントに役に立たないと意味がありません。技法以前のスタンスとして,自分が何者であって,何のために臨床を行っているのかということを自覚し,また謙虚でないといけないと思います。

画像4


5.ブリーフセラピーの“技”を実践する土台

──ブリーフセラピーはかなり積極的に介入していくという印象があります。その前提として,クライエントを承認し,敬意を払ってジョイニングすることが必要ということですね。

それがないと,生意気かもしれませんが,「仏像掘って魂いれず」になります。たとえばスケーリングクエスチョンという質問は,1から10の間で,今はいくつかと問うもので,ある意味誰でもできるぐらい簡単な質問です。ただし,ここでは,望んでいる姿を10として問いますが,今の数値の高低で何かを評価するのではなく,その数までどうやって達したのかを問います。それにより,クライエントの努力や資源を扱い,数が1アップしたら何が違い,何から気づくかを質問して,スモールステップのゴールへのヒントをクライエントが得られるようにしていきます。このように,何を意図してそれを使い,クライエントが自分の中でどこに気づいて,セルフエンパワーにつなげられるのか,そのためにどのように質問を構成し展開するのかが重要です。クライエントへの承認や敬意,そしてジョイニングがないと上滑りになります。

──クライエントが本当にこの技法で良かったと思えるような土台を造ることですね。その土台を造る上でのポイントはどのようなことでしょうか?

ブリーフセラピーは,クライエントに対する信頼が,他のセラピーよりも高く,強いと思います。その人にお会いした時に,「この人自身が解決のエキスパートである」と思うことです。

──そのようなクライエントへの信頼は,クライエントの資源を信頼することにもつながるのでしょうか?

ブリーフセラピーの源流にミルトン・エリクソンがいると言われています。彼は,心理療法について「クライエントに足りないものを与えるのではなく,クライエントが持っていても使えていないものを引き出して,本人が向かっていきたい方向に使えるようにすること」と延べています。そのようなことが大事になると思います。

──共感やジョイニングなどの関係づくりは,クライエントの持っている資源を尊重するということと結びついて大切な技法となるという理解でよいでしょうか?

そうですね。特に解決志向のブリーフセラピーは,それをクライエントにいかに伝えられるかということで“技”が出来上がっているモデルではないかと思っています。「あなたは,あなたが望む方向にできる,やれる。その力に気づいていこう」ということに導かれている技法だと思います。

画像5


6.解決志向ブリーフセラピーの“技”を学ぶ

──ブリーフセラピーの場合,問題のアセスメントはどのような位置づけにあるのでしょうか?

ブリーフセラピーの中にもいろいろな流派があり,問題をどのように捉えるのかはそれぞれで異なっています。私はブリーフセラピーの中でも解決志向のアプローチをベースにしています。悪循環をどう断つかという問題志向のブリーフセラピーとはかなり違っています。解決志向は,問題にフォーカスしません。クライエントがどんなふうになっていきたいかに焦点を当てます。今後に向けて望んでいることや求めている未来を,問題を一回飛び越えて,未来の方から見ていきます。

普通は,現在から問題をみていきます。問題をアセスメントして,問題の内容を把握したうえで,このように介入するという考え方をします。これは,たとえば問題を壁に例えると,「壁が立ちはだかっているなら,その手ごわい壁はどのような特徴があるかをよく見極めて,どうすれば打ち砕けるかや穴を開けられるか,どんな方法や道具がいいか」と考えるものです。それに対して解決志向のブリーフセラピーでは,その壁を一回飛び越えて,向こう側から見ていきます。それがミラクルクエスチョンの「今晩奇跡が起こって,問題が解消していたら,明日の朝,何から気づくか? どんな一日になるか?」の構造になります。そこが,問題に焦点を当てて考える従来のアプローチと異なるところです。

──心理職は,伝統的に「クライエントの問題は何か」ということから始めます。アセスメントでは,周辺情報から始めて本質的情報を探っていくという発想となっています。問題の本質が見えてきて介入計画を立てるという作業となります。ところが,解決志向ブリーフセラピーでは,問題を飛び越えて違う視点から見るということを重視するわけですね。そうなってくると発想の転換が必要となりますね。そこがかなり難しいと思います。その発想の転換ができていないと“技”を使えないということになる。心理職には,発想を転換できる自由さや柔軟性が必要となりますね。そのような発想転換できる自由さや柔軟性は,どのように身につけていけばよいのでしょうか。

なぜ問題に焦点を当てるかというと,そこに因果律モデルがあるからです。伝統的な心理療法モデルでは,近代科学と同様に直線的因果律モデルが前提になっています。でも,それでうまくいかないこともたくさんあります。それで問題を潰して解決できるならばそれで頑張れば良いのです。しかし,たいていの心理的な問題や状況というのは,円環的な相互作用が縦横に複雑に絡みあっています。問題を真っ向から向き合って潰さないとその人がより良くなれないということではないと思います。

例えば,喧嘩をしていても,「なぜ意見が合わないのだ」,「どちらが正しいのだ」となって,相手の問題を見つけて,それを潰そうとすると喧嘩が深まっていきます。相手と別れたいとか,時間をかけてその問題を議論していくというならば,それでもよいでしょう。しかし,本当は別れたくないということではあるならば,仲良くしたいという方に着目してやっていくことは,日常生活でもやっています。ある意味で解決志向ブリーフセラピーは,コモンセンスセラピーではないかという方もいます。

──なるほど。専門家になればなるほど,因果律で原因を見つけることが専門性の高さであると考えがちですね。原因を見つけ,それを固定させる論理を作って武装して介入する。実はそれが,問題を定着させてしまうということはありますね。それとは逆転の発想ですね。

画像6


7.解決志向ブリーフセラピーの“技”を使いこなすために

この考えは,ブリーフセラピーの全体にあります。問題志向のブリーフセラピーにも「偽解決」という考え方はあります。解決をしようとすればするほど,その悪循環にはまるということです。そこではその悪循環をどう切るかという考え方が重要となります。解決志向ブリーフセラピーでは,問題のないところに解決の種があると考えます。

──また一つキーワードが出ました。「問題のないところに解決の種」というものの見方。

解決志向ブリーフセラピーは,もともと家族療法の問題のループをどうするかという考え方から入っていきました。その中で,たまたま「例外の発見」というのがありました。つまり問題ではない時に注目するのです。例えば,暴力で困っている時に,暴力が無くてマシな時があるのかに注目します。その時はどうしてマシだったのか,それはどこから来ているのかをみていきます。

解決志向ブリーフセラピーは,最初からモデルがあったわけではありません。問題がマシだったときや,起こらないで済んだ時に注目した場合,解決のカケラがいっぱい見つかって,そこからうまく回復や改善が作られていったということがありました。そのような経験から,モデルを創っていったのです。解決志向ブリーフセラピーでは,プラグマティズムの3つのルールがあります。「うまくいったことは続ける」,「一度でもうまくいったことはもう一度やってみる」,「うまくいってないことはなんでもいいから違うことをやってみる」です。このルールに従って,BFTC(Brief Family Therapy Center:短期家族療法センター)で行われている全てのセラピーを検証していったのです。ちなみにBFTCには,依存症,DV,虐待など,通常のセラピーではドロップアウトするような難治なクライエントや家族が多く訪れていました。

──検証とは,どのようにするのでしょうか?

検証の方法は,アンケートを取るとかではありません。たくさんのセラピストがマジックミラーの向こうで何が起こっているか見ていて,記録します。その時に肯定的な成果が確実に持続的に生じたセラピストとクライエントのやりとりは何かということを蓄積していきました。そこから生まれてきたのが,解決志向ブリーフセラピーです。

「例外の発見」もある種偶然な部分がありました。「ミラクルクエスチョン」も「私なんか奇跡でも起こらないとどうにもなんないよ」と言ったクライエントに対して創始者のひとりのインスー・キム・バーグが「もし今晩奇跡が起こって問題が解決したらどうなっているのか?  今と何が違っているのか?」と聞いたのです。そうしたら,難治だったクライエントが,初めて自分が本当にありたい姿について語ることができ,それが分岐点になり回復につながったということが起きました。そこから「ミラクルクエスチョン」の技法が産み出されたのです。全てクライエントとの対話の中からうまくいったものを見出し,その再現性を試したうえで洗練させ,理論化していったという経緯があります。

画像7


8.クライエントの資源を見出すアセスメントの“技”

──問題がある時に,悪い結果の原因に焦点を当て,そこだけ見ていると,クライエントだけでなく,セラピストもその問題の悪循環に入り込んでしまいます。そこから離れて,違う視点をもって問題を見直すことが必要ですね。その視点を持つために,「ミラクルクエスチョン」という“技”が必要となるわけですね。あるいは,たまたまうまく行った時に着目して,「これが問題だ」という思考から離れて違う事実や見方が得られると,新しい可能性やチャンスが見えてきますね。「見方を変える」,「違う可能性を見つけていく」ということが,資源を見つけるということにもなっていくのでしょうか?

「Seeing is Believing」,つまり「百聞は一見に如かず」という諺はあります。これは事実だとは思います。しかし,「Believing is Seeing」,つまり「信じていれば見えてくる」ということもあります。「この人にそんな力はない」と思って,その人の力を探る質問は出てきません。しかし,「この人には力があるに違いない」と信じていれば,その力を見出し,成長させる質問が出てきます。

──視点を変えることで,新しい可能性が見えてきますね。そして,それを実行していこうという動きも出てきます。

スティーブ・ド・シェイザーは,「問題が起こらなかった “例外”があっても,それについて尋ねられることがなければ人は答えない」と言っています。本人の中で「こういう例外もあった」「大変ななかでも,自分には使える力があった,対処することができた」と考えることできていれば,よい変化が起きてきます。しかし,本人の中で,「自分には使える力などない,良くなることはない」ということが固定化した絶対的思考になっている時に,どのように尋ねるかが“技”となります。「こういう考え方をやってみよう」とセラピスト側から心理教育的に示唆していくのではなく,本人の中から答えが湧いてくるように,全く違う角度から新しい思考に飛んでいけるように質問をする“技が”必要となります。
たとえば,「そんな大変ななかで,どうやって投げ出さずに,どのようにやり抜いたのですか?」だったり,「周囲のことがなにも変わらなくても,あなたがベストな1日を過ごしていることに,どんなことから気づきますか?」だったり,定番の質問技法以上の工夫をしていきます。そして,すでにある解決(リソースや例外)と,これから起こる解決(望むありたい姿)に焦点を合わせた治療的対話を続けるわけです。

──伝統的なアセスメントでは,「問題は何か」を探っていきます。しかし,同時にアセスメントで「新しい視点」や「例外の発見」,そして「解決につながる資源」を見いだしていくための情報を収集することが必要となりますね。クライエントの資源を信頼するアセスメントです。

それは,格好よくいうと「クライエントのリソースをアセスメントする」という発想です。「問題は何か」についてアセスメントをどの程度するかは,その心理職が仕事をしている領域によって異なっているとは思います。しかし,問題ばかりをアセスメントするのではなく,問題のアセスメントと同じくらい「解決に向けての資源」をアセスメントすることが不可欠だと思います。さらに言えば,クライエントの望んでいる姿や目標も,クライエントの解決に向けた資源であり,それをアセスメントすることも同様に重要です。

──最近は,アセスメントシートも単に問題や症状だけではなく,クライエントの資源を書く欄が出てきています。

クライエント自身がさっと答えられるような,既に気づいているものだけでなく,自身では見つけられていない,意識できていないところにある資源を探りだす“技”が重要です。それは,ダイヤモンド,金光石になります。そのためには,心理職が一歩先を見ていないと,適切な質問はできません。“技”には,そういうところがあります。それは,クライエントはどうなりたいのかを見据え,それに則った一歩先を見ることです。問題がなくなることではなく,問題の代わりにどうなっていたいか,何をしているかについて考えているという一歩先です。

画像8

(電子マガジン「臨床心理iNEXT」13号目次に戻る)

====
〈iNEXTは,臨床心理支援にたずわるすべての人を応援しています〉
Copyright(C)臨床心理iNEXT (https://cpnext.pro/

電子マガジン「臨床心理iNEXT」は,臨床心理職のための新しいサービス臨床心理iNEXTの広報誌です。
ご購読いただける方は,ぜひ会員になっていただけると嬉しいです。
会員の方にはメールマガジンをお送りします。

臨床心理マガジン iNEXT 第13号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.13


◇編集長・発行人:下山晴彦
◇編集サポート:株式会社 遠見書房

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?