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君に贈る火星の

宇宙飛行士を夫に持つということはお星様と結婚するようなものよ。
いかにもジェーンらしいジョークであった。
有人飛行の距離が伸長するに比例し夫の不在期間は増えていった。
地球だかどこの星だかの違いだけで会えないことに変わりはありませんから、とまるで人ごとのように微笑む。

だから夫が初の火星有人探査中に殉職した時にも全く乱れることはなかった。
毎夜お星様を見て夫とお話するのはこれまでもこれからも同じですよ、と逆に周りを気遣うほどであった。

激務の連続だったはずなのに夫は誕生祝いのメッセージを送ってくれた。
劣悪な通信環境の隙間を縫うようにして一つのメッセージと一枚の写真を送ってくれた。

メッセージは「おめでとう君に贈る火星の」で切れており、写真の方は完全にブラックアウトしていた。
彼女はその真っ黒の写真を後生大切にした。

ジェーンは毎日夜の訪れるのを待ち焦がれ天空を見上げたという。
星の名前を一つさえ知らなかったという。