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灰から生まれる藍色

1. 藍染めのスタートは良い灰を準備すること

 藍染めをするには、甕(かめ)に染液を満たす必要があり、染液を調整するために染料(すくも)と灰汁を用意する必要があります。良い色に染めたいなら、良いすくもと良い灰汁を準備することがとても大切です。
 良いすくもについては別の機会に触れようと思うのですが、今回は灰汁とその材料の灰についてのお話です。

 藍染め職人が「灰汁(あく)」と呼んでいる物は、灰を熱湯で撹拌して放置したのちにできた上澄み液のことを言います。灰を熱湯で混ぜただけのものに「良い」とか「悪い」とかあるのだろうかと不思議に思われるかもしれませんが、確実にあるのです。

 私が教わり、大切に守っている「良い灰汁」のポイントはシンプルです。
 無色透明で、ぬるぬるしている灰汁。こんな灰汁ができたら次の作業に進むことができますが、赤茶色くてあまりぬるぬるしていないものができてしまったら、その灰汁は放棄して再度作り直すことにしています。

 その良い灰汁を作るポイントは、やはり「良い灰」。
 どのような灰が良い灰かというと、水分がしっかり飛んでいて、燃え残りの炭が極力少ないものであること。そういう灰を、灰汁を作る直前に自分で調整するようにしています。

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 また、灰なら何を燃やしたものでも良いわけではなく、紙や草を燃やしたものは藍染めには向かず、木をできるだけ高温で焼いてできた灰が藍染めに適しています。


2. 古くから農業で重宝されてきた灰

 かつて日本では灰を売ることで生計を立てることができたそうです。
 それなりの財を築くことも可能だったようで、有名な戦国時代の武士の一人である織田信長のパトロンの一人は、灰屋さんだったという話も残るほどです。

 灰を何に使うのか。もちろん藍染めに使っていたはずではありますが、「農業」において、とても重要な役割を担っていました。
 肥料としてミネラル分を補い、虫よけとして作物に虫がわきやすい季節に少量の灰が土にすきこまれました。
 
 灰を土にすきこんだ後に雨が降り、水溶性成分のミネラル分が土に流れ出し、作物に働きかけてくれます。
 このミネラル分は微生物が活発に活動しやすい環境を整えるのに役立ち、その結果、病原菌を寄せ付けにくい健康な土を作ると考えられてきました。

 それではなぜ、藍染めの染液に良質の灰汁が必要か。
 それは、染め液の発酵を助ける菌が快適に過ごす事の出来る液体になるから。(発酵を助ける菌は嫌気性で、発酵する際に発生するガスが不溶性になっているインディゴ色素から酸素をはがし、水溶性に変えるための重要な働きを担っています。このメカニズムについてはまた別の機会に触れたいと思います。)

 良い灰汁は微生物の活動を助けてくれ、その結果、甕の寿命(染めることのできる期間を指します)を飛躍的に伸ばす事が可能になります。

 灰についてWikipediaの記述に目を通していただくと、「ただの燃えカス」ではないことがイメージしていただけると思います。ぜひご覧ください☆
Wikipedia:灰


3. 私が藍色を「彼岸の色」と呼ぶ理由 

 さて、ここからは私の私見というか個人的な印象の話になります。
 藍染めをしていると、灰と水がとても大きな役割を果たしていることを実感します。良い灰汁によって保たれている染液から引き揚げられた生地は、何度も水に洗われて澄んだ美しい藍色になっていくからです。

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 灰は命を終えて火で燃やし尽くされた後に残る物。だから死の象徴であると考えます。そして水は生命に欠かすことのできないものであることから、生の象徴であるとするなら…藍は生と死のはざまに生まれる色。
 つまりこの色は彼岸の色なのだなぁと、染めている最中に思うのです。
 
 そうして生まれた藍染めの生地は遠赤外線の働きを持ち、身に着けるとジンワリ温かく、身体の免疫力を保つ助けとなってくれます。彼岸の色は私たちに「共に生きよう」と言っている。そんな風に感じます。

 かつて私は「日本の藍色を守りたい」と、ここで書きました。
 でも実は、守られてきたのは私の方。私たちの先祖こそが藍に守られて生きてきた。だから藍は伝統の色となった。そして今、私たちがこうして生きることができている…きっとそうなんだろうなと思うこの頃です。

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