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サッカー構造戦記GOAT(ゲームモデル編) 第10話

第10話: ボールの出口を封鎖、40%、『弱み』


サッキは何かに気づき、ビデオを録画したままアンビのベンチへ猛ダッシュした。

サッキ「まさか…!」

回想1:サッキ 一番星高校の試合を現地でスカウティング
サッキはヤンキースの帽子を深くかぶり、紺色のパーカーにジーンズを合わせ、エアの入った黒のスニーカーを履いて一番星の試合を観戦していた。彼はA4の黄色いキャンパスノートに「一番星のシステムを4-4-2」と書き込んだ。

サッキM:(これで一番星の試合を見るのは3回目だけど、システムはいつも4-4-2だ。一番星の『強み』は〈ボールポゼッションからの前進〉。この強みをうちの攻撃的プレッシングで抑えられれば、勝つチャンスが出てくる。得点力が特別高いわけでもないし、個々の選手が特別優れているわけでもない。ただ…)

サッキは一番星高のベンチにいる仙石監督をじっと見つめた。

サッキM:(知将として知られる仙石監督は試合の状況に応じて戦略を立てる策士。どんな采配をするのか全く予測できない)
回想1終わり

※試合分析とスカウティングの違い:「試合分析」は、自チームの戦術やパフォーマンスを理解し、改善するために行われる。

一方、「スカウティング」は、次の試合での対戦相手を分析し、その『強み』や『弱み』を把握して戦略を立てるために行われる。また、新しい選手の発掘や移籍市場のための情報収集もスカウティングの一環である。


* * *


サッキ「レオン、相手はうちと同じ4-1-2-3の配置に変えてきた」

レオン「うん! FWだった10番が1ボランチの位置にいる!」

レオンM:(こんなに早く対応されるなんて….)

サッキ「前半、一番星の中盤は2枚だったのが、後半は3枚になって、うちの中盤と同数になった」

レオン「配置の噛み合わせが悪い、どうしても一番星のMFが1人余る!」


アンビのボール出しへの守備配置:ピンクの四角の中は3対3だが配置の噛み合わせが悪い。1ボランチの下山が下がった配置なので、左右OMF不老と紫のゾーンで2対3の数的不利の状況にされている。


サッキはリラックスしているヒューゴに声をかけた。

サッキ「ヒューゴ! すまないけど、ビデオの録画を頼む!」

ヒューゴ「なんで俺が?」

ヒューゴは試合を観ながら答えた。

サッキ「君は田丸が怪我しない限り試合に出ないからね。僕はレオンと解決策を考えるから、頼んだよ!」

ヒューゴ「うーん、わかったよ」
と言いながら、サッキの方を振り向き、疲れたサラリーマンのように重い腰を上げてビデオの録画に向かった。

一番星のゴールキーパー(GK)がゴールエリア近くでボールを足でキープしている。相手GKがボールを保持したときは、センターフォワード(CF)の武蔵がGKへプレッシャーをかけにいく役割になっている。

武蔵「俺が行くぞ!」

武蔵はやや不安な表情を浮かべつつ、相手1ボランチへのパスコースを消しながら、相手GKを右サイドに追い込むようにプレッシャーをかけた。

相手GKは武蔵を十分に引きつけてから、横にいる左センターバック(CB)へパス。右ウイング(WG)遠藤が素早く反応し、左サイドバック(SB)への外側のパスコースを消しながら、左CBに猛然とプレッシャーをかける。

しかし、武蔵がGKにプレッシャーをかけたことで、相手左CBから1ボランチへのパスコースが空いてしまった。

一番星の中盤には3人が配置されており、アンビのオフェンシブ・ミッドフィルダー(OMF)である不老と紫の2人では、どうしても相手の1人のMFがフリーになってしまう状況だった。

武蔵が叫ぶ。
武蔵「おい、不老! ボランチにしっかりつけ!」

だが、不老はすぐに答えた。
不老「いや、ダメだ!」

不老は紫と共に機転を利かせて、中間ポジションを取り、1人で2人の相手に対応しようとした。

しかし、相手の左CBから1ボランチへの強く正確なパスが通ると、不老はすぐにプレッシャーをかけたものの、その瞬間、左OMFがフリーになり、素早く1ボランチからボールを受けた。

不老はそのパススピードに追いつけず、アンビは一番星に〈ボール出し〉を許し、ゾーン1を突破され、いとも簡単にゾーン2へと侵入されてしまった。

つまり、一番星はアンビの〈ボール出しへの守備〉を攻略し、いわゆる「ボールの出口」を見つけたのだ。

さすがは知将・仙石。
古豪になったとはいえ、全国大会に何度も出場しているチームの実力が垣間見えた。


不老は左手の人差し指を立て、右手でピースサインを作って胸の前に掲げた。
不老「1対2の数的不利だ」

武蔵「どうする?」

不老「今はとにかくこのままプレーを続けよう」
不老は紫の方に視線を送った。紫も頷く。

不老は、アンビのベンチに視線を送り、レオンとアイコンタクトを取ると、一番星の1ボランチに入った10番を指差した。

サッキが冷静な声で言う。
サッキ「レオン、早く手を打たないと、手遅れになる」

レオン「うーん…..」
レオンは悩みながらも考えを巡らせる。

サッキはすぐに解決策を提案した。
サッキ「4-2-3-1の配置に変えて、紫をトップ下に。不老と下山でダブルボランチを組んで、相手の中盤3枚を1人ずつしっかりマークした方がいいと思う!」

レオン「待って…今考えてるから」

レオンM:(どうしよう…..一度落ち着かないと)

レオンは目を閉じ、空に向けて胸を広げて大きく息を吸い込んだ。一瞬、空気を身体に留めてから、大きく吐き出した。

レオンM:(4-2-3-1の守備配置に切り替えるか? でも、今週練習してきた4-1-2-3をここで捨てるなんて…)

レオンは考えがまとまらず、悩み続ける。

レオンM:(どうする…決断しなきゃ!ここは…)

レオンはグランドの選手たちに大きな声で言った。
レオン「今は、このまま続けて〜!」

レオンは決断できず、現状維持を選んだ。

武蔵「このままかよっ!」

不老は手を上げて答えた。

サッキ「今はまだ大丈夫に見えるけど、対策は予防が大事なんだ。失点してから解決策を提示しても、時すでに遅しにならないことを願うよ…」

サッキはそう言うと、少ししょんぼりした表情でビデオの録画に戻った。その姿を見つめながら、レオンは自分の決断に深く悩み、胸の奥で焦りと不安が渦巻いた。


ヒューゴが足取りも軽くベンチに戻ってきた。

ヒューゴ「レオン! 作戦はうまくいきそうか?」
と、軽い調子で尋ねた。

レオンは少しムッとして、冷たい視線をヒューゴに向けた。
レオン「ヒューゴも選手なんだから、試合状況を見てどうしたらいいか考えなよ。『俺は知りません』って顔でベンチにいないで!」

ヒューゴ「何怒ってんだよ!? イライラしてたら、上手くいくものもいかないぞ!」

レオン「わかってる。そんなこと!」

レオンはなぜか、ヒューゴには自分の気持ちを素直に話せた。けれど、解決策を決断できない焦りと不安がレオンの心に重くのしかかっていた。


この危機を感じ取った右CBの優牙の顔が引き締まった。

優牙「後半は仕事増えるから、気合い入れていくぞ!」
と、優牙はDF陣に向けて力強く声を上げた。

左CBの中村はすぐに応じた。
中村「OK!」

優雅はさらに声を張り上げて、左右のSBの青田と秋葉に向けた。
優牙「青田、秋葉! 声聞こえねえぞぉ!」

青田と秋葉は慌てて応答した。

青田「OKだ!」

秋葉「おう!」

GKの田丸は試合中に声を出さないことが多いが、優牙は強い口調で声をかけた。 優牙「田丸! DF陣への指示頼むぞ! お前が一番試合の状況が見えてるんだからなぁ!」

田丸は大きな声で答えた。

田丸「OK! 優牙」

一番星は、アンビのDFラインの背後にあるスペースを突くため、意図的にボールをGKに戻した。これによってアンビのDFラインを押し上げさせ、〈ボール出しへの守備〉を行わせた。

一番星はその中盤での噛み合わせの優位性を活かし、彼らの『強み』である〈ボールポゼッションからの前進〉を用いて攻撃を展開してきたのだ。


N:アンビがもっと成熟したチームであれば、相手の誘いに乗らず、ハーフラインで待ち構え、ゾーン2から守備をする方法もあっただろう。しかし、今週練習してきたことを発揮したいと思うばかりに、そんな考えは彼らの頭になかった。レオンの頭にも。


江川は戦況をじっと見つめていたが、その状況に似つかわしくない笑顔で、レオンに話しかけた。

江川「なんか、相手の術中にハマってないか?」

レオンは内心で気にしていたことを指摘されたため、少しイライラしながら答えた。
レオン「.....今週練習したことを、試合で出したいんです!」

江川はグランドを見つめ、少し考え込んでから穏やかに話しだした。

江川「練習したことを出そうとするのはいいが、サッカーは相手がいるスポーツだからなぁ。もし、自分たちのサッカーが通用しないと感じたら….何か解決策を考える必要があると思うぞ」

レオン「.....はい」

レオンはその言葉を受け、葛藤しながらも、なかなか決断を下せずにいた。


江川とレオンの会話を聞いていた雪が、真剣な表情でレオンに話しかけた。

雪「その解決策、失敗してもいいんじゃないか!」

レオン「えっ?」

雪「たとえ、それが失敗したとしても、行動した事実が大事なんだからよ。解決策が成功でも失敗でも、チームは成長していくと思うぜ!」

レオン「そうかぁ!」

レオンは雪の言葉を受け、心の中にあった分厚いグレーの雲が少しずつ晴れていくのを感じた。

レオンM:(私…試合前に散々、高宮や遠藤にミスを恐れるなって言ってたのに、自分がミスを恐れて行動できなくなっていた)

レオン「雪、ありがとう!」


その瞬間、一番星がアンビの左サイドを突破し、センタリングからCFがヘッディングでゴールを決めた。グランドが歓喜の渦に包まれ、観客たちの歓声が響き渡った。

優牙は天を仰ぎ、怒りと悔しさを込めて中村に声を張り上げた。
優牙「だから、マークを外すなって言っただろっ!」

中村は顔を曇らせ、申し訳なさそうに返答した。
中村「ごめん。ボールに釣られて、相手が俺の後ろに入ったのを見逃しちゃった」

優牙は一瞬、苛立ちを隠せなかったが、すぐに気を取り直し、肩を叩いて中村を励ました。

優牙「もういいよ。次、頑張ろうぜ!」

中村は優牙の言葉に反応し、やる気を取り戻した。

中村「うん、次は絶対に抑えるよ」


アンビ 1対1  一番星

不老は下山が肩で息をしているのを見て、レオンに伝える。
不老「レオン! 下山がかなり疲れてる!」

レオン「了解!」

レオンは返事をしつつ、一瞬で、心がジェットコースターのように爆速で浮き上がり、そして落ちていくのを感じた。

レオンM:(遅かったぁ! 私が決断できなかったばかりに。でも、落ち込んでる場合じゃない。次の手を早く打たないと、逆転されてしまう!)

レオンはすぐにアップをしている選手たちに視線を走らせた。

レオン「蒼介! 行くよ」

蒼介「お、俺!」
蒼介はビクッとして、一瞬驚いた顔をした。まさか自分が出るとは思っていなかったみたいに。

レオン「早く準備して! 尻込みでもしてるの!」
レオンは緊迫した口調で蒼介を急かした。

蒼介「そんなはずねえだろ! この俺だそ!」
と蒼介は胸を張った。

ミューラー「やってこいよ!」
ミューラーがストレッチをしながら、蒼介を励ます。

蒼介M:(キタ、キタ、キタ、やっと俺の出番が。しかも同点じゃねえかよ。緊迫した痺れる展開だ)

レオンはユニフォームを着た蒼介に、大きなホワイトボードを使って説明を始めた。

レオン「蒼介、〈ボール出しへの守備〉の時は4-2-3-1にするから」

蒼介は驚きつつ聞き返す。

蒼介「それって、前のシステムに戻すってことか!?」

レオンは少し考え込んだような表情をしながらも、しっかりと答えた。

レオン「そういうことになる。蒼介は不老とダブルボランチを組んで、蒼介が左、不老が右。紫はトップ下、彼らに伝えて!」

蒼介は短く応じた。

蒼介「OK!」

レオンは、少し微笑みながら蒼介を励ました。
レオン「得意の激しいプレッシングで相手をやっつけてね!」

蒼介はレオンの笑顔に勇気をもらい、はにかんだ表情を浮かべながらも、すぐに試合へと気持ちを切り替えた。

蒼介は下山と交代で1ボランチに入った。



レオンはストップウォッチを見た。19分を経過したところだった。

レオン「あっ!」

レオンM:(私….試合に夢中になっていて時間のことを忘れていた…..失点したのは後半….16分だ)


回想2:6月にしては珍しく雨の降る放課後 第二職員室 レオンとベップの会話

ベップはいつも通り、窓側のグレーの机に座っていた。レオンは、自分の教室から椅子を持ってきて、ベップのデスクの横に座るようになっていた。

ベップ「次に、選手のパフォーマンスが落ちる時間について考えましょう!」

レオン「それって人によって違うんじゃないですか?」

ベップ「もちろん、個人差はありますが、ある程度の目安というものがあります」

レオン「目安…ですか?」

ベップ「そうです。サッカーの試合では、前半35分と後半60分を過ぎると、選手のパフォーマンスが40%低下するというデータがあります」

レオン「40%も…」

ベップ「そうなんです。特に後半15分を過ぎたあたりで交代が多い理由の一つが、このパフォーマンスの低下なんです」
回想2終わり

レオンに落ち込んでいる暇はなかった。

すぐにグランドに目を移し、次に誰を交代させるか考えた。

レオンM:(最も疲労している選手は.....冷静になって考えよう。最も疲労が蓄積されやすいポジションは….WGだ。高宮と遠藤の2人! 同点に追いつかれた今、試合にもう一度スイッチを入れるには、この2人しかいない!)

レオンはウォームアップをしている選手たちの方に振り向き、すぐに声を発した。

レオン「ミューラー! 丸間! 行くよ!」

ミューラー「よーし! 出番だぁ!」

丸間「ついに来たぞ!」

初めての公式戦出場に、2人は興奮を隠しきれず、喜びいっぱいで緊張感は皆無のように見えた。

ユニフォームを着た2人にレオンは話しかけた。
レオン「2人が切り札だからね。大丈夫だよね?」

ミューラー「OK! まかしとけって!」

丸間「余裕っしょ! ゴール決めるから見てろって!」

レオン「ほんと!? 頼むよ。〈ボール出しへの守備〉の変更点もわかってるよね?」

ミューラー「ああ、SBにボールが入ったら、WGが〈プレスバック〉してプレッシャーをかけりゃいいんだろ!」

丸間「よーし! いくぞ〜!」

自信に満ち溢れる2人の姿に、期待感と一抹の不安を感じながらレオンはグランドに向かう2人の背中を見守った。

* * *

※プレスバック:自分よりも自陣ゴールに近い位置にいる相手ボール保持者に対して、自陣へ戻りながらプレッシャーをかけること。
ボールを取り戻しにいく「プレス(press)」と、戻ることを意味する「バック(back)が合わさった造語である。

* * *

後半23分 高宮と遠藤が交代し、ミューラーが右WG、丸間が左WGに入った。

グランドに入るや否や、2人はすぐに縦横無尽に駆け出した。

レオンM:(なんか不安だなぁ....この2人。気合いは十分だけど… でも、これが最後の切り札。頑張ってもらわないと)

江川「おおっ 威勢のいいのが入ってきたぞぉ!」

江川は大きな笑顔で、期待のこもった声で話したが、それとは裏腹な質問をレオンに投げかけた。

江川「レオン、あの2人、この緊迫した試合にうまく入っていけそうか?」

レオンは自信なさげに答えた。

レオン「2人が切り札です。でも、ちょっと...」 とレオンの声は尻すぼんだ。


そんなレオンの不安をよそに2人の新しいWGが入ったことで、アンビの攻撃は一気に活性化した。

ゾーン2のハーフライン付近で、蒼介が激しいプレッシングでボールを取り戻すと、すぐに近くの不老にパスを送った。

不老が顔を上げると、ミューラーと丸間は持ち前のスピードで相手DFラインの背後に飛び出した。その動きとシンクロするように、武蔵はWGとは逆の方向へ動いた。その動きに相手CBは引きつけられた。

N:武蔵は、2人のWGが相手DFラインの背後でボールを受けるスペースを作るために、足下でボールを受ける動きを見せながら不老に近づいていった。これは、囮となるための巧妙な動きである。アンビは武蔵を含め、高速3トップを形成し、破壊力のある攻撃を展開する体制を整えた。しかし、その効果がどれほど発揮されるかは、まだ未知数だ…。

不老は、右WGのミューラーが走り込む右斜め前方にカーブを描いた美しいスルーパスを送り込んだ。

ミューラーは、前方へ飛び出した勢いそのままに、スピードを殺さずパスをコントロールし、得意のドリブルで相手を置き去りにして、ペナルティエリアの右角から「ポケット」へと侵入した。

武蔵の動きを一瞬視野に捉えたミューラーは、迷いなく速いグランダーのセンタリングを武蔵へと送った。

武蔵はゴール前中央にいたが、瞬時に反応し、ニアサイドへと斜めに走り込んだ。相手CBの一歩先を行き、ボールに合わせて渾身のシュートを放った!


※ポケット:ポケットとは、相手DFラインの背後にあり、相手選手の視野外になりやすい場所のことを指す。このエリアは、DFが最終ラインを維持しながらボールとマークの両方を同時に見なければならないため、背後にあるポケットはマークが外れやすい特徴がある。また、GKにとってもゴールから少し離れているため守りにくいエリアである。


武蔵が蹴ったボールはゴール左隅に向かい、相手GKがセービングしてギリギリで指先に触れたが、そのままゴールポストに当たった。

勢いを失ったボールは、丸間の目の前に転がってきた。相手GKはまだグラウンドに倒れたままで、ゴールはガラ空きだ。

丸間はそのボールを右足のインステップキックで強烈にシュート。しかし、ボールは大きくゴールバーを超えてしまった。

丸間「あああ、外したっ!」

丸間は飛んで行ったボールを見て、頭を抱えた。

武蔵「おいっ! 決めろ!」
苛立ちを隠せない武蔵が、怒りを込めて丸間に怒鳴った。

丸間は武蔵の顔を見られなかった。

レオン「惜しいっ!」
ガッツポーズをした両腕が、力なく振り下ろされた。

レオンM:(……でも、あんなに大ぶりで力いっぱい蹴る必要あったかなぁ。GKが横になってたんだから、インサイドキックでコースを狙えば簡単に入ったのに。でも、これでチームに勢いがついてきた!)

気落ちして、一気に暗い表情になった丸間に、不老が声をかけた。
不老「丸間! 次だ、次!」

紫もすかさず続ける。
紫「ドンマイ!  俺より先にシュート決めさせねえよ」
と、挑発的に舌を出して見せた。

ミューラーは高笑いしながら、
ミューラー「お前はまだまだだなぁ!」
と挑発するように言った。

丸間は試合の緊張感を身を持って実感し、急に弱気な態度を見せた。
丸間「紫〜! パスくれよ! 次は絶対に決めるから〜」
丸間はそう言うと、視線は下に落ちていた。

紫は丸間の呼びかけを無視するかのように、無言で〈ボール出しへの守備〉配置に着いた。

その瞬間、不老が普段とは異なり、大声で丸間とミューラーに指示を出した。

不老「丸間、ミューラー、今すぐ〈ボール出しへの守備〉配置につけ! 急げ!」

ミューラー「おっと、いっけね〜、すいませーん」
相手ゴールライン付近を歩いていたミューラーは慌てて走り出し、急いで配置に着いた。

丸間「わかりました」
と答えたものの、シュートを外したショックで足が重くなり、前に進むのがやっとのようだった。


丸間が配置についた直後、一番星のGKはゴールキックのボールをゴールエリア中央から(アンビ側の視点で)左サイドへと移動させ、ボールから離れてゴールキックの準備を整えた。

レオン「….!?」

レオンは相手GKの動きを注意深く見守った。

レオンM:(これは....!? どんなゴールキックするんだろ?)

一番星の右CBがボール近づき、GKに横パスを出した。

ミューラー「これ、俺が行けばいいの!?」

戸惑いながらミューラーが声を上げた。

不老は混乱するミューラーに冷静な口調で指示を出した。
不老「いや、武蔵がGKにプレッシャーをかけろ! 中盤の人数は足りてるから、落ち着いてプレーしろ!」



N:前半、一番星のゴールキックはGKからスタートしていたため、ボールがどちらのCBに渡るかは一目瞭然で、アンビの両WGは迷うことなくプレッシャーをかけることができた。

しかし、ゴールキックがCBから始まると、ボールがGKに渡り、その結果、プレッシャーをかけるのはCFの役割となる。この変化により、CFの武蔵はGKの近くに位置するため、ボールを受けたCBから相手ボランチへのパスコースを消すのが難しくなる。

一方、アンビも配置を変え、結果として一番星の中盤の3人はアンビの中盤の3人にしっかりとマークされている状況となっていた。

レオンM:(ゴールキックからの〈ボール出し〉にこんなやり方があるのか!? さすが知将・仙石だ…。武蔵、ミューラー、丸間がうまく対応できるか…)


武蔵はGKを右サイドへ追い込むようにして、L字の動きでプレッシャーをかけた。

レオンM:(だけど大丈夫、これはハマる!)

GKは中盤の3人がアンビのMF3人に厳しくマークされているのを見て、左CBにパスを出した。

そこに待ってましたとばかりにミューラーが俊足を飛ばし、左CBに猛烈なプレッシャーをかけたが….

左CBは冷静に、最も容易く左SBへパスを通した。

ミューラーは驚きと戸惑いの表情を浮かべ、
ミューラー「あれ!? ….なんで!?」
とその場に立ち尽くした。

不老「ボールを早く追え!」
不老が怒声を発し、緊迫した空気が一層張り詰めた。

ミューラーは言葉もなく、ただ呆然とその場に固まった。

レオンは肩を落とし、怒りと焦りが入り混じった。
レオン「L字の動きが浅い! 左SBへのパスコースを消せてないんだ! あんなに練習したのに、なんでっ!」
と叫んだ。

しかし、プレーは止まることなく続いていた。

ボールを受けた一番星の左SBは、このチャンスを逃さず、コンドゥクシオンで前方のスペースに向かって積極的に進んでいった。

一方、アンビの右SB秋葉はハーフタイムのミーティングで確認した通り、左SBにはプレッシャーをかけず、そのままDFラインに留まった。DFラインの4人は揃って後退し、背後のスペースを消すために動き出した。

すると、一番星の左SBはコンドゥクシオンの方向を変え、秋葉の方へと前進してきた。秋葉は、自分の右サイドにいる相手左サイドハーフ(SH)を視界に入れつつ、パスが左SHに渡った際にはすぐにプレッシャーをかける準備を整えていた。

しかし、相手左SBが自分の方へと迫ってくるにつれて、秋葉の動きに迷いが生じた。相手左SBが自分の間合いに入ったのを見計らい、秋葉は意を決して左SHのマークを捨て、前進してくる左SBに対してプレッシャーをかけに行った。


優牙は全力で叫んだ。
優牙「行くなぁああああ!!」
その声が届くのが一瞬遅かった。

相手左SBは、この瞬間を予測していたかのように、フリーになった左SHの前方にスルーパスを出した。

フリーでボールを受けた左SHは、アンビのゴールに向かって全速力でコンドゥクシオンを開始した。秋葉は必死に後ろから追いかけたが、その差を埋めることはできなかった。


右CBの優牙は、フリーで前進してくる相手左SHにすぐにプレッシャーをかけるのを避け、残りの2人のDFとともに慎重にペナルティエリア手前まで後退した。

優牙M:(今は焦るな…。前に出るのは、相手がシュート体勢に入るか、ペナルティエリアに入ってくる瞬間だ。ここは我慢…)

相手左SHが(アンビ側から見て)ペナルティエリア右角に入りかかる瞬間、

優牙「そいつのマーク頼む!」

中村「OK!」

優牙は自分がマークしていた相手CFのマークを、もう1人の左CB中村に託し、一気に右へと飛び出し、全力で左SHにプレッシャーをかけに行った。

その動きを素早く察知した相手左SHは、GKとDFラインの間を狙い、鋭いグランダーのアーリークロスを放った。

ボールはゴールエリアとペナルティスポットの間のスペースに向かって、入り込んできた。

優牙M:(くそっ!)

優牙は右足を必死に伸ばしたが、そのボールには届かなかった。

相手CFのマークを受け渡された中村だが、相手CFが素早くボールに反応し、前のスペースを確保されたため、対応が遅れた。

一番星のCFはニアサイドに向かって全力で走り込み、ボールの方向に身体を投げ出した。中村も必死に身体を投げ出し、スライディングで右足を伸ばしてクリアを試みた。

しかし、相手CFが一瞬早く、右足のインサイドでシュートを放った。低く、強烈な弾道のボールがゴールのニアサイドへと一直線に飛んだ。

GK田丸はその動きに反応することができず、一歩も動けなかった。 ボールはGK田丸の右横を凄まじい勢いで通過し、ゴールネットを激しく揺らした。

一番星のゴラッソ!


自陣ゴールキックから、アンビの選手が一度もボールに触れることなく決まった完璧なゴールだった。

その瞬間、グランドは静寂に包まれた。

すぐに、一番星の選手たちは抱き合って、喜びを爆発させ、観客も歓喜の声を上げた。

一番星の『強み』である〈ボールポゼッションからの前進〉で、ゴールを決められてしまった。

仙石は冷静な表情を崩さず、椅子に座って何事もなかったかのようにグランドを見つめていた。その姿には名将としての冷静さと自信が滲み出ており、彼の戦略家としての凄みが感じられた。



N:このように、〈ボール出しへの守備〉は諸刃の剣である。1人のプレッシャーのかけ方のミスや遅れが、相手に決定的なチャンス与えてしまうのだ。

そして、失点する時は、ミスが一つではなく、連続して次々と起こる。その一つ一つの誤りが積み重なり、失点へとつながっていくのだ。


アンビ 1対2 一番星

一番星の選手たちが喜びを爆発させ、抱き合う姿を見て、レオンの胸の中に湧き上がる焦りと無力感が、彼女の思考をかき乱した。

レオンはベンチに力なく落ちるように座り込んだが、すぐに現実に引き戻される。

ストップウォッチを見ると、

残り時間は15分。

刻一刻と迫る試合の終了への時間は進んでいた。

レオンはアップしている交代選手を見渡したが、もうこの状況を打開できる選手は見当たらなかった。 焦りの中で、相手ベンチに目を向けると、

一番星の監督・仙石はベンチからゆっくりと立ち上がり、選手に何か指示を与えた。


アンビのキックオフ!

アンビがDFラインでボールを回し始めた。
優牙は驚きと混乱の表情を浮かべながら呟いた。

優牙「あれ、おかしいなぁ プレッシングに来ないの!?」

一番星の選手たちが、さっきまであれほど前からプレッシャーをかけていたのに、今は全く前に出てこない。CFはハーフラインにとどまり、DFラインはその25メートルくらい後ろに位置している。

つまり、DFラインの背後はGKが即座にカバーできる状態で、アンビが利用できるスペースは皆無に等しい。

仙石は、アンビの『弱み』である〈ボールポゼッションができない〉という点を見事に突いてきた。同時に、DFラインの背後にスペースを作らず、アンビの足の速い3トップ(武蔵、ミューラー、丸間)の『強み』を完全に封じ込めたのだ。

さらに、アンビがボールを保持しているということは、〈カウンターアタック〉を仕掛ける機会が失われることを意味していた。リアクションサッカーが得意のアンビとしてはすべての武器を奪われた格好となった。

武蔵が苛立ちを露わにし、大声で優牙に指示を出した。
武蔵「前に、大きく蹴れ!」

優牙は頭を振りながら答える。
優牙「無理、無理!」

不老がDFラインに落ちてきて、ボールを受けると、
不老「優牙! パスでリズムを作ろう!」
と冷静に言った。

不老はDFラインに入り、自陣でパスを回し始めた。しかし、驚くべきことに、一番星の選手たちは誰も追ってこない。無人のスペースでボールが往きかう中、アンビの選手たちは焦りを覚えた。

紫は相手のMFラインとDFラインの間の狭いスペースで孤立し、彼の顔には諦めの色が浮かび始めていた。

優牙も焦りとイラつきが募り、大声で叫んだ。
優牙「不老! パス!」

不老からパスを受けた優牙は、すぐさまCFの武蔵に向けて浮き球のロングボールを蹴った。しかし、武蔵は屈強な相手CB二人に挟まれ、ボールを受けることができず、ジャンプヘッドで大きく跳ね返された。

跳ね返ったボールを拾ったのは、後半からボランチにポジションを変えた一番星の10番だった。彼は瞬時にアンビの『弱み』を突く鋭い〈カウンターアタック〉を仕掛けた。

一番星のCFが優牙の背後を取り、10番からのパスを受けてアンビのゴールに迫る。GK田丸と1対1の状況になったが、田丸がなんとかシュートをブロックした。

そのボールを拾ったのは左SBの青田だった。

優牙の脚は止まり、完全に集中力を欠いていた。アンビがやりたかったことを、一番星に逆にやられてしまったのだ。


後半途中から入った、蒼介はハードマークで頑張ったがそれ以外、効果的なプレーはできず、ミューラーと丸間は失点してからは、急にプレーが消極的になり、試合から消えてしまった。

紫も同様に、動きは活力を失い、相手のプレッシャーの中で沈黙するばかりだった。

試合の残り15分間は、アンビにとって、そしてレオンにとって地獄のような、いつ終わるとも知れない長い時間だった。

試合終了のホイッスルが鳴るその瞬間まで、アンビの選手たちは集中力を失い、全身から力が抜けていくのがわかる。

レオンはベンチに座り込み、ただひたすらに残り時間を見つめ続ける。 試合の流れが逆転しないことを痛感し、彼女の心は深い絶望に包まれていた。

スコアは動かず。

札幌アンビシャス高校 1 対 2 一番星高校


試合結果だけを見ればアンビ惨敗のゲーム!

試合が終わると、一番星の選手たちは確実に勝利をつかんだ喜びを冷静に表現していた。ピッチ上には、勝者と敗者の明確な差が浮かび上がっていた。

チームの成熟度、洗練された試合運び、そして監督の卓越した戦略と指導力が、ゲームの展開に如実に反映されていた。

アンビの選手たちが疲れ果てた表情でグランドを後にし、レオンはその姿を見守るしかなく、選手たちにかける言葉がなかった。

アンビの選手たちには深い沈黙が広がっていた。

レオンは今までにないほどの落ち込みを見せ、選手たちはどこを見ても力なく、敗北の痛みがチーム全体に深く染み渡っていた。

その中で一人だけ、異なる光景があった。江川先生は、明るい笑顔を浮かべ、一番星のベンチへ向かって歩み寄った。

穏やかな表情で仙石監督と握手を交わし、互いの健闘を称え合っていた。その姿は、試合の結果に関わらず、スポーツマンシップと尊敬の気持ちがいかに大切かを静かに物語っていた。






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