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サッカー構造戦記GOAT(ゲームモデル編) 第5話

第5話:バー当て10本勝負、練習試合、勝利の可能性


レオン「はい、神童レオンです。よろしくお願いします」

雪「….」

雪は鋭い視線をレオンから逸らして江川の方へ向かい、猫撫で声で話しかけた。

雪「江川〜! なんであんなの入れたの? 俺だけでマネージャー十分じゃな〜い?」

江川「雪、お前とは違う役割だ。レオンはコーチ!」

浮かない顔の雪はレオンの方を睨みつけながら低い声で

雪「あの子、そんなに優秀なの?」

江川「そうだ。やっと見つけた」

雪「ああ、そう!」

雪はレオンの方へ向かって歩き、彼女の横を通り過ぎるかと思った瞬間、立ち止まった。

雪「あんたさぁ U15日本代表だったんだろ」

レオン「はい。一応…」

雪「不老とゴールのバー当て10本勝負してみな? 勝ったら認めてやるよ。負けたらお前を部員として認めない」

雪は後ろにいる江川の方に視線を向けた。

江川「ったく、ああ、好きにやれ! レオン! お前の実力を見せてやれ!」

雪はレオンの眼前に立ち

雪「明日の練習前に勝負だ。いいな」

レオン「はい。よろしくお願いします」

雪はそういうと髪をなびかせて足早に去った。その姿を目で追っていたレオンは、ふと気がついたように江川の方に振り向いた。

レオン「江川先生…. 私…..1年以上ボールを蹴っていません」

江川「そうなの!? まあ大丈夫だ。ははは。視聴教室の鍵を閉めておいてくれ」

江川はそう言うと立ち去った。

レオン「どうしよう。私、勝てるかな!?」

レオンは視聴覚教室を施錠して職員室に鍵を戻すまでの間、歩きながら隣にいるサッキに尋ねた。

サッキ「やってみたらわかることだよ。勝敗にこだわるより、一本一本集中して蹴ること」

レオン「サッキって、達観してるのか、冷たいのかわからないけど、そうだね。一本一本集中するよ」

その日の夕食後、近くの公園でブランコの鉄柱をゴールバーに見立て何本かボールを蹴ってみた。

近くの家の窓が開いた。白髪の短髪、顔にシワが刻み込まれたお爺さんがレオンを見る。

お爺さん「この公園でボールを蹴るのは禁止だぞ! ちゃんと入る前に看板を見ろ!」

レオン「はい、すいません」

家に帰ってベッドに寝そべり天井を見る。

レオンM:(まあ、なるようにしかならないか。お風呂に入って寝よう)



バー当て10本勝負! 放課後のグランドにて、雲一つない夏の青空:

不老「まったく! 雪、こんなことはしなくていいよ。もうレオンは部員だ!」

雪「俺はまだあいつを部員として認めてない! 不老! 絶対手抜くじゃねえぞ!」

不老「わかったよ、….やるにはやるけど、レオン、始めようか!」

ジャージに着替えて、スパイクを履いたレオンは振り向いた。レオンは久しぶりに戦闘モードになっていた。

雪がレオンと不老の間に立ち

雪「コイントスで先行を決める。ルールはペナルティエリアの外から蹴る10本勝負。一つでも多くボールをバーに当てた方の勝ち。同点の場合はサドンデス。外した方が負け。いいな!」

グランドにサッカー部員が勢ぞろいし、他の部活の生徒もいる。教室から覗く生徒も。

ベップは第二職員室から見ている。江川先生はまだ到着していなかった。

雪が、コインの表が不老、裏がレオンと決めて500円玉を上に放り投げ、左の手の平で受け、右手を覆いかぶせた。雪は不老とレオンを見てから、右手を左手からゆっくり離した。

コインは表だった。

雪「どっちにする?」

不老「先行にするよ」

不老はレオンに歩み寄って、レオンと握手をした。

不老「よろしく!」

それを見た雪はフンッという顔をした。

レオンは、不老の目を見て「よろしくお願いします」と答えた。

その時、不老は自分が少し圧倒されるのを感じた。
レオンから闘気のような迫力を感じ取ったのだ。

不老はボールをペナルティエリア手前に起き、軽やかな短い助走からボールを蹴った。ふわっとボールは浮き上がり、バーに当たった。

部員「おお、1本目から決めたぞ! さすがキャプテン」

観衆「きゃー」

レオンは静かにボールを置いた。
一度、目をつむり、心を落ち着かせて、短い助走からボールを蹴った。しかし、ボールはゴールバーに届かず、ゴールネットを柔らかく揺らした。

部員「あれ! もう勝負ついたんじゃね。レオン、不老はほとんど外さないよ。お前の負けだぞ!」

雪はフッと微笑みを浮かべ

雪M:(こんなもんか)

不老は集中して2本目を決めた。

あとがないレオンだったが、動じていなかった。彼女は外したことで逆に集中力が高まった。

レオンM:(この感覚、懐かしい。よし!)

レオンは自分を強く信じた。

レオンの2本目は、美しい放物線を描きバーに命中。

部員「おお、当てたぞ!」

雪「まぐれ!」

ここから、不老とレオンは一つもミスをせず、8本目まできた。
しかし、不老が蹴ったボールは、ギリギリバーを超えた。

部員「ああ、惜しい。外したか〜」

レオンは、何事もなかったようにボールを置き、冷静に当てた。

部員「おお、すげえ〜 レオン! やっぱりあいつU15日本代表の実力あるよ」

雪「チッ まだ勝負はついてねえよ〜」

レオンと不老は10本目まで互いに外すことはなく….

雪「ここからサドンデス!」

どちらも14本目まで決め、15本目に不老が外した。
不老は悔しがって空を見上げ、左手で顔を覆った。

レオンは不老が外したことに喜ぶことなくゴールバーを見据えて集中力を高めていた。

周りにいる生徒たちの視線がレオンに集まる。
彼女は一定のリズムの短い助走からボールを蹴った。

「バーンッ」

バーに勢いよく当たったボールは、宙を舞い、レオンのところに戻ってきた。

レオンはとっさにボールに反応し、身体をしなやかに反転させオーバーヘッドキックでボールをゴールに突き刺した。

みんな呆気にとられていた。

江川は教官室から、この光景を見ていた。

グラウンドは一瞬、静まり返った。

そして突如!
部員「わー! すっげえ! レオンのシュート見たか? あれキャプテン翼じゃねえか。あいつやっぱり凄いわ! レオンの勝ちだぁ!」

雪は呆気にとられてグランドに膝から崩れ落ちた。

不老は、拍手をしながら、レオンに近づき「参ったよ。俺の負けだ。また今度勝負しよう」

レオン「こちらこそ、理人のお陰で、昔のサッカーの感覚が戻ってきました。
改めて、これからよろしくお願いします」




7月10日(日)練習試合 vs 北栄B 9:00 アンビシャス学園校グランド 晴れ:

北栄の選手が揃ってグランドに現れ、アップを開始。
女子高生がグランド横のフェンス越しに黄色い声援を送る。

ファン「きゃーっ! 青翔(せいしょう)!」

蒼介「なんだ? この黄色い声援は!?」

ミューラー「ああっ! Bチームになんであいつがいるんだよ」

アップをしているなかに1年生ながら、北栄のレギュラーを取った青翔大輝がいた。彼はジュニアユース時代、札幌FAで紫と一緒だった。U17日本代表にも入っているプロ注目の逸材。

蒼介「サッカー上手かったら、あんないっぱいファンが来るんだなぁ。ミューラー、今日の試合頑張るぞ!」

ミューラー「ああ、なんか知らねえけど燃えてきたぜ!」

紫は顔を上げて、青翔を見た。

回想1:2014年5月 札幌FA時代の試合 五月晴れ
紫と青翔は2年生チームで抜群の2トップ、北海道では敵なしだった。
だが、紫は身体が小さくて、次第に身体能力で上回る同級生が試合に出るようになり控えに。

中3になると、紫は全く試合に出してもらえない。ある日、チームでダッシュをすると、紫はビリだった。まだ紫の体は小さく、他の選手と比べると見劣りした。

監督「お前は足が遅い。だから試合に出られない」

紫は足が遅いと言うことがトラウマとなり、創造性豊かなプレーは影を潜めた。
回想1終わり


青翔も紫に気がつき、小走りで紫の方へ。

青翔「よう! 紫、元気か?」

紫「おう! 大輝、お前はトップチームじゃなかったのか?」

青翔「まあ、いつもはそうなんだけど、たまには下のチームと一緒にプレーしろって監督がな….」

紫「逆に、プレーしづらいんじゃないか?」

青翔「うん。実際、Bでプレーをすると感覚が鈍る。なんて言うかスピード感が違うんだよなぁ。紫はこっちで試合に出られるようになったか? 俺たち昔いいコンビだったし、俺はお前の実力を知ってる。今日対戦できたらいいなぁ」

青翔は、背が高く、サッカーのエリートでどこにも屈折したところがない竹を割ったような性格、加えて女の子がハッとするような美少年だった。

紫「ああ、おそらく2試合目には出場すると思う」

雪「チッ、あれが青翔大輝か! かっこつけやがって! そしてなんだ。フェンスにいる女子高生は!」

レオンもそちらの方を見た。

グランド脇にある櫓の上でカメラをセットしているのはサッキ。彼は夏だが水色の長袖プルオーバーパーカーにカーキ色のサファリハットを被り、サングラスをかけている。

サッキも青翔に気がつき紫と青翔が話しているのを眺めていた。

優牙もアップを止めてびっくりしたように青翔を見る。

優牙「なんで? 今日はBチームのはずだろ? くそっ あいつ超モテんじゃん!」

雪は眉間にシワを寄せ腕組みをした。

優牙「雪、紫は青翔と知り合いなのか?」

雪「同じクラブだったらしいぜ!」

優牙「はあ、そうなの。それなら青翔がアンビに入学するように勧誘したら良かったのになぁ」

雪「バカかお前、あいつがアンビに来るかよ。U17日本代表だぞ!」

優牙「そんなにすごいのか、あいつ。まあ、今日は俺が止めてやるよ」

雪「楽しみだな。頼むぞ!」

優牙はアップに戻った。

レオンM:(なんで紫も北栄に行かなかったのだろう!?)

レオンは今週の練習を見て紫の才能を見抜いていた。

試合開始15分前に北栄監督の北嶋がどこからともなく現れる。
北栄の選手は、皆、大きく低い声で挨拶。 

「ウイッス!」


10:00 キックオフ 35分×4セット(2試合):

試合前のミーティング。

選手たちは左胸にエンジでambitious(アンビシャス)の文字が入った、目の覚めるようなターコイスブルーのユニフォームに身を包み、江川先生の周りに小さな円になって集まった。

江川「相手が北栄だからといって、変に気張ってやる必要はないぞ。恐れる必要もない。ミーティングで決めた〈縦に速い攻撃型〉のプレースタイルを念頭に置いてプレーしたらいいんだ」

サッカー部員「はい!」


今週は月曜日のミーティングで〈プレースタイル〉は決まったが、〈ゲームモデル〉の詳細はほとんど決まっていなかったので、この北栄Bとの試合を分析して、来週からの〈ゲームモデル〉作りに活かすことになっていた。


江川「この部が目指すのは〈エンジョイサッカー〉! 
勝つときはつまらなくとも、負けるときは楽しくだ!」

不老が円陣で声を出す。
不老「この一瞬を楽しもう!」

部員「おう! よし、いくぞ!」

レオンは江川が言った〈エンジョイサッカー〉の意味が理解できなかった。

レオンM:(エンジョイサッカー!? この一瞬を楽しもう!? どう言うこと!? 試合は勝つためにするんじゃないの!?)

レオンにとって江川や不老の発言は新鮮な驚きだった。

中学時代の監督、上倉とは真逆の発想であり、当然、レオンにもその価値観はなかった。試合は絶対に勝たなければならないもので、楽しいという感覚は試合中に持ったことがなかったからだ。

上倉はよくエンジョイサッカーをバカにした。
回想2:2014年6月の試合 東京都内のグランド 午前中、曇り
相手チームの監督:「試合を楽しめ! エンジョイしよう。もっと自由にプレーするんだ!」

上倉はその言葉を鼻で笑った。
レオンはその試合、ベンチに座っていた。

上倉「何が楽しめ、エンジョイだ。そんなんだがら、あのチームはいつまで経っても勝てない。いいか! サッカーは厳しい指導、苦しい練習を乗り越えて、チーム一丸となって勝つためにプレーするんだ。エンジョイサッカー!? 自由!? お笑いぐさだ」
回想2終わり

レオンM:(そう言えば、この前、ベップが「サッカーに自由があると思いますか?」って、…..あの時…..サッカーには自由があると思ったけど 。楽しむことと自由はなんかこう近いところにあるように感じるけど….でも、試合には絶対勝たないと….)

レオンは、それ以上、このことについて考えることができなかった。

試合開始のホイッスル。
アンビのキックオフ。レオンは立って、選手を鼓動した。

レオン「最初の5分集中! 入りが大事!」

試合開始から5分ほどして、レオンはベンチに座っている雪を見た。

江川先生はどっかとベンチに座り戦況を見つめている。

雪はベンチに座り携帯を触っていた。ミーティングの次の日に部室で話して以来、雪とはほとんど口を聞いていなかった。

回想3:ミーティングの次の日、放課後の練習、部室にて、少し蒸し暑い
部室は入って向かい壁の上部に横長の窓があり、その窓から陽光が入り室内を照らすので、電気をつけなくても日中はそこまで暗くはない。

椅子は部室の壁に沿って「コの字型」に並べてあった。
雪は部室で陽光が当たらない椅子に座って携帯を触っていた。

レオン「雪先輩って呼んでいいですか?」

雪「…」

雪はレオンを無視して携帯をみてケラケラ笑っている。
レオンはムッとした表情をしたが、笑顔で、そしてもう少し大きな声で

レオン「雪さん、って呼んでいいですか?」

雪「…」

レオンは苦笑しながら

「じゃあ、雪さんと呼びますね。マネージャーの仕事を教えてください」

雪は携帯を触りながら、ぶっきらぼうに

「雪でいい、江川が言っただろ、この部に上下関係はないって。ああー、それとマネージャーの仕事はない」

レオン「ない!?」

雪は携帯を椅子の上に置いて部室内を歩き始めた。

雪「強いて言えば選手にサッカーの練習や試合で、何が必要かを考えさせて、自らの意志で動けるように管理すること! 練習で怪我したら保健室、試合では部と契約しているトレーナーを雇っているから、マネージャーのすることはない」

レオン「ビブスを洗濯したり、水を準備したり、部室の掃除や用具の管理、ボール拾いなどはしなくていいと、いうことですか?」

雪はレオンを睨みつけ、声を張り上げた。

雪「あたり前だろ! 選手が全部、自分らで考えればできることだろ。選手を甘やかしたらダメだ! お前はコーチに集中しろ!」

レオンは目を丸くして返事をした。

レオン「はい!」

雪は一呼吸置いて、遠い目をした。

雪「俺は、将来、ゼネラルマネージャーになりたいんだ。今は江川と協力して、どうしたらサッカー部を強くできるかを考えている。レオンやサッキをスカウトしたのもその一つだ」

レオン「えっそうなんですか? 雪さんが…」

雪はレオンにムッとした視線を送る。

レオン「あ、ごめんなさい。雪」

雪「俺が、コーチや試合分析ができる生徒を欲しいと言って、江川が入学願書を見たり、一年の担任に生徒のデータを見せてもらったりして探した。まさか女が来るとはな」

雪はレオンに向き直りキリッとした目で見た。

雪「不老にバー当てで勝ったからって、俺はまだお前を信頼していないからな。お前がどれだけのものか見させてもらう。江川が言うほどの価値があるのか」

レオン「わかりました。信頼されるように頑張ります」

雪はレオンが話し終わらないうちに部室を出たが、思い出したように振り返った。

雪「サッカー部の誰とも付き合うなよ。ほとんどマネージャーになりたいって入る女は男目当てだ。そう言う女は、部員と付き合うとマネージャーとしての役割が疎かになる、別れると辞める」

レオン「そうなんですか!?」

雪「俺はそう言う女が大嫌いだ。純粋にサッカーが好きな奴に入ってもらいたい。…ただそれだけだ」

雪はそう言うとグランドに出た。

レオンは目を輝かせて「はい!」

と返事をし、雪のことが、少しわかったような気がした。
回想3終わり

ただそれから今まで、レオンが話しかけても雪は無視をした。レオンはベンチに座って、携帯を触っている雪に思い切って話しかけた。

レオン「雪、監督が言ったエンジョイサッカーってなんですか?」

雪は一呼吸置いてから、グランドを見つめながら答えた。

雪「ああ、それは江川が決めたサッカー部のスローガンだ。どんな逆境でも試合を楽しめってことだろう」

レオン「楽しんでたら、試合に勝てないと思うのですけど?」

雪「まあな、楽しい試合ばかりじゃないからな。だけどよ。サッカーてそもそもプレーするのが楽しいスポーツなんじゃねえのか!」

レオンはハッとした。何か大切なことを言われた気がしたが、そのときのレオンの価値観がそれを押しつぶした。

レオン「そうですかぁ」

雪「お前も中学までサッカーしてたんだろ!? 楽しくなかったか?」

レオン「楽しいとは感じませんでした。試合に勝った瞬間は嬉しいと思うこともありましたが、勝っても監督の説教があるので。勝たなければ次はないというギリギリの戦いでしたし、全国行くために猛練習して…..」

レオンを急に上倉のフラッシュバックが襲い、彼女は目を閉じて固まった。
それが過ぎ去ると...

雪「お前、大丈夫か!」

レオン「ありがとうございます。大丈夫です。雪は携帯で何をしているのですか?」

雪が盛んに携帯を触っているので、レオンは気になっていた。

雪「これか、まあ、スコアブックのアプリみたいなものだ。シュート数や何やらを数えるのに使っている」

レオン「雪、かっこいい! 以外にマネージャーらしいことしているのですね」


雪「おお、だが、もう必要ないかなぁ」

レオン「どうしてですか?」

雪は櫓を指差した。

雪「あいつが試合分析してるから、もうこれは今日で終わりだ。あと最近は分析ソフトも進化してるだろ。AIがあらゆるデータを数値化するさ」

レオン「….でも、データって、サッカーにはあまり必要ない気が….」

雪「おっと!? レオン、お前….」

雪はレオンに笑みを見せると、視線を試合に戻してつぶやく。

雪「俺はアメリカの大学に行く!」

レオン「アメリカですか?」

雪「そう。スタンフォード大学院でMBAを取ろうと思っている。ゼネラルマネージャーになるのに必要だと思うからな」

レオン「雪って、外見に似合わず真っ当でかっこいい人なんですね」

雪「気がついたか!」

雪は頬を少し赤らめた。レオンは、そんな雪を見て笑顔になった。と同時に自分が将来について何も考えていないことに少しばかりショックを受けた。

レオンも試合に視線を戻した。
試合は予想通り、北栄がボールを保持して、青翔が優牙をドリブルで抜いて2得点。

アンビは時折、素早いカウンターアタックを見せるが、〈守備への切り替え〉が速い北栄に封じられる。

前半は0対2で折り返す。
レオンは試合中に選手だったときの感覚が戻るのを感じた。


ハーフタイム:
優牙が顔を手で覆ってベンチに戻ってくる。

優牙「ああ、ちくしょう!」

優牙はどかっとベンチに腰を下ろす。

不老「優牙、1対1が強い奴に、飛び込むから簡単に抜かれるんだ。カバーを待て!」

優牙「くそっ! 今まであんな簡単に抜かれたことなかったのによ!」

武蔵「そうだっけ! 俺には練習でやられてるじゃん!?」

優牙「うるせえ!」

その後、不老を中心にみんなで円になって座り意見を出しあう。

不老「レオン、君の意見を聞きたい!」

レオンは少しあたふたしたが思ったことをズバリと言った。

レオン「今週練習した〈守備への切り替え〉ですが、ボールを失った瞬間〈プレッシング〉に行くのは誰ですか? これはキーファクターです!」

優牙「ボールを失った選手だろ!?」

レオン「違います!」

武蔵「ボールを失った瞬間、ボールに最も近い選手だ! バカ!」

優牙「それだ!」

レオン「それが徹底されていません。武蔵はキーファクターを知っているけど、実践できなければ意味がない! 〈プレッシング〉を実行して!」

武蔵「チッ!」

レオン「優牙は、プレッシングでボールを取り返しているけど、しっかりキーファクターを覚えて!」

優牙「はーい! 厳しい!」

レオン「それと…〈攻撃への切り替え〉ですが、相手のプレッシングが速くて〈カウンターアタック〉の起点となるCFの武蔵に縦パスが入っていません」

不老「そうなんだ。Bとはいえ、さすが北栄だ。かと言って、〈攻撃の再構築〉は後ろの選手でボールを回すのが練習でもやっとだった。北栄には通用しない。前に蹴るので精一杯だ」

一瞬、静まり返った雰囲気になったが、武蔵が冷静に話し出した。

武蔵「適当に前のスペースに蹴ってくれ! 俺がシュートまで持っていく!」

不老「そうだな。武蔵の脚なら行けるか」

レオン「カウンターアタックはそれで行きましょう」

レオンM:(武蔵はそういうけど、〈カウンターアタック)で、武蔵にパスが入らない時の選択肢を考える必要があるなぁ。〈攻撃の再構築〉は練習あるのみだ)

回想4
レオンはベップに言われたことを思い出した。
ベップ「練習してすぐにできるとは思わないように。選手が無意識にできるようにならないと本物ではありません。それにはある程度の時間が必要なんです」
回想4終わり

レオンはもう一つ気になったことをみんなに話した。

レオン「次は〈組織的守備〉について!」

優牙「まだあんの?」

レオン「はい、あります」

不老「みんな聞こう!」

レオン「北栄は4-4-2システムで、攻撃時は4-2-4のようになって、こちらは4-2-3-1の〈組織的守備〉。うちのDFラインと相手FWラインが数的同数で1対1の状況になっています」

アンビ組織的守備配置:4-2-3-1

部員「うん、うん」
部員はレオンの話を真剣に聞いている。

レオン「相手の方が個人能力が上だと思うので、DFラインでは数的優位を確保するという原則を〈ゲームモデル〉に導入したらどうでしょうか?」

優牙「俺が抜かれても失点しない作戦か? 5バック!?」

武蔵「かっこいいこと言うじゃねえか? 俺らは今までこれで戦ってきたんだ」

レオン「でも、実際...」

不老「武蔵! 待て、レオンの言うことにも一理ある。レオン、どうしたら良いと思う?」

レオン「はい、ボランチの下山を両CBの間に入れて5バックを形成し、5-4-1の配置はどうでしょう? 左SB青田と右SB秋葉はそれぞれ上がってきた北栄のサイドハーフを監視、3人のCBの1人は青翔を注意深くマーク。その役目は優牙が良いと思います。下山は優牙のカバーを重点的にだけど、左CB中村のカバーも忘れないで!」

武蔵「システムを練習もせずに変えろってか? 不老、こいつの言うこと本気で信じるのか?」


※システムと配置(フォーメーション)の違い
システム:4-2-3-1システムを例にすると、この配置からどのように組織的守備を行うか、その「構造や動き方」のこと。
配置:配置は4-2-3-1の選手それぞれの「位置」のこと。


不老「俺は信じる。やってみよう。守備的な配置になるけど、どのみち北栄にボールを持たれている」

そこで、櫓から下りてきたサッキが口を挟む。
サッキはベンチにある作戦ボードを持ち出して説明し始めた。

サッキ「アンビの守備時にWGの位置が高くて、ダブルボランチとWGの間に大きなスペースができています。それで…北栄のダブルボランチからサイドハーフへのパスコースが空いて、そのスペースを使われて、北栄のサイドハーフに簡単にパスが渡っています」

武蔵「仕様がねえだろ、これが俺らの配置なんだからよ」

サッキ「そうは言っても、対策しないと更に失点します」

武蔵「なんだと?」

不老「武蔵! まずはしっかり最後まで話を聞け!」

武蔵「チッ」

サッキ「….対策は、今、レオンが言った5-4-1システムにして、中盤をラインにします。両WGの高宮と遠藤、トップ下の不老、ボランチの工藤の4人でラインをつくり、浮き球以外のパスを北栄の4FWに簡単に入れさせないでください。そうすると、北栄のシュートチャンスはかなり減ると思います」

アンビ組織的守備配置:5-4-1に変更


不老「なるほどぉ….良い考えだと思う。これでやってみよう。みんな!」

サッキ「1トップの武蔵は、相手の両CBにプレッシャーをかけてサイドへ追い込む。SBにボールが入ったら、ボランチとCBの間にポジションをとって簡単にサイドチェンジをさせないでください」

CF武蔵の守備の役割1
CF武蔵の守備の役割2

武蔵「俺が1人で2人のCBをマーク!? いつもは不老と2人でプレスにいってたんだぞ。プレスが効かなくなって、北栄を自由にすることになるぞ!」

サッキ「サッカーのシステムに万能なものはありません。ただ北栄には効果があると思います」

武蔵「くそ! 俺の守備の役割が多すぎだ。これじゃ、〈カウンターアタック〉の体力が残らねぇ」

武蔵は、大きな声で吐き捨てるように言った。サッキがそれに反応した。

サッキ「ですが、このままだと後半もさらに失点します。相手が強いときは全員で守備を頑張らないと。これは常識です」

武蔵「常識!?」

武蔵はベンチから立ち上がり、サッキに詰め寄った。サッキはビクともしなかった。武蔵はサッキに顔を近づけて、

武蔵「大したこと言うじゃねえか! わかったよ。やってやるよ。でもな、もしそれで上手くいかなかったら、てめえら2人の言うことは聞かないからな!」

武蔵はそう言うと勢いよくグランドへ出て行った。

不老「サッキごめんな。武蔵にも困ったものだ。よし、後半は頭から5-4-1で行くぞ! やってみようじゃないか! みんな!」

部員「おう! やろうぜ!」

不老「レオン、後半も指示よろしく!」

そう言うと、不老はグランドへ駆けて行った。江川はただそれを笑顔で見ていた。

雪はレオンに近寄り

雪「これでお前とサッキの力が試されるな!」

レオン「どうですかね。サッカーはナマモノなので、上手くいくといいのですが….」

サッキは何事もなかったように、櫓に上がりビデオを撮り始めた。

ベップは、第二職員室から試合を見ていた。

試合は後半、立ち上がりから、北栄にボールを支配され自陣ゴール前に釘付けにされたが、優牙が青翔をマークし、CBに入った下山が優牙をカバーしたことで、優牙が抜かれても何とか防ぐことができた。

優牙も、むやみに青翔のドリブルに飛び込まなくなったので、青翔のリズミカルで素早いドリブルに食らいついていくことができた。

一進一退の攻防が続き、アンビにチャンスが到来した。

自陣ペナルティエリア前中央でボールを取り戻した不老が、すぐさま右前方のスペースへボールを蹴る。自陣センターサークル内にいた武蔵はそのボールに北栄のCBより一瞬速く反応し追いついた。

北栄CBの1人が武蔵を背後からマークし、もう1人のCBがカバーに入った。武蔵はタッチライン際で1対2の数的不利の状況だ。

武蔵は北栄CBの2人に前を向くことができないと思わせるため、スピードを一度緩めた。
北栄のCB2人もスピードを落とした隙に、強引に前方へターンをして後ろからマークしていた北栄のCBを振り切り、相手ゴールへ一直線に爆発的なスピードでドリブルを開始。

カバーに入っていたもう一人の北栄のCBが武蔵に追いすがる。

雪「おおお! 出た。武蔵の高速ドリブル!」

レオン「速い!」

武蔵は北栄のゴールへ真っ直ぐにスピードに乗ったドリブルで突進。左横から追いかける北栄のCBを抜き去ろうとする。

北栄CB「抜かせねえ~」

武蔵は右ペナルティエリア手前角まで侵入し、ポケットへ一気にドリブルで突き進んだ。

※ポケット:ペナルティエリア内の、ゴールエリア脇(外側)のエリアのこと。このエリアは、GKもDFも守りづらいエリアであり、このエリアを取ることが現代サッカーの攻撃の定石となっている。


北栄のカバーに入ったCBがスライディングタックルを武蔵に仕掛ける。武蔵はかまわずドリブル。北栄CBの足はボールに触れなかったが武蔵の身体のバランスを崩した。

武蔵が前につんのめりそうになりながら、何とか右足がゴールラインの白線上にあったボールに追いつき、スライディングタックルを仕掛けた北栄CBを抜き去った。

レオン「これ、決まる!」

武蔵が右足でボールを内側へ切り返し、左足で角度のないところからゴール左隅へ弾丸シュート。北栄のGKは手を伸ばしてセービングしたが届かない。

決まったと思った瞬間、ボールは左フォアのゴールポストを直撃。

武蔵「あああぁ!」
武蔵はシュートが決まらず声を荒げた。

雪「ああ、入ったと思ったんだけどなぁ! くそ!」
雪は両手で頭を抱えた。

レオンもガッツポーズをした手を力なく下ろし、
レオン「惜しかったぁ でも、武蔵は凄いスピード!」

レオンM:(武蔵はかなり凄いCFだ。期待できる!)

不老「武蔵、次、次」

優牙「北栄からの推薦を断っただけある!」

武蔵「うるせえ! 黙ってろ!」

回想5:武蔵
中学3年生の武蔵はサッカーの試合の帰り、通りかかった電気屋のTVの前で立ち止まる。

TVアナウンサー「北栄30回目の夏の甲子園大会出場! 北栄の1年生エース斎藤啓司が見事完封です!」

武蔵は笑みを浮かべ
武蔵「すげぇ~」

自宅で、
武蔵「ただいま~」

父「おい、見たか決勝! 啓司が甲子園だぞ!」

武蔵「俺試合あったから、帰りに…」

父「なんだ、見てないのか。武蔵、お前も少しは兄を見習えよ!」

武蔵「….」

武蔵は階段を登り啓司の部屋の前で

武蔵「おめでとう! やったじゃん」

啓司「ありがとう。夢が叶ったよ。武蔵、お前も北栄に入って全国目指せよ」

武蔵「…ああ、考えとくよ」

武蔵M:(俺は、いつも啓司のあとを追いかけてきた、啓司は、優しくて頼りになる兄だった。だから啓司のことが大好きだった。でも…)

武蔵8歳の頃:
啓司「武蔵! リトルリーグ入れよ! 楽しいぞ!」

プレミアリーグをTVで見ていた武蔵は啓司の方に振り向く
武蔵「俺、サッカーがしたいんだ」

啓司「そうかぁ」

武蔵M:(あの時から、啓司は俺の中でライバルだった。いや、一歳違いの兄と比較されたくなかったのかもしれない。北栄に行かないのは逃げか!? 違う。俺は、俺の道を行きたい)

中学生の頃:
中学時代、俺は優れた兄と親や周りの先生から比較され荒れた。先生に反抗して、タバコも吸った。それでも勉強だけは何故かまあまあできた。小学校3年から始めたサッカーだけが俺の生きがいだった。サッカーをしているときだけ、何も考えずに夢中になれた。俺はサッカーでプロになりたいとかの夢はなくて、ただ、目の前の試合で得点して勝ちたかった。

俺は素行不良で、トレセンに推薦してもらえなかった。顧問に楯突いたから当然だ。だけど…俺は自分のプレーに自信があった。そんなとき、不老の中学と中体連の全市大会で対戦した。

試合はボロ負けした。悔しさはなかった。こんな上手い奴が札幌にいるのかと驚愕したからだ。

中学3年時の冬。サッカー部員A「武蔵! 聞いたか、不老がアンビに行くってよ。あいつバカだよ。北海道選抜だろ。なんでコンサや強豪校じゃなくてアンビなんだよ。しかも北栄の隣にある高校だぞ。不老も終わったな。あいつはプロになると思ったんだけどなぁ」

武蔵M:(不老が!? あいつと一緒にサッカーがしたい)

俺は北嶋監督から推薦で北栄高校に入らないかと誘われていた。

父「なんで断ったんだ。武蔵!」

武蔵「…..アンビに行きたいんだ」

父「ああ、武蔵はダメだ! 北栄に行けばプロの道もあったかもしれないのに。アンビに行きたいだ。ただの進学校じゃないか。サッカーではなんの実績もない。啓司は甲子園ベスト8だぞ」

母「あなた、そこまで言わなくても。……武蔵、本当にいいの!?」

武蔵「ああ、俺はアンビに行く」

回想5終わり


北栄監督の北嶋は、あわや失点という場面に激怒した。
北嶋「おい、何をやってるんだ。お前ら!」

それを見た雪はニヤリと笑い

雪「見ろ! レオン、北嶋キレてるぞ!」

レオン「ホントですね。名門チームの監督なら怒るでしょうね! この展開は」

レオンの冷めた態度に雪は首を傾げ
雪「お前、中学時代大変だったのか!?」

レオン「….思い出したくありません。ただ激怒する監督は今まで何回も見てきました」

雪「ふーん」

北島は北栄CBの2人に激昂する。
北嶋「なんで1人相手に2人が抜かれるんだ。集中を高めろ。この試合はお前らの評価の場じゃないのか!? やる気がないなから、帰れ! 明日からお前ら2人は3軍に行くのか!?」

北栄CB2人「はい、すいません」

後半最初の15分はアンビの5-4-1が機能し、無失点に北栄を抑えていた。

不老がまた自陣ペナルティエリア前でボールを取り戻した。武蔵へのパスコースがなく、スペースへボールを蹴るにも不老にプレッシャーをかける選手がうまくスペースへのパスコースを消していたので、不老はドリブルを開始。

不老のドリブルは、武蔵とは違い、力が入っていないというか、スムーズに前へと進む。右足でボールを蹴る大きなフェイントで相手を左側から華麗に抜き去り、左サイドをドリブルで駆け上がる。

レオンM:(私のドリブルに似てる!)

雪「ホント優雅なドリブル! 不老ってさぁ、速く見えないんだけど、足にローラースケートでも付いているのかっていうくらいスムーズにドリブルするんだよ」

レオン「そうなんですね。理人は練習と試合では全然プレーが違う」

北栄CB2人が中央の武蔵に引きつけられたので、左前方に大きなスペースができた。

不老はさらにスピードを上げ、ハーフラインを一気に超え、ペナルティエリア左手前まで侵入。たまらず北栄のCBの1人が武蔵のマークを外して、不老にプレッシャーかける。

不老はプレッシャーをかけにきた北栄CBの股下を抜いて突破。しかし、北栄のSBが不老に追いついた。

不老は左脚の大きな切り返しのフェイントで北栄のSB を突破、GKの位置を見て、右足でループシュート! GKは予想していなかったのか、一歩も動くことができない。ボールは美しいカーブを描き、ゆっくりとゴールネットを揺らす。

一瞬、時が止まったように誰もがシュートに見とれていた。

雪「やったぁ。見たかレオン! これが不老の実力だ!」

レオン「凄い! ゴラッソですね!」

江川「不老らしいシュートだ!」
江川先生もにんまりしていた。

アンビ1対2北栄


青翔M:(これが不老かぁ。俺も負けてられない)

青翔は不老がボールを持って戻ってきたときに声をかけた。

青翔「さすが!」

不老は笑顔で返した。

不老と青翔は違うチームとはいえ、互いに通じるものがあるようだった。純粋に互いが切磋琢磨するライバル関係のようなものが感じられた。

雪「北嶋が立ち上がったぞ! イライラしている」

北島はタッチラインまで前に出て冷静に指示を飛ばした。

北嶋「相手DFラインが下がっているだろ! サイドを攻略してどんどんセンタリングを上げろ! 相手に息する暇を与えるな!」

北栄のパス回しが更に速くなり、ゴール前に高さのある選手を揃え、サイドをドリブルで切り裂きセンタリングという、なりふり構わない攻撃を展開してきた。

アンビのDFラインはズルズルとさらに下がり、MFラインはDFラインを助けるために、DFラインに吸収されるようになり、ペナルティエリア前に大きなスペースを北栄に与えた。

青翔はこのスペースを逃さず、ペナルティエリア前にできたスペースでボールを受けて、ミドルシュートをアンビのゴールに突き刺す。

アンビのDFラインが下がり、ペナルティエリア前中央にスペースができ、そのスペースで青翔がボールを受ける。

アンビ1対3北栄


アンビは基本ゾーンディフェンスなので、青翔が落ちてアンビのMFラインより前に移動すると優牙はマークをしない。それで青翔がフリーでボールを受けることができた。

優牙「あれ、俺がマークした方がいいの!?」

優牙がベンチを見る。

レオン「いや、優牙! 自分のゾーンを守って! 理人! 青翔が中盤に落ちたら、彼にシュートを打たせないで! よく彼を監視して!」

不老「OK!」

レオンM:(本当は、北栄がバックパスをした時に素早くアンビのDFラインを押し上げることができれば、ミドルシュートは防げる。でもDFラインの押し上げはタイミングを合わせないと、後半は北栄にボールを支配されてかなりアンビの選手は消耗している。難しいか!?)

レオンがそう考えている間に、青翔がペナルティエリア前でまたボールを受ける。不老がすかさずプレッシャーをかけるために前へ出る。北栄のボランチは青翔が中盤に落ちるスペースを空けるために、FWの位置へ移動していた。

青翔は強引に不老を抜きにかかりペナルティエリアへ侵入。不老がスライディングタックルで不老のドリブルを止めたが、ボールではなく、足にスライディンをしてしまい、審判が笛を鳴らす。

レオン「PKかぁ~!」

PKを青翔が決めた。

アンビ1対4北栄

これで気落ちしたアンビは集中力を欠き、北栄の猛攻に耐えきれず失点。

アンビ1対5北栄

ここで試合終了の笛がなる。

試合後、呆然とする選手。怒りをぶちまける選手。武蔵はレオンとサッキにかみついた。

武蔵「わかっただろ! お前らの机上の空論では上手くいかないんだ。サッカーは生きてんだよ」

不老「武蔵、お前の言うこともわかるが、俺たちは〈ゲームモデル〉を持つと決めた。新しいことに取り組んで、成果を出すには時間がかかる。練習して、試合して、修正して、その繰り返しだ」

レオン「確かに、今日は失敗のゲームでしたが、これは練習試合です。公式戦で勝つための練習と考えれば良いと思います」

レオンは冷静に話をした。

武蔵「ああ、そうかい! だけどなぁ いつものやり方でやったほうが後半もっと得点できたかも知れねえなぁ!」

傍観していた江川が、急に話し出した。

江川「公式戦! 選手権大会に結果を出せばいいじゃないか? それまでは練習だ」

武蔵「ですが、監督!」

レオンはハッと何かを思いつき、突然大きな声で話した。

レオン「選手権大会の全道大会出場を今年のチーム目標にするのはどうですか? …..もし、負けたら私とサッキは退部します!」

部員「それ行っちゃったかぁ!」

武蔵「全道大会出場!?  退部!? 上等じゃねえか、わかった。やるよ。お前らの言うこと聞いてやるよ。その代わり負けた場合は、2人とも….退部しろよ」

レオン「そうと決まれば皆さん覚悟してください。明日から猛練習をします!」

優牙「月曜日は、練習休みだから火曜日からね」

サッキもヤグラから降りてきて話を聞いていた。

不老「レオン、サッキ、これは大変なことになったぞ。選手権は3年生最後の大会だ。アンビの3年は引退したからね。うちは2年生チームなんだ。新人戦で全道を狙った方が良いと思うけど?」

レオン「えっ! そ、そうなんですか?」

レオンは熱くなるところがあった。
江川が椅子から立ち上がった。

江川「これで良い。そうしよう。これで俄然面白くなってきた。それでいいか!? みんな!?」

部員「はい! 選手権全道行くぞ!」

なぜかチームはまとまった。

レオンは急に大きなプレッシャーを背負い込むことになり、成り行きでサッキまで巻き込んでしまった。

レオン「サッキ、大変なことになった。ごめん!」

サッキ「気にしないで、プレーするのは選手だ。相手もいることだし、すべてがいつも上手くいくわけがないけど、良い戦略を立てて、自分たちの〈ゲームモデル〉を明確にしたら、勝つ可能性は大きくなる」

レオン「本当にそう思う?」

サッキ「間違いないよ」

北栄Bと2試合目 アンビは1年生主体:
もう1試合、北栄と試合をした。アンビは1年生らが中心のメンバー。リフティングマンの坂木は2年生だったが、こちらの試合に出場した。

北栄も最初の試合に出場しなかった選手で構成されていた。青翔はプレーしなかったので、紫との対戦はなかった。彼らはすぐに荷物をまとめた。

優牙「あいつら学校戻って練習だってよ。青翔が言ってた」

雪「そうか。うちらは量より質だ。江川がいつも言ってるだろ」

優牙「俺も、賛成! まあ、あいつは北栄タイプだけどな」

優牙は、そう言って、武蔵の方を見る。

雪「優牙、お前は少し、武蔵を見習えよ」

優牙「おっと! 攻撃を受けたぞ! 俺は今日用事あるからもう帰るな。それじゃ」

雪「江川には言ってあるのかよ!」

優牙「大丈夫、大丈夫」

そう言って手を振ってグランドを後にする優牙。

青翔はジャージに着替え、アンビのベンチの後ろを通り、江川に挨拶した。

青翔「ありがとうございます。失礼します」

そして、レオンと目が合うとウインクをして走り去った。
レオンはドキッとして固まっていると、

雪「何! あいつ! レオンにウインクしやがって、俺は無視か! お前知りあいか?」

レオン「何かの間違いじゃないですかね。私、彼のことは全く知りません」

雪「あれはお前にしたんだ。こりゃ参ったな。気をつけろよ。あいつは北栄の、いや、北海道のスターだ。傷つくだけだからな!」

レオンは作り笑いをしながら少し頬を赤らめた。

レオン「何言ってるんですか! そんなことあるわけないですよ。ウインクは欧米では挨拶ですからね」

雪「ここは日本だ。…..はい、試合に集中、集中!」

レオンM:(なんで…..青翔が私に….)

レオンは男の子にウインクをされるのが生まれて初めてだったので内心動揺していた。しかもそれが青翔だったのだ。


2試合目はGKにヒューゴ、CBに蒼介、トップ下に紫、右WGがミューラー、左WGに丸間が入り、CFは坂木だった。

蒼介「あれ!? フェンスの女子高生がいない!?」

ミューラー「ああ、青翔が帰った時に一緒にいなくなったぞ」

蒼介「そうか。そうだよなぁ。なんかやる気出ないな」

ミューラー「そう言わず頑張ろうぜ!」

蒼介「うん」


試合はヒューゴのミスもあり、0対6で敗戦

試合が終わり生徒玄関を出るレオンとヒューゴ、そしてサッキ。ヒューゴが肩を落としている。

ヒューゴ「全部俺のミスだ。田丸なら止められたのに。くそ!」

レオン「江川先生は、北栄相手に善戦したと言ったじゃない。私もヒューゴはGKとして初めての試合にしては頑張ったと思う」

ヒューゴ「そうか、そう思うか?」

サッキ「でも、正面のなんでもないシュートをトンネルするのはねぇ」

ヒューゴは立ち止まった。

ヒューゴ「分かってる」

ヒューゴはそう言うと肩を振るわせながら涙を流した。彼はすぐに泣くところがあった。

レオン「サッキ! ヒューゴは今日が初めての試合だったんだから、言わなくても…」

サッキ「ミスはミスだ」

ヒューゴは顔を上げて涙を手で拭った。

ヒューゴ「よし! 次は絶対にトンネルしない。まずはGKの基礎を体に覚えこませないと」

ヒューゴは超ポジティブ人間で立ち直りが異常に早かった。

生徒玄関を出ると車に乗ろうとするベップに会った。

レオン「こんにちは。ベップ、日曜日なのにお仕事ですか?」

ベップ「はい、ちょっと授業の準備をしていました」

レオン「サッカー部の試合をご覧になりました?」

ベップ「はい、見ました」

レオン「どう思いましたか?」

ベップ「不老の得点は見事。武蔵のシュートは本当に惜しかった。やっぱりアンビは〈カウンターアタック〉のチームですね」

レオン「敗因はなんだと思いますか?」

ベップ「まず北栄の4-4-2の守備組織は強固で、〈攻守の切り替え〉も速く隙がない。ただ彼らの攻撃は個人能力に頼った得点でした。後半….守備の配置を変えましてね?」

レオン「そうなんです。さすがベップ! よく見てますね」

ベップ「後半アンビが5-4-1の守備にすると、北栄は中央にスペースがないのと、ゴール前で数的優位が作れないので、攻めあぐねていました。それでも徐々にアンビのDFラインが下がり、MFラインの4人もDFラインに吸収されるような形になって、北栄にミドルシュートのスペースを与えてしまいましたね」

レオン「失点の原因はシステムを変えたことなんでしょうか?」

ベップ「原因はシステムではないですね。4-2-3-1でも同じ構図になったことでしょう」

レオン「疲れもあり、相手に翻弄されてDFラインを上げることができなくなって….」

ベップ「まあ、1試合を通して〈組織的守備〉を行うことができませんでしたね」

レオン「やっぱり、1試合を通して走り切る体力をつけないとダメかなぁ」

ベップ「それもありますが.... 相手と同じ考え方をしても、勝つのは個人能力の高い方になります」

レオン「相手と同じ考え方….」

ベップ「個人能力が高い相手と戦うには、〈組織的守備〉を極めるしかありません。チーム力です。そこに勝利の可能性があるのです」

レオン「チーム力、勝利の可能性….」


ベップ「北栄は相手ゴール前でどのようにスペースを作り、そのスペースをどう使うかができていなかったので、この5-4-1の配置をしっかりと練習したら、いつしか勝てるかもしれません」

レオン「本当ですか!? 勝てるって!?」

ベップ「ただ北栄の10番」

レオン「青翔です」

ベップ「その彼はスペースを作り、それをどう使うかを知っています。彼には注意が必要です」

レオン「….スペースを作り、どう使うか?」
レオンには、言葉では表せなかったが、自分もそれができると考えた。

レオン「攻撃についてはどうでしたか?」

ベップ「課題は〈攻撃への切り替え〉です。ボールと取った後、どのように攻撃するのか、そのプランの共通理解がないことですね。今日の得点やチャンスが生まれたのも不老と武蔵の個人能力によるものでした」

レオン「はあ、さすが! ありがとうございます。ベップのサッカーの考え方を聞いていると、サッカーの構造を見せてくれると言うか。本当に勉強になります」

ベップ「私はただ良いゲームが見たいだけです。それではまた」

レオン「ありがとうございます」

ベップは少し古くなった銀色のエスティマに乗って帰った。

レオンにはまだベップやサッキのような分析力がないことに気がつき少し落ち込んだ。

ヒューゴ「俺は、試合に出られるだけで楽しいよ。プレーできる喜びがある。負けたり、ミスしたら悔しいけど、でも次頑張ろうと思うんだ」

レオン「ヒューゴはまだあまり試合に出られてないからそう思うのかも知れないけど、レギュラーになって責任ある立場になったらチームの勝利のために、試合を楽しいとか言ってられなくなるよ」

ヒューゴ「そうかなぁ」

サッキ「僕は、サッカーを見る時どちらのチームが勝とうが負けようがどうでもいい。それよりなぜ勝ったのか、負けたのかを知りたい」

レオン「ええ、サッキ、アンビが負けてもいいの?」

サッキ「僕は別に構わないよ。まあ、それでも負けるよりは勝った方がいいけど….  あ…だけど、自分の戦略が上手くいったら負けてもいいよ。逆に戦略が失敗して、悪い試合をして勝つのは最悪だ」

レオン「サッキって変わってるね。私はね。試合の内容が悪くても勝てたらそれでいい。だって勝たないと次に進めない」

ヒューゴ「まあ、人それぞれだよ。でも、3人のサッカー感は違うけど同じ部活にいる。江川先生が言ってた多様性ってやつだと思う」


レオン「何かよくわからないけど」
さっき「…」



【アンビのゲームモデルの進度2】
プレースタイル:縦に速い攻撃
配置:4-2-3-1(守備の配置:5-4-1)

組織的攻撃
行動1 ?
行動2 ?
行動3 ?
行動4 ?

攻守の切り替え:5秒と5本のパスルール
攻撃への切り替え
行動5カウンターアタック:ボールを取り戻したら5秒以内にカウンターアタック
行動6攻撃への再構築:5秒以内にカウンターアタックができない場合はパスを5本以上つないで攻撃を再組織化する。

組織的守備
行動7 ?
行動8 ?
行動9 ?
行動10 ?

守備への切り替え
行動11 プレッシング:ボールを失った瞬間、5秒間プレッシング(5秒以内にボールを取り戻すことができない場合は、組織的守備へ移行する。)
行動12 ?
行動13 ?


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