第6話:魂の殺人
2016年 7月中旬、栄光中学、蒸し暑い朝の月曜日:
AM7:30
上倉が栄光中学の1階の廊下を歩いていると、教員Aが走り寄って話しかける。
教員A「リーグ戦10全勝おめでとうございます。さすが! 上倉大先生!」
上倉「まあ、たまたま 運が良かったんですよ」
教員A「いやいや、上倉大先生の指導力の賜物ですよ。力ありますね。あの子たちをよくぞここまで育てあげたものです」
上倉「やっとここまで…たどり着いたんです。骨が折れましたよ。でもまだまだです」
上倉はそういうとレオンのことを思い出していた。
上倉M:(あいつがいなくなってやっと思い描いたチームを作ることができた)
上倉は教師Aと階段を登り、2階にある校長室前に来た。
教師Aは上倉に会釈をすると校長室の隣にある職員室にそそくさと入っていった。
上倉は校長室の深みのある茶色の木製のドアを軽くノックした。
栄光中学校長「はい、どうぞ〜!」
校長室の奥からしゃがれた声が聞こえた。
上倉「失礼します」
上倉は校長室に入った。
校長室にはトロフィーや、優勝旗が所狭しと置かれ、歴代の校長の写真も壁に飾られていた。
校長は高い背もたれのついた黒い高級レザーの椅子にどっかりと座り、窓を見ながら電子タバコを吸っていた。デスクは広々としていて、クラシックなデザインのこげ茶色で重厚な作りだが、あまり使われている様子はなかった。
面長の顔に白くなった髪をオールバックにして、つやのある少し日に焼けた肌、額にシワが深く刻み込まれている。黒いスーツに灰色のベスト、ネクタイはしていない。中肉中背でいかにも校長といったルックスだった。
校長は上倉をギョロリとした抜け目のない目でいちべつし、高級レザーの椅子からゆっくりと立ち上がり、デスク横にあるソファに座るように勧めた。
上倉はいつもと同じ黒のジャージ上下で、デスクと同じ色をしたこげ茶色のレザーのソファに背筋を伸ばして座った。
校長「上倉君、チームの調子が良いようだね」
上倉「おかげさまで」
校長「これで、来年も生徒が増えることだろう、ありがとう」
上倉「少しでも学校のお力になることができて幸いです」
校長「それでなんだがね.…少々、困ったことが…」
上倉「困ったこと!?…」
上倉は少し頭をひねった。
校長「去年卒業したサッカー部の…キャプテンのことなんだが…」
上倉「石崎ひろみ…ですか!?」
上倉はキョトンとした顔つきで答えた。
校長「その母親がね、先日、学校にきて、君から娘が性的虐待を受けたと言うんだ」
上倉「なんのことだか…さっぱり!?」
校長「上倉君とあろう者が、そんなことするはずがないだろう!」
上倉「ははは、何を言ってるんでしょうね。体罰は確かに時折はしましたが、それは選手も納得の上です」
校長「最近は、モンスターペアレンツが多いからね、上倉君も気をつけたまえ。体罰も人がいないところでね」
上倉「大丈夫ですよ。校長、すべて心得ています。今、サッカー部は全国優勝を狙えるほどの力をつけました。誰の邪魔もさせません」
校長が急に真顔になった。
校長「上倉君……それで…石崎の母親が保護者会を開いて欲しいと言うんだ」
上倉は、右手を額に当て、
上倉「どうしてチームが調子が良い時に限って、脚を引っ張るんでしょうね! これも世の常、妬みでしょうか!?」
校長「上倉君…今週の土曜日の練習が終わった後はどうかね? そこで潔白を表明してほしい」
上倉「承知しました」
校長「そうであれば….」
校長の垂れ下がったまぶたから覗く目が鈍い光を放った。
上倉は、校長室を出た後、怒りで肩が震えていた。
上倉M:(くそ、あいつか、俺の邪魔をしやがって。だが、大丈夫だ。見ていろ! 地獄を見せてやる)
2016年 ひろみ、高校1年生の夏 夜の街を徘徊:
白のハイヒールに白のタイトなミニスカート履き、白のノースリーブ、丸い円型のピアスを両耳につけた女性は、中年の会社員の重役らしき男と落ち合い、車でホテルへと向かう。
それはひろみだった。水商売で働く女性のような化粧をして、16歳には見えない。彼女は死んだ魚のような目で夜の街を徘徊するようになっていた。
ひろみはサッカー推薦で、強豪校へ進学したが、5月には部活に顔を出すことはなくなり、学校へもほとんど行かずに街を彷徨い、18歳と偽り、お金のある裕福な男性と性行為を重ねていた。
ひろみは、上倉のマインドコントロールが解けて、サッカーが嫌いになり、何事にもやる気がなくなっていた。バーンアウト(燃え尽き症候群)したのだった。
ひろみと恋:
ひろみが進学した高校に優しくしてくれる恋という少年がいた。
その恋とは、学校ではなく、夜の街で出逢った。彼は寿司屋でバイトをしており、出前を自転車で運んでいた時に、偶然、街角に立っているひろみを見かけたのだ。
恋の身長は170cm程度で、細身、短髪、涼しげで優しい目をした少年だった。
服装はストリートファッションで、ドジャースの帽子を被っていた。
意気投合した2人は、恋のアルバイトが終わるとファミレスで夜中まで語りあった。
初めて逢ったにも関わらず、ひろみは上倉のことを恋に話した。
(正確には、恋は、ひろみのことを学校で認識していた)
恋「その教師は、犯罪者だ。すぐに警察に言おう!」
ひろみは警察に行くのは、もうちょっと待ってほしいと恋に告げた。少し考える時間が欲しかった。
ひろみはショックだった。冷静に上倉が自分にしたことが何だったのか、理解できたのだ。
ひろみの夜の街の徘徊は、恋の助言によりやめることにしたが、彼女はたまに恋とファミレスで話す以外は、家から出ることはなくなり、摂食障害に陥り、大食いをして嘔吐を繰り返すようになった。彼女は酷く痩せた。部活を退部し、学校も退学寸前だった。母は心配した。
ひろみは雲の上を歩くようなふわふわした感覚になり、自分なんてどうでもいいと思った。
心配してくれる恋に自分は相応しくない、汚れた人間だと考えた。
いくら身体を洗っても汚れは取れない。もう二度と、純白だった自分には戻れないことを悟るひろみ。
性的虐待は「魂の殺人」と言われる。ひろみの心は死んでいた。
恋だけが彼女の心の拠り所だったが…
このままでは自分が本当に死んでしまうと思い、家で母に、中学時代に上倉から受けた性的虐待のことについて話した。
ひろみ「ごめんなさい」
ひろみは居間の床に正座をして両手をついて頭を深く下げた。母親の顔を見ることができなかった。
母「…ひろみ、なんであなたが謝るの? 悪いのは上倉、まずは校長に報告しましょう」