サッカー構造戦記GOAT(ゲームモデル編) 第8話
第8話:守備のゲームモデル作り①
月曜日、蒸し暑い昼休み、2年A組:
レオンは階段を一段飛ばしで駆け下り、3階の一番奥にある2年A組に到着した。ここは特進クラスで、キャプテンの不老とマネージャーの比嘉雪が在籍している。
雪は2年A組の教室前の廊下の壁にもたれかかり携帯を見つめていた。
雪がレオンに気づく
雪「おう! レオン! どうした?」
レオン「不老と〈ゲームモデル〉について話をすることになっているので…」
雪は大きく振り返って、教室の前のドアから不老を大声で呼んだ。
雪「おい! 不老! かわい子ちゃんがきてるぞ!」
雪の言葉は昭和のオヤジみたいだった。
教室のみんなが一斉にレオンを見る。
レオンは頬を少し赤らめた。
不老は窓際で数人の男子と話をしていたが、呼ばれると振り向き、教卓の方を指差した。
不老「レオン! こっち!」
不老「ここなら、黒板も使えるからいいよね」
雪「不老! なんで教卓なんだよ。全然ロマンチックじゃねえなぁ!」
不老「そうか!?」
レオン「サッカーの話をするのだから、ここで十分です!」
レオンはちょっとムッとしながらも、恥ずかしさを隠すように、冷静なトーンで答えた。
雪「…」
雪は二人をじっと見つめ後、教室から足早に出て行った。
不老は持っていたノートを開いた。
不老「まず、最初に選手権札幌地区予選は例年で行くと、お盆明けの週末、8月20、21日のどちらかに1回戦が始まる」
レオン「まだ夏じゃないですか?」
不老「北海道は冬になるのが早いからね」
レオン「チームを作り上げる時間は限られていますね」
不老「そう。だから時間を有効に使わないと」
レオンは携帯を取り出してカレンダーを見た。
指で日数を数える。
レオン「6週間あります!」
不老「それじゃ、1回戦までの大まかな練習内容を決めよう。練習は基本週4日、週末のどちらかが試合、週5日の活動になる。練習は2時間。これは変えられない」
机に向かい、国語の教科書を読んでいた緑の縁のメガネをかけた男子が、突然顔を上げた。
生徒A「不老! そんな少ない練習で勝てるのかよ?」
不老「勉強と同じだよ。長時間勉強したってテストで結果出せてないだろ! 大事なの質だよ!」
生徒A「お前、覚えてろよ。次の試験は絶対勝つからな!」
不老「楽しみにしてるよ」
レオン「...」
不老「それで…8月にニセコ合宿がある。詳しいことは江川先生に聞いてくれ。それも考慮して決めよう。」
レオン「合宿ですか!? 了解しました。明日から〈組織的守備〉の練習を始めようと思います」
不老「そうだね。守備をしっかり組織しないと、全道には進出できないからね」
レオン「〈組織的守備の4つの行動〉を1つずつ、1週間かけて練習して、4週間で全部を習得して……残り2週間で……」
不老「5週目は〈カウンターアタック〉のバリエーションを増やすのはどう?」
レオン「それもいいけど……〈守備への切り替え〉がまだ……」
不老「うちのチームは最高とは言えないけど、〈守備への切り替え〉はまあまあだよ。5秒間プレッシングも効いているし、『強み』をさらに強化すべきだ」
不老は大きく目を見開き、自信に満ちた表情を浮かべた。
レオン「そうですね」
レオンは一抹の不安を抱えながらも、不老の意見に同意した。
レオンは不老の言葉を信じ、気を取り直して次の説明に入った。
レオン「それで…〈ボール出しへの守備〉の練習を明日から始めます。相手のゴールキック時の〈ボール出しへの守備配置〉をどうするか、決めておかなければなりません」
不老「うーん……」
不老は左を向いて、窓の外に広がるグラウンドを眺めながら、思索を巡らせた。そして、ふと何かを思いついたかのように黒板へ向かい、白いチョークで大きくサッカーグラウンドを描き始めた。
火曜日の練習:ボール出しへの守備①
キンコン、カンコン、キンコンカンコン〜!!
放課後のチャイムが鳴った。
レオンは教室を飛び出し、一直線に廊下を駆け抜ける。
ヒューゴが教室から顔を出し、叫ぶ。
ヒューゴ「レオン! 掃除当番だぞ!」
レオンは振り返らず走りながら答える。
レオン「ヒューゴ! お願いね!」
ヒューゴ「…またかよ」
ヒューゴはレオンの背中を目で追いながら、大きなため息をついた。
レオンはすぐに部活用のエンジのハーフパンツと左胸にエンジで「ambitious(アンビシャス)」と書かれた白のポロシャツに着替え、グランドに出てマーカーを置き、練習の準備を整えた。
今週は〈組織的守備の4つの行動〉の1つ目、〈ボール出しへの守備〉の動きを習得する。
2時間の練習ですべてを終えるため、ウォームアップのグランド10周を省略し、守備の動きをジョギングのスピードで行うことにした。ウォームアップと守備の練習を兼ねることにしたのだ。
ミューラー「アップで守備の動きって、頭使うから疲れて嫌なんだけど…」
丸間「退屈だぁ。同じ動きの繰り返しばっかで!」
蒼介「なに言ってんだ。お前ら! 守備はこういう地道な基本の動きが大事なんだ。チャレンジ、カバー、スライドってな!」
蒼介は少し得意げに言った。
ミューラーが、田丸と一緒にGKのアップをしているヒューゴに声をかける。
ミューラー「おい! ヒューゴもこっち参加しろよ。楽しいぞ!」
呼ばれたヒューゴは、ミューラーたちを睨む。
ヒューゴ「お前ら真面目にやれよ! GKだけがゴールを守っているわけじゃないんだぞ!」
蒼介「あいつ、変わったよな」
ミューラー「入部した頃とは、身長が違うな」
蒼介「身長もだけど、GKとしての雰囲気が出てきてたというか...」
ミューラー「俺らも頑張らないとな」
サッキは、静かにグランド脇の木の下に腰を下ろし、練習内容をノート型パソコンに打ち込んでいた。
ウォームアップが終わり、選手が円になった集まったところでレオンが説明を始めた。
レオン「今週は〈ボール出しへの守備〉を練習します」
優牙「〈ボール出しへの守備〉って何だっけ!?」
不老「もう忘れたのか!? みんな! よく聞いてくれ! 〈ボール出しへの守備〉とは、相手のゴールキックやペナルティエリア付近から、相手がボールをゾーン3からゾーン2へ出す際に、高い位置でボールを取り戻す守備のことだ」
高宮「それって、WGがハードに走るやつだよね?」
レオン「そう!」
レオンは屈託のない笑顔で答えた。
遠藤「やっぱりね...やる方は大変だよ...」
遠藤は肩を落とし、顔には諦めの色が浮かんだ。
レオン「だけど、高い位置でボールを取り戻すことができたら、ショートカウンターができて、逆に試合では走る距離が少なくなるはず、練習はハードですが!」
遠藤「高宮、頑張ろうなぁ」
高宮「うん! 今日は死ぬな…」
ミューラー「俺はこんなの大したことねえよ」
丸間「ああ! 俺も余裕、余裕!」
高宮「バカはいいなぁ。気楽で」
高宮と遠藤は顔を見合わせ、苦笑した。
レオン「そこで…提案があります! 組織的守備の配置を4-1-4-1に変更しようと思います」
レオンは力強く宣言した。
それまで静かに話を聞いていた武蔵の目に鋭い光が宿った。
武蔵「なんでだよ」
レオン「守備を5バックにすることもあるので、4-1-4-1にした方が、ボランチの1人を両CBの間に入れるだけでスムーズにシステムを可変できるからです」
不老「僕はこのレオンの提案を受け入れるつもりだ。この配置なら守備でも攻撃でも利点が多い。特に攻撃的MFを2人配置できるのが強みになる」
武蔵「そういうことか、それで…1ボランチは下山として、攻撃的MFは不老、…もう1人の攻撃的MFは誰にすんだよ?」
不老「紫だ!」
武蔵は鋭い眼光を紫に向けた。緊張感で空気が張り詰める。
武蔵「俺はこいつとはプレーしたくねぇ。舐めたプレーするし、プレーが合わねえんだよ」
紫も負けじと武蔵を見返して、2人の間に一触即発の緊張が走る。
そこに江川先生がひょっこりと現れた。
江川「まあ、武蔵、短気を起こすな!」
武蔵の眉毛が下がり、穏やかな顔になった。
武蔵「ですが…」
江川「サッカー部内で、誰とでも仲良くしろとは言わん。そんなことは無理だ。でもな、試合になったら、誰とでも協力してプレーするんだ。それがサッカーというものだろう!」
武蔵「プレーが合わないんです。サッカー感が違うというか」
江川「ほう! 君たちは何のために練習しているんだ? 最初から何でもできて、誰とでも息があったプレーをするんだったら練習なんて必要ないだろ!」
武蔵「…申し訳ありません。俺が間違っていました」
江川はレオンを見て頷く
江川「レオン、頼むな!」
レオン「はい。練習を開始しまーす。〈ボール出しへの守備配置〉は、攻撃的プレッシングを実行するため、4-1-4-1を可変して4-1-2-3にします」
不老「よし、配置につけ!」
練習は相手のゴールキックからスタート。
相手の配置は4-4-2を想定した。
レオン「最後はゲームをして、実戦の中で〈ボール出しへの守備〉を確認します」
日が暮れて…
カラスが鳴く。ゥガァ〜 ゥガァ〜(カラスの鳴き声)
レオンは練習が無事終了し、清々しい気持ちになっていた。
高宮「こんな強度が高い練習は初めてだ。ダッシュの連続だぞ!」
遠藤「1回目のプレッシングでボール取れないと鬼のように走らされるから、マジで最初のプレス重要!」
高宮「もう、これ以上走れない。水、水をくれ!」
遠藤「これ、明日も続くの〜 地獄だぁ〜 休もうかなぁ。レオンは俺らのエンジェルかと思ったけど、悪魔だったな」
丸間「俺は、ちっとも疲れてないけど」
ミューラー「俺も、全然、走るの大好きだし」
高宮「あいつら体力バカだったんだなぁ」
遠藤「俺たち、ポジション奪われるかもだぞ」
高宮と遠藤は互いに顔を見合わせ青い顔をした。
水曜日の練習:ボール出しへの守備②
レオンは相手の4-4-2の〈ボール出しの配置〉を想定して、黄色いコーンをグランド半面に置いた。
レオン「今日のウォームアップは、GK以外は各自〈ボール出しへの守備配置〉についてください」
紫「同じポジションに選手が2、3人いるけど、どうするの?」
紫は先発メンバーに選ばれたことで俄然やる気になっていた。
レオン「同じポジションに何人いてもかまいません」
レオンは、少し大きめな薄型テレビほどのホワイトボードを選手たちに見せた。ボードには、相手の4-4-2の〈ボール出しの配置〉が描かれており、それぞれのポジションに数字が振られていた。
不老「1がGKで、2がCBという感じだね」
レオン「そうなります。私が数字を言ったら、その相手にプレッシャーをかける選手は全員でコーンにプレッシャーをかけてください。他の選手はスライドとカバーリングの位置へ移動します! これは相手のボール出しをイメージして行います」
木曜日の練習:ボール出しへの守備③
〈ボール出しへの守備〉を兼ねたウォームアップにGKも参加し、GKがゴールエリア中央からゴールキックでスタート。攻撃側の選手がコーンの位置に一人ずつ立ち、GKがランダムにパスを出していく。
GKがCBにパスを出した際、FWがどのようにプレッシャーをかけ、その他の選手はどう動くかを確認した。
この要領で、各ポジションが、プレッシャー(チャレンジ)、カバーリング、スライドの復習を行なった。
ボールを受けたCBは、守備側の選手がチャレンジ、カバー、スライドの動きを終えてから次の選手へパスを出す。同じポジションに複数の守備選手がいる場合は、昨日と同様に一緒に動く。
この練習は〈ボール出しへの守備〉の動きを習得するためのもので、ボールの移動中にプレッシャーをかけるが、ボールを取ってはならず、ボールを受けた選手の前で足を止めるというルールで行われた。
選手一人一人が「正しい習慣」を身につけることを目的に行われ、選手が無意識に実行できるようになるまで練習を重ねる。つまり身体で覚えるということだ。
〈ボール出しへの守備〉は、攻撃的プレッシングを実行する際、1人のちょっとしした小さなミスが大きな問題を引き起こす。
なぜなら、DFラインの背後に大きなスペースを残しているため、1人がプレッシングを突破されるとかなりの確率で相手にシュートチャンスを与えてしまうからだ。
しかし、高い位置でボールを取り戻すことができれば、ショートカウンターのチャンスが生まれる。つまり、〈ボール出しへの守備〉はリスクとリターンが大きい諸刃の剣となる行動である。
選手を交代しながら20分間、ウォームアップ兼ボール出しへの守備練習を行なった。
その後、いつも行なっている基礎練習とシュート練習を終え、グランドの半面を使用して7対7(GK含む)で試合を行った。
試合を通じて選手は、プレッシャーをかけるタイミングやボール保持者をどの方向へ追い込むか、どのパスコースを消すかを学ぶ。少しでも間違うと、プレッシングを回避され、相手に〈ボール出し〉を許してしまうことになる。
選手たちは、全力で一致団結して激しいプレッシングを行えば、簡単にボールを取り戻せることを学んだ。
選手たちが身に染みて理解したことは、プレッシングは長い時間続けるものではなく、数秒でボールを取り戻しショートカウンターを狙うか、相手に苦し紛れのロングボールを蹴ることを選択させてボールを回収するべきだということだった。
金曜日の練習:ボール出しへの守備④
木曜日と練習メニューは同じだった。
金曜日の練習終了後。
レオン「ふう!」
レオンは額の汗を拭った。
レオン「今週の練習は内容が濃くて、ハードだったなぁ」
サッキはノート型パソコンに、今週の〈ボール出しへの守備〉の原則をゲームモデルとしてまとめた。
サッキ「やることが多かったからね。でも〈ボール出しへの守備〉を選手は学んだから、次の試合で、これを評価基準にできる」
レオン「あとは日曜日の試合で…」
不老「レオン! お疲れ! 日曜日のキングスリーグが楽しみだ。みんな動きは覚えたようだから、実戦でどうなるかだね」
レオン「えっ、それって公式戦ですか?」
雪「知らなかったのか!? リーグ戦とカップ戦があるんだぞ。北海道のシーズンは短いから日程がつまってんだ!」
不老「俺たちは札幌2部リーグ所属。優勝して、1部昇格できるといいんだけどね」
レオン「そうなんですね…」
優牙が肩を落としてやってきた。
優牙「俺は、頭の中がぐちゃぐちゃだ。やり方が整理されてやりやすい部分もあるんだけど…覚えられないんだよ」
武蔵が「お前と違って俺はこんなの簡単に理解できたぜ!」
不老「優牙! お前は試合になれば大丈夫だよ。武蔵は試合でサボるなよ」
優牙「そうだといいなぁ」
武蔵「チッ、大きなお世話だ!」
グランドの端に座る1年生たち、夕日に顔が照らされ、長い影が伸びている。
ミューラー「ああ、不安だ。できるかなぁ」
蒼介「ミューラー! お前は大丈夫だ。どうせ日曜の試合は出ないから心配するな!」
ミューラー「そういうお前は、さぞ完璧なんだろうな!?」
蒼介「俺はしっかり覚えたぜ、これでいつでも先発できる!」
ミューラー「マジかよ?」
蒼介「当たり前だろ! 頭を使うのは俺の得意分野。レオン! 俺を先発で頼む!」
レオン「蒼介! 期待しているよ。ミューラーもね!」
レオンは蒼介のお願いをスルッと無視をした。
紫「日曜日! お前ら見とけよ、俺の実力を見せてやる!」
紫のまだ小さく華奢な身体が夕日を浴びて、不思議と大きく、力強く見えた。
丸間「試合になれば走ってボールを奪うだけ! 俺もそろそろ試合に出たい!」
ヒューゴは田丸とグランドを歩きながら、田丸の肩をポンッと叩き、少し自信がついたような笑みを浮かべた。
ヒューゴ「俺はいつでも行けるからね」
田丸「うん。その時は頼む」
田丸は、ヒューゴのGKとしての素養に驚き、その真剣な練習姿勢に信頼を寄せるようになっていた。
サッキ「ヒューゴ! もうトンネルはしないよね!」
ヒューゴ「それ、言うなよ。特訓したから大丈夫。任せておけ!」
雪「レオン、今週は頑張ったな! 一番星高戦が楽しみだぜ!」
レオン「雪! 一番星高校って強いの?」
雪「ああ、名門だなぁ。最近は北栄の陰に隠れているけど、昔は何回も全国行ってるぞ。今でも全道大会出場レベルの実力はある」
レオン「大変な試合になりそうだなぁ!」
雪「アンビはキングスリーグ札幌ブロック1部で2位! 1位は一番星だ! 勝てば1位になれる!」
雪は目を輝かせ、期待に満ちた笑顔でレオンを見つめた。
レオン「首位攻防戦!」
レオンは自分の身体が熱くなるのを感じ、選手だった頃の情熱が再び蘇るのを実感していた。まるで長い間冷凍保存されていた戦闘の青い炎が再び燃え上がるような感覚だった。
江川は体育教官室から、ベップは第二職員室からその光景を見守っていた。
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