サッカー構造戦記GOAT(破壊)第7話
第7話:悪者
サッカー部保護者会 7月中旬の土曜日17:00 雨が激しく降る:
体育館は多くの保護者で溢れ返り、係りの教員が慌ててパイプ椅子を増設する。
校長、上倉、教頭は、上倉を真ん中にして、保護者と対面するように3人が並んで座り、前には長机が置かれていた。
頭頂部が少しばかり薄くなり、ごま塩頭の短髪、グレーのスーツに紺色のネクタイを締めた細身で小柄、見るからに神経質そうな教頭が時計を確認し、マイクを持って立ち上がった。
大久保教頭「この度は、夏の暑さと降りしきる雨の中、週末の土曜日に急遽お集まりいただき、誠にありがとうございます。体育館は空調が効いおりますが、もし、暑さや寒さに関するご要望がございましたら、どうぞご遠慮なくお申し付けください」
保護者A「大久保教頭! 大丈夫、空調はバッチリだよ!」
大久保教頭「それでは本件に関しまして校長の甲斐谷によりご説明申し上げます」
ひろみと母親は神妙な面持ちで、身体を強張らせ最前列の左端のパイプ椅子に並んで座っている。ひろみは高校の制服、母親は白のブラウスに黒のパンツスーツを着ていた。
甲斐谷校長はマイクを大久保教頭から渡され、1枚の用紙を持ち立ち上がった。
甲斐谷校長は、常に同じような服装だが、保護者会では斜めのストライプが入ったグレーのネクタイを締めていた。
上倉はいつもと同じ黒のジャージ上下だった。
甲斐谷校長は、用紙に目を通し、一字一句確認するようにゆっくりと書かれている内容を読んだ。
甲斐谷校長「この度の件に関しまして、昨年度、本校を卒業されたサッカー部の石崎ひろみ様の母親である石崎直子様より、先日校長室にて以下の内容についてご意見を賜りました」
甲斐谷校長は、ここで一息つき、顔を上げて周囲を見渡し、用紙に目を落とした。
甲斐谷校長「ひろみ様は、特にキャプテンに指名されてから、体育準備室においてサッカー部監督である上倉より、度々、儀式という名の下…性的虐待を受けていたとされています。この状況は、部活動を引退する12月まで続いたとのことです。もし、これが事実であるならば、教育現場において決して許されるべき行為ではない、犯罪行為です。」
保護者は固唾を呑んで聞いていた。
保護者A「そんなことあるはずないだろ! 上倉さん、なんとか言ってくれ!」
保護者B「具体的にどのような行為があったんですか?」
甲斐谷校長「具体的な行為については、この場に当事者もおりますので控えさせていただきます」
保護者たちは、一斉に石崎ひろみへ冷たい視線を投げかけ、その場の空気が一瞬にして張り詰めた。
今まで、微動だにせず前を見つめていた上倉はすくっと立ち上がった。甲斐谷校長からマイクを受け取る。
上倉「この度は、このような騒動を起こしてしまい、大変申し訳ありません」
上倉は保護者に深く頭を下げた。
上倉「まず初めに、サッカー部の選手および保護者の皆様、校長先生をはじめとする諸先生方に、このような事態を招いたことを深くお詫び申し上げます。ここで明確に申し上げますが、石崎ひろみ様への性的虐待は一切ございません」
保護者C「やっぱりね。俺もそうだと思ったんだぁ。まさか上倉先生がそんなことするはずがね」
上倉「私は……彼女たちを全国大会に出場させたいという一心で、キャプテンであったひろみさんに対して厳しく指導したことは認めます。しかしながら、性的虐待という教育者にあるまじき行為、選手の信頼を裏切る行為を行なったことは一切ございません」
保護者D「上倉監督、信じてるよ!」
ひろみの母親が手を挙げた。教頭が急いでもう一本のマイクを渡す。
母親「あの…娘は、上倉監督から繰り返し性的虐待を受けたと訴えています。涙を流しながら、私の前で土下座をして謝る姿に嘘はないと思います。私はひろみを信じています。上倉監督、どうか事実を話してください!」
上倉「お母さん、もし、そのような行為があったとするなら、なぜ、その時にひろみさんは言わなかったのでしょう!? 」
ひろみは怒りを浮かべた表情で上倉を睨みつけた。
母親は、ひろみの手を強く握り、立ち上がった。
母親は震える声で
母親「当時中学生の女の子が、最も信頼していた上倉監督から裏切られ、心が引き裂かれ、酷く動揺したと思います。何が起こったのかも理解できず、一人で深く苦しんでいたのだと思います」
保護者たち「なぜ、すぐに言わなかったの!?」「何もなかったのではないですか?」
母親「高校生になり、ようやく今、事実を話すことの決心がついたんです。性的虐待は実際に行われていたんです! これは事実なんです!」
母親は、取り乱して声が上ずり、叫ぶように話した。
N:性的虐待者や性被害者の約半数は被害をすぐに認識することができず、認識するまでに平均7年以上かかる(大人の被害も含めて)。ひろみの場合は認識するまで1年というむしろ短い期間であった。
保護者の一人が手を挙げる。
その保護者は中年の女性で、紺色のスーツに白いブラウス、飾り気のないシンプルなスタイルで、少しウェーブのかかった茶色に染めたセミロングの髪、化粧は控えめで、銀縁のメガネをかけており、冷静で隙のない印象だった。
大久保教頭「岩橋会長! どうぞ!」
大久保教頭は頭を下げて、急いでマイクをサッカー部保護者会会長の岩橋に渡す。
岩橋会長は立ち上がり、少し威圧的な態度で話し始める。手には何枚かのA4用紙を持っていた。
岩橋会長「この件に関して、選手への実態調査を行いました」
保護者たち「そんなことしたんだ」「早いね。大したものだ」「知らなかったんですか!?」
岩橋会長「結果から申し上げると、性的虐待はなかったという結論です。選手の誰一人として、上倉監督からそのようなことをされた事実はありません」
母親「そんなはずは!?」
ひろみ「嘘! そんなの嘘!」
ひろみは叫んだ。
上倉の口角がわずかに上がり、勝利を確信したような笑みが浮かんだ。
岩橋会長が椅子に座ると、石崎親子は保護者たちから激しく責められた。
保護者たち「本当にそんなことあったの!?」「ハニートラップなんじゃないの!?」「もう結果出てるんだよ」「上倉さんは、あなたに(石崎ひろみ)はめれらたと言っています」「あなたが栄光中学サッカー部に被害を与えている」
ひろみと母親は、味方になってくれると思っていた保護者から、まさかこのようなことを言われると思っていなかったので、とてつもなく大きなショックを受け呆然実質となった。
保護者E「上倉さんがいないと自分の娘が上手くならないし、試合にも勝てない」
保護者F「教師にも将来があるし、家族がいるだよ」
保護者G「上倉監督は、良い監督です。そんなことするはずがない」
保護者H「うちの子は上倉監督となら絶対全国に行けると言っています」
保護者I「体罰はあったかも知れないが、指導は熱心だよ」
保護者J「輝かしい栄光中学サッカー部の実績に泥を塗るのか!」
保護者K「石崎さんのお母さんだけが騒いでいるのではないですか!?」
保護者たちの言動を見て、甲斐谷校長と上倉は目を合わせた。
上倉は立ち上がり、マイクを持った。
上倉「保護者の皆さん、どうかお静かにしてください。もうこれで十分です。私のことを信頼してくださり本当にありがとうございます。今、サッカー部にとって極めて重要な時期に差し掛かっています。私はこれからも栄光中学サッカー部のために、そして悲願の全国出場を果たすために、全力で邁進していきます」
保護者L「いよっ 名監督! 頼むぞ!」
上倉は両手を広げ、保護者たちに静かにするよう促し、ひろみの方を見て話し続けた。
上倉「ひろみさん、あなたはサッカー部を退部し、学校にもほとんど顔を出してないと聞いていますが!?」
ひろみ「サッカー部は辞めました。…学校にもほとんど通っていません」
ひろみは消え入りそうなか細い声で話した。
上倉「私は、ひろみさんを信頼してキャプテンに指名し、進学先もサッカーの名門校に推薦しました。母子家庭で大変だと思い、入学金、授業料免除のお願いもしました」
保護者M「ここまでしてもらって、恩を仇で返すとはね」
上倉「今は、正直、面目丸潰れです。これから、もう、その高校に選手を送ることは難しくなるでしょう。私も、栄光中学も、被害を被っているんです。そのことは、お分かりですか? ひろみさん!」
ひろみは小さくコクリと頷いた。
後ろの方で白いポロシャツを着た40代くらいの男性が手を挙げた。
大久保教頭がマイクを渡す。
保護者N「一つ…気になることがあるのですが、性的虐待はなかったとしても、儀式というのはあったのですか?」
保護者たち「そういえば、そうだな。儀式って何だ?」「儀式!?」 「そんなことあったっかな」「さっき誰か言ってなかったか!?」
上倉はその保護者Nを睨みつけた。
保護者Nは構わず話し続けた。
保護者N「儀式って、どんなことをするのですか? お祈りとかですか?」
甲斐谷校長が立ち上がり、マイクを手にした。
甲斐谷校長「今日は、もう、時間がかなり遅くなりました。今回の件は、性的虐待があったのか、どうかの事実を確認する場です。それ以外のことについては次回にしましょう。急なお願いにも関わらず、多くの保護者にお越しいただき感謝しています。…..次回は、全国大会出場を祝う機会を設けられたらと期待しております」
最後に甲斐谷校長は笑顔で締めくくった。
大久保教頭「それでは、本日の保護者会をこれにて終了いたします。お忙しい中、お越しいただき、ありがとうございました。外はまだ雨が降っておりますので、足元にご注意いただき、お帰りの際は十分にお気をつけください」
校長、上倉、そして教頭が退室。
上倉の顔が少し強張っていた。
保護者たち「上倉監督はこれに屈せず頑張れ!」「校長! 素晴らしい学校、素晴らしいサッカー部だ!」「応援してるよ!」
石崎親子は、しばらく椅子から立ち上がることができなかった。
上倉が性的虐待を簡単に認めることは期待していなかったが、少なくとも保護者たちから同情や慰めの言葉があると2人は信じていた。
上倉から性的虐待を受けた子どもは他にもいるはずで、その保護者たちと協力して問題に対処できると考え、勇気を振り絞って校長に保護者会の開催をお願いしたのだ。
しかし、2人の淡い期待は無情にも大きな失望へと変わった。
ひろみは、体育館の床の木目の一点を見つめつぶやいた。
ひろみ「嘘ついてる…上倉も、選手たちも」
母親は声を震わせながら答えた。
母親「多分…上倉が選手たちに口止めをしたのよ。それに、学校側も保護者をあらかじめ味方につけていたみたい…」
ひろみ「私たちが悪者みたい...」
母親「....」
気がつくと、ほとんどの保護者はすでに体育館から退室していた。
残されたのは、椅子を片付ける教員と用務員だけだった。
石崎親子は力なく席を立った。すると先ほどの白いポロシャツの男性が近づいてきた。
白いポロシャツの男性「ちょっとこの後、お時間ありますか?」
と静かに問いかける。
ひろみと母親の直子は、失望と驚き、不安が入り混じった表情で、白いポロシャツの男性を見つめた。
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