香港人と私②
香港人をバスに乗せて、私が一番に思ったことは「足が痛い」ということだった。
一日中リクルートスーツにヒールで歩き回っていたのだ。痛くて当たり前だろう。
ぼんやりとバス停のベンチに座って、バスが来るのを待っていた。
音楽でも聞こうとスマホを取り出すと、未読のLINEが3通あった。
アプリを開くと、香港人だった。
今日のお礼と、友達になりたいという旨のことが拙い日本語で書かれていた。
私はゆっくりとわかりやすい言葉を選びながら、返信を出したが、送った瞬間に既読がついて次のメッセージが送られてきた。
その日から、香港人は1日もLINEを欠かさない。
朝はおはよう。夜はおやすみ。
私は彼からのLINEに面接に向かう大阪行きの阪急の中でとか。
面接から帰るJRの駅のホームとか。
そんな時間にゆるゆると返信した。
どんなくだらない内容でも、そっけない返事でも。
返信がないことはなかった。
今日何を食べたか。
帰り道の電車。
毎日毎日香港の見たことのない料理とか、街の写真が送られてくる。
その写真は就活中で荒んだ私の心を癒したし、私の毎日の楽しみになった。
そして、私は気軽に連絡を取っていたこの男がとんでもない人間だと知っていく。
香港の名門大を卒業して、海外の超名門の院に進学。
その後大学で文学を教えてると、彼は普通のことのように話したけれど。
私は彼のことを完全に別世界の人間と認識して、
「こんな凄い人と友達になれて良かったなあ」
と、絶え間なくくるLINEに朦朧と返信していた。
こんなことは、長くは続かない。
そう思っていたのだけれど。
四月に内定を貰って就活を終えた時、私は呆然としてしまう。
彼からくるLINEが愛の言葉に彩られて。
それまで流し読みしていた言葉の全てが重く突き刺さってくる。
「僕の彼女になってくれませんか?」
そんな言葉を貰ったのは内定が出て2日後のこと。
今までたくさんの中華系の男の子たちとやり取りをしてきたし。
告白もなかったわけじゃない。
でもなんとなくめんどくさくて、未読無視とか既読無視とか。
でも今回は?
また既読無視とか未読無視で逃げたほうがいいかな?
それとも少し頑張ってみる?
考えてみれば、私と彼は経歴と国籍を除けば似ていることがたくさんあった。
筆不精の私が隙間時間を縫って返信した。
それはなぜ?
ここで振ってしまったら、この人との縁はそれきりだ。
ならば?
「そうですね。私達、きっと楽しい二人になれますよ。」
送信ボタンを押す指は軽かった。
が、この時の私はこの一文のLINEによって大学最後の一年間を香港人との戦争に費やすことが決定したということをまだ知らないのである。