歩みを止めるな。
ずっとずっと悩んでいたことがあった。
進路である。
いまの私には大手btocメーカーの海外キャリアがひらけている。
が、依然として新聞記者になる、という憧れがあった。
地元新聞社とブロック紙の選考は順調に進んでいた。
欲が出たのだろうか。
「やっぱ書くことが好きだから」
なんて余計な心の声が聞こえてしまった。
書くことを仕事にしたい、でも中国語と英語を武器に世界を相手に戦いたい。
二つの思いがせめぎ合っていた。
そんなおり、父親から電話がかかってきた。
ど理系で全くもってデリカシーを知らなくてコミュニケーションの技巧点が低い彼は私に向かって、
「記者になるとね。@@社で働くとね?
決めなっせ。」
そう、開口一番ぶった切った。
「どげんしたら良かと思うね」
甘えてそんなことを聞いた。
父は優しい。
買ってと言えばなんでも買ってくれる。
お金が欲しいと言えばいくらでもくれる。
「インクちゃんがしんどかことはせんでよかよ」と言ってくれる。
絶対怒らない。
が、今回の父は冷たかった。
「知らんばい。インクちゃんの人生だけんね。」
突き放されてしまった。
「だけど、決断は早かとに越したことはなかばい。そして一点に決めたら歩みを止めちゃいかんね。全ての力を注ぎ込まないかんね。一点集中する者は強か。誰にも負けん。少なくともパパはそうやって生きてきたとだけんね。」
さすが、第一志望にこだわり多浪の末に勝ち取ったものの言葉は重い。
「でもさ、私にとっては文章書くことも中国語も大事なことなのに」
「バサッと決めなっせ。選ばないかんときがくるとだけん。早かほうがよか。」
いつもと違い父の言葉に容赦がない。
こんなふうに父親が強いことを言い切るのは初めてだった。
「一度決めたとだったら歩みを止めちゃいかんの。人生の基本はそこたい。そぎゃんふうに、横道から伸びてくるたくさんの誘惑に惑わされず歩みを止めない人間を強いというとよ。パパはインクちゃんにはそぎゃん風に強くあってほしか。」
本当に故郷に帰りたかった。
新聞社に入社すれば、好きな仕事をしながら両親の近くにいることができたのだ。
こだわりも、記者としての仕事に憧れもあった。
その仕事のために人生を投げだす覚悟があった。
斜陽と叫ばれる業界のために死力をつくし、その結果が業界と共に心中でも良いと思ってた。
でも、心のどこかで帰りたかったのだ。
その夜私は父親に「かえってきなっせ」と言って欲しかったのだと思う。
そう言ってくれたら、その言葉を糧にまた死力を尽くしていけると。
が、父親はそれを言ってはくれなかった。
いや、父親は言いたかったのだと思う。
「かえってきなっせ」
と。が、彼は私のために踏みとどまってくれたのだろう。
袋小路に入ってしまった。
私は、多分世界に出ていかなければならないのだ。
ずっと前からわかっていた。
だから、この話はこれでおしまいにしなければならないのだ。
でも、だけど?
莫大な東京の欲望と冷と痛みに私は耐えられるのか。
五月蝿くて、寂しくて、どこまでもよそ者の大阪で私はまだまだ戦える?
いつか中国にたどり着ける?
本当は怖くて不安で仕方がないんだ。
なんで私は九州の小さな田舎に生まれたのかなあ。
その小さな田舎が私の家族を人質に取るから、あの田舎町への未練が捨てられなくて辛いのかしら。
が、もう仕方がない。
何を言ってもそこで行き止まり。
人生にifがなくて、やり直しが効かないように私は一生あの田舎町に帰りたいとおもい続けなければならない。
フォッサマグナも海も国境も、あらゆる境界を越境していく。
そのために生まれた、そういう運命なのだと受け入れる時はきてしまったのだ。
帰りたか。
帰りたか。
故郷はもはや言葉の中にのみある。
だから私はこの先も私の口からこぼれ落ちる言葉の全てに故郷を飼いならすのだ。