未熟なぼくらはよく足掻く



「さっき事故を起こしそうになったよ」

帰宅して早々、夫は言った。
わたしは思わずしかめっ面で「えー!気をつけてよね!」と口にしそうになり、はたと、自分の過ちに気付いて言葉をかえた。「怪我してない?雨の日の夜は視界が悪いよね」「大丈夫、間一髪だったよ。ほらあそこ、対向車が見えにくい角あるでしょ?そこですごいスピードの車がいて…」と夫は事の次第を話し始めた。


わたしはすぐに思いやりを忘れる。大好きな人を大切にしたいのに、一緒にいればいるほどその大好きな人は日常に溶け、まるで自分の一部になったかのような錯覚に陥るのだ。大切にすると心に決めた相手にその言葉は必要だろうか。怖い思いをしただろう、もう反省しているだろう相手に「気をつけてよね」なんて、その言葉は暴力とどう違うんだろう。

人間として未熟なわたしはどうやって自分を大切にしたらいいかもわからないまま生きているのに、無意識のうちに他人を大切にすることなんて出来るはずもない。つまりわたしは何度も何度も意識し直して、夫を大切にするにはどうしたらいいか考え続けなければならないのではないだろうか。

言葉ひとつ、意識する。大好きな人を大切にするというのは、とても面倒で、途方も無いことだ。そう感じてしまう時点で、もしかしたらわたしに結婚は向いていないのではないか、と思うこともある。
そんな話を一度だけ夫にしたことがあった。本人は覚えていないだろうけど、おれも面倒くさがりだから同じだね、といった感じで、息を吹きかけた羽のようにふわっと会話は飛んでいった。


わたしたちはなんとか仲良くいようと、ふたりでよくデートをする。手を繋いで街をぶらぶら歩き、行きつけの雑貨屋さんにはいる。
ある時、なんの生き物かよくわからない、毛の生えた、大雑把なわたしの性格から絶対に使わないと分かっているティッシュカバーをみつけた。

「みて!これほしい!」

わたしは目に入った瞬間に、脊髄反射のように口にした。

「いらなっ!」

瞬きするよりも早く夫は答えた。かと思えば表情が一瞬でわたわたと変わり「でもおもしろいね」と微笑んだ。


未熟なわたしたちは、今日もよく足掻く。





読んでいただきありがとうございました。とってもうれしいです。またね。