マガジンのカバー画像

inagena vol.0

4
ジャンル横断アンソロジー『inagena vol.0 準備号』(文学系イベントで無料配布中)掲載作品(一部)を掲載しています。
運営しているクリエイター

2024年1月の記事一覧

あらみきょうや「世界猫の日」 ※全文公開

「今日は世界猫の日なんだって。知ってた?」 「セカイネコ?」 「そう。この世の涯には世界中の猫を統べる世界猫がいて、とこしえの眠りを貪っているんだ。何でも山のように巨大な猫で、その寝返りは大地を揺るがし、欠伸ひとつで嵐を巻き起すのだとか」 「災害の元兇じゃないか。一刻も早く滅ぼさないと」 「ところが世界猫にはどの国も手を出せないんだ。条約で保護されているんだって」 「ふうん、何て条約?」  しばらく待ってみても返答はない。ぼくは諦めて質問の趣旨を変えた。「それで、今日はその世

恣意セシル「夜の少年」 ※全文公開

 雨が上がった後の夏の夜の空気はとても重い。てのひらを泳がせると、纏わりついてくる。ぴたりと張り付いて皮膚の上でもぞもぞと蠢くのを、手でぺりっと引き剝がす。カットバンを取った時みたいな感触。夜は生き物だ。  あまりたくさんの夜をそうやって張り付けるとやがて全身を呑まれて帰れなくなるから、こんな風に闇の濃い夏の夜に出歩いてはいけないと、よく、ばあちゃんが言っていた。 「おい、もうそろそろ行くぞ」 「まって。まだもうちょっと」  だけど僕たちはそんなの構わなかった。  夜を体に纏

小川三十一「ノットゥルノ -Notturno-(一部)」

 人間はやりたいこととやっていることが 完全に一致していることはめったに無い。食べるとか寝るとかの生理現象は別にして、いや別にしなくてもたとえば食事にしても今食べているものが今食べたいものと完全に一致していることは少ないはず。いや自分はいつも好きなものを食べているよと言う人もいるかもしれないけれど、そういう方は無意識のうちに今食べられるものを食べたいと思うように思考が慣らされているのだと私は思っている。誰でもそれがかなうなら毎晩でも星付きのレストランで出てくるようなものを食べ