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九十二歳の彼女

今日は打ち合せで信濃町へ。
帰り道、トラックが突っ走る道路の中央をまっすぐ行く手押し車のお祖母さんがいたので、車を停めて一緒に脇による。
「いつもあそこの石垣に座って一休みするんだ」ということでしばし付き合う。年配者の話を聞くのは好きだ。

九十二歳の彼女から出る話がまあ興味深いこと。

曰く、息子の一人は高等学校後にブラジルに行ったが一度体を壊し、いまはパラグアイででっかい農園を営んでいる。
十八の時に日本橋の三越に働きに出た。裁縫の仕事をしてたので、布団や着物を買いに来る皇后や今上天皇も見た。
東京空襲のときにチンチン電車に閉じ込められた人たちが爪を立てて苦しんで死んでいった姿は今でも忘れられない。
自分の家は九間もある物持ちだったので、家で玉音放送を聞いた。みんな聞きに来た。(天皇の言葉が難しくて分からなくなかった?の質問に)いやぁ、だいたい分かった。
孫は名古屋で宇宙の研究をしとる。宇宙に行くんじゃないかと心配だ。
まあ、生きてればいろんなことがある。これから若い人たちは地球温暖化で大変なようだな。

この世代の人生密度は本当にすごいといつも圧倒される。
大型トラックが駆け抜ける国道の石垣に座った十五分足らずで、あれもこれもと話を聞いた。
シワだらけの顔とまったく歯のない口。目ヤニに覆われた目はきっと顔を洗ってないんだろうな。

最近ご無沙汰だったけど、やっぱり年寄りの話はいい。あたたかい春になったから、今年は外を出歩いてどんどん話を聞くことにしようと思った。

兄さんもお元気で頑張ってください。
じゃあねの挨拶で帰ってきた言葉がなんだか良かった。お元気で、が特に良い。

(二〇一二年四月)

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