大人になれば 52『三寒四温・恋について・ドーナツ』

三月ですね。
いつも間にか。

温かくなったり寒くなったり。三寒四温。
こうして春と冬が混在しながら季節が変わっていくのかなと思う。

最近、ネットで量子コンピュータのことを摘み読みしていたら、「量子ビットは0か1かだけではなく、その“中間的”な状態も取ることができます。中間というと0.5などの値を思い浮かべるかも知れませんが、決してそうではありません。0の状態と1の状態を同時にとることができるのです」と書いてあって。

ん?と思ったのだけど、一日の中に春と冬があるこんな日も似ているのかもと思った。もしかしたら、この世界は矛盾した状態が「矛盾していない」のかもしれない。ひょっとして。

永遠だけど一瞬。
小さいけれど大きい。
あるけどない。
粒子だけど波。
嫌いだけど好き。

三月の一回目はテーマが恋なのです。誰も覚えていないかもしれないけれど。恋について書くのもこれで三回目で。このブログが始まってもう三回目の春が訪れるんだと思うとちょっとびっくり。
それでは二○十六年の「恋について」

かえる おはよう。
ぼく  わ。ひさしぶりじゃん。もう起きたの。まだ三月だよ。
かえる うん。ちょっと早く起きすぎたみたい。
ぼく  ここのところ暖かかったからなあ。
かえる ちょっとあたまがくらくらする。
ぼく  もうすこし寝たら。
かえる うーん。
ぼく  あ、そういえばさ。
かえる (うつらうつらしている)
ぼく  ちょっと。
かえる わ。
ぼく  ほら。これ。かえるくんのじゃない。
かえる え。なに。ああ、くつした。片方だけ?
ぼく  うん。かえるくんの?
かえる うーん。似てるけど、たぶんちがう。
ぼく  あ、そう。
かえる うん。似てるけど、ぼくのはマークがアマリリスだから。これは朝顔でしょ。
ぼく  え。そうなの。
かえる これは朝顔だよ。花言葉は「愛情」。
ぼく  へえ。花言葉なんてよく知ってるなあ。
かえる まあね。
ぼく  アマリリスは?
かえる アマリリスは「誇り」。
ぼく  へええ。
かえる あと、「内気」「すばらしく美しい」「強い虚栄心」「おしゃべり」。
ぼく  え。そんなにあるの。
かえる うん。
ぼく  なんともかえるくんらしい感じだねえ。
かえる そうかな。
ぼく  じゃあ、誰のだろう。これ。
かえる どこにあったの。片方だけなんて。
ぼく  こたつを仕舞おうとしたら出てきた。
かえる ねこ先生のじゃない。
ぼく  あ。きっとそうだ。
かえる うん。
ぼく  ねこ先生は朝顔かあ。朝顔も花言葉いくつもあるの?
かえる 朝顔は「愛情」「はかない恋」「固い絆」。
ぼく  ふーん。…ふーん。
かえる なんで二回言うの。きっとねこ先生のところには片方があるんだろうな。
ぼく  うん。たぶんね。なんかさ、片方だけってなんかいいよね。
かえる うん?
ぼく  片方だけっていう存在がなんだか好きだよ。
かえる どういうこと。
ぼく  たとえばくつした。
かえる ああ。
ぼく  たとえばてぶくろ。
かえる うん。
ぼく  たとえばながぐつ。
かえる からだの左右あるものだね。
ぼく  あ。そうか。イヤリングも。
かえる うん。あとは何だろう。
ぼく  何だろう。
かえる キーをなくしたキーホルダー。
ぼく  うん。針をなくしたホチキス。
かえる 椅子をなくした机。
ぼく  半分だけの月。
かえる 朝をなくした夜
ぼく  雨をなくした空。
かえる 鳥をなくした森。
ぼく  水をなくした川。
かえる 頁をなくした本。
ぼく  声をなくした歌。
かえる はは。歌みたいだね。
ぼく  そうだね。歌みたい。
かえる あ。
ぼく  うん?
かえる ドーナツ。
ぼく  あ。ドーナツ。
かえる ドーナツはすごいね。
ぼく  うん。ドーナツはすごいよ。

片方だけのもの。
それはかつてあったものであり、不在の存在であり、時間の可視化でもある。ドーナツはいつもそれを表している。
ドーナツは不在を内在している。
「片割れ」「足りないもの」として単体で完結する。

サム・キーンの『スプーンと元素周期表』を読んでいたらこんな言葉に出会った。

【プラトンは愛とエロスにかんする対話篇『饗宴』で、あらゆる存在はそれを補完するもの −失なった片割れ− を焦がれて探し求めると言った。(略)押さえておきたい重要なこととして、原子は手持ちの電子をエネルギー準位の低い内側から先に埋めたうえで、電子を手放すなり、共有するなり、盗むなりして、最も外側の準位にしかるべき数の電子を確保する】

片割れであるということ、足りないということはこの世界の原動力なのかもしれない。もしかしたら。

それでもぼくはドーナツを思い浮かべる。
この世界は片割れを焦がれて探し求めているかもしれないけれど、ぼくたちはドーナツでもあるように思う。不在を内在する者。くつしたのようにどこか片方があるのではなく、ぼくとあなたは共に不在を内在する者なのかもしれない。
不在を埋めてしまったらそれはドーナツではなくなるように。


20160320

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